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69 Hindsight 「後知恵」
彼らがどうして見てなかったのか、あたしには本当に分からない。大きくなる間、あたしは、みんながあたしの秘密を知ってると、あたしの仮面の下の姿が見えていると、恐れおののいていた。誰かが、あたしの声の出し方や、あたしが不意にしてしまう振る舞いに、何か変わったところがあると思ったりするかもしれないと思っていた。それに、友だちが、あたしが答える心の準備ができていない質問をしてくるかもしれないとも思っていた。でも、実際にはそんなことはなかった。誰も見ていなかった。あたしは、男としての役割をあまりに完璧にこなしていたので、とうとう、カミングアウトした時、ようやく本当の自分を明かした時、誰もが信じられないほど驚いていた。
それは理解してあげるべきなのだろうと思う。なんだかんだ言っても、あたしの頭の中を他人が覗き見ることはできないのだから。あたしが女の子たちを見ながら、自分もああなりたいと夢見てたことなど、他のみんなには、知る由もなかったのだから。あたしが、家でひとりになると、姉から服を盗んで、こっそり着ていたことなど、誰も知らなかったのだから。あたしが毎晩、間違ったジェンダーで人生を過ごしていかなければならないことを思って泣いたり、想像の中の自分の外見になって堂々と世の中に歩みだす日を夢見たりを交互に繰り返していたことなど、絶対に誰も知らなかったのだから。そう、みんなが見ていたのは、他の子供たちと同じく普通に見えた、陽気で人気のある子供だった。
人はみな自分自身になるべきだというのは知っている。そして今、ようやく、あたしは自分がなるべきと思っている人間になっている。あたしはパレードに参加する。訊いてくる人には誰にでも、あたしが辿った道について話すつもりでいる。あたしは自分のことを恥ずかしいと思わない。でも、かつては、あたしも普通になることを切望していた。それは認めている。他の友だちのようになりたいと、心の底から願っていた。でも、どんなに上手に役を演じても、あたしは他の子のようにはならなかった。他の人があたしになってほしいと期待しているような存在には決してなることができなかった。
いまだに、あたしはどんな感じの男になったのだろうと思う自分がいる。手術やホルモン摂取をしなかったら、どんな姿かたちになっていただろう? あたしは結婚していただろうか? 子供を持っていただろうか? あたしが男性として幸せに暮らしていけるような世界があるのだろうか?
悩みは人生につきもの。それは知っている。人間は、誰でも、自分が他の道を選んでいたらどうだったろうかと悩み続けるものだ。それを後知恵の呪いと言う。
でも、あたしは自分でこの道を進むと決めたのだ。この人生を選んだのは、結局は、この人生しかありえなかったから。そもそも選択肢ではなかったのだから。あたしはあたしであり、どんなことがあっても、それを変えることはできないのだから。
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69 Fantasy Football 「ファンタシー・フットボール」
「本気でボクにこんなことさせるつもりなの?」
「忘れてないと思うけど、これ、あなたが考えたことなのよ」
「でも、ボクはキミに着てほしかったんだよ。ボクじゃなくて」
「だったら、負けなきゃよかったじゃないの。マジで言うけど、どこの世界に、ファンタシー・フットボール(
参考)で彼女に負ける男がいるって言うのよ? でも、その衣装を着たあなたを見てると、なんだか……そもそも、あなたが男と思えるかも難しい気がしてきてるわ」
「そんなのフェアじゃないよ! ボクにこのウイッグを被せたり、カラダの毛を剃らせたのは、キミじゃないか!」
「それに、その子宝に恵まれそうな腰も? それも、あたしのせいだと言いたいの? 賭けてもいいけど、もし、胸に何かそれなりのものがついていたら、あなた、ビキニ・モデルの素材になると思うわよ」
「そんなこと考えないでくれ。このシーズンが終われば、こういうのは全部、終わりにするんだから。気ちがいじみた賭けは、もうやめるんだから」
「あら、あたしは、もういろんなアイデアを考えてるんだけど。ほんとに、いろんなこと」
「ど、どんなアイデア?」
「そうねえ、あなたはチアリーダーとしての経験を積むことになるとだけ、言っておくわ。そして、あたしの方は、大きくて強いクォーターバックの先発選手になるの」
「遊びはやめて。こんなことしても、ボクたちの関係に何の影響も……」
「別に遊んじゃいないわ。すでに、ストラップオンを注文してあるもの。チアリーダーになったあなたを、ベッドに前かがみにさせて、後ろから……その時が楽しみで仕方ない感じ……」
「やめて!」
「そいうふうに怒ると、とてもキュートなのよねぇ、あなたって。いいこと教えてあげる。あなたに選ばせるわ」
「選ぶって、何を?」
「あのね? あなたのお友達みんなに、その衣装を着たあなたを見せるの。ちなみに、それも確定しているわ。このシーズンが終わるまで、毎週日曜日、あなたのお友だちをみんなウチに呼ぶの。そして試合を見ると。あなたはみんなの前で、その格好で歩いて、飲み物を出してあげることになってるわ。お友達の中にはちょっとお触りする人も出てくるんじゃない? そう考えるのって、無理に想像力を逞しくしなくてもできるわよね。でも、あなたが本物の女じゃないことを忘れたら、そんなことをしても誰も咎められないわ。そうじゃない? それに、そういうことが起きたら、次々に連鎖反応していくかもと思ってるわ。あたしが割り込んで、『この子、男なのよ』って言わなければ、絶対そうなると思うの。もちろん、あたしなら逆の方向にもっていくこともできるわよ。あなたのお友だちをどんどん励ましちゃうの。エッチな気分に男たちくらい操作しやすい人はいないもの。ましてや、そばにミニスカートを履いた可愛い女の子がうろちょろしてる状況なら、なおさら」
「ま、まさか、そんな……」
「でも、もし、あなたがあたしのちょっとした妄想に付き合ってくれるなら、そんなことをする必要もないなって思ってるわ。だけど、それがイヤなら……まあ、最近、口にものを入れた時、おえってなるの、直った?」
「ああ。分かったよ。キミが望むことを何でもするよ。だから、それだけは……いや、何でもするよ」
「素敵! やっぱり、あなたなら、あたしと同じように考えてくれると知ってたわ」