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69 Escape 「脱走」
「いい? みんな!」と、あたしは辺りを見回し、ビーチに誰もいないことを確かめた。誰もいないのを確認し、「計画のことを話すわ」と言った。
「これって、どうなのかなあって思ってるの」とハリーが言った。以前、何かのスポーツをしていた赤毛の人。彼がどんなスポーツをしてたかは分からない。みんな、自分が昔、何をしてたか、あんまり話さないから。でも、彼がかつてはすごく逞しい筋肉をしていたのは、はっきりと覚えている。今の彼は、『プレイボーイ』誌の見開きグラビア・ガールにしか見えない。
「あたしも……」とチャドが言った。チャドは元会計士で、脚がすらりとしたブルネット髪。「リアムがどうなったか覚えているでしょ?」
あたしは頭を左右に振った。「あたしたちにはあんなことは起きないわ。ちゃんと計画があるの」
「その計画には、あたしたちが昔の姿に戻ることも入ってるの?」とブロンド髪をカールさせたケネスが訊いた。「だって、こんな姿で現実世界に戻るなんて、できないもの。みんなも同じよ」
「それにあたしの場合は、アナに酷い扱いはされていないもん」とハリーが言った。「ていうか、彼女、あたしを幸せにしようとしてくれてるの。新しいお洋服とか。セックスもいっぱいしてくれる。それに……」
「あなたたち何を言ってるの!」とあたしは鋭い声を出した。「あなたたち男のはずでしょ! シシーの群れじゃないのよ。あなたたちの姿がどうなってるかなんか、気にしない。みんな、毎日、お尻にストラップオンを突き入れられて一生を終えたいと思ってるの? あたしはイヤ。少しは自由が欲しいと思わないの? 細かなコトすべてにいちいち許可を願わなくちゃいけないのを本気で望んでいるの? あたしはイヤ。ほんとにイヤ。だから、リスクが何であれ、あたしはここから逃げるわ。それに、あたしが酷い勘違いをしるなら話しは別だけど、あなたたちみんなもそのつもりでいるんじゃない? じゃあ、誰があたしと一緒に行くの? 計画を聞きたいのは誰?」
ハリーは、可愛いらしい女の子みたいな声を出して咳ばらいをした。「あたしは行くわ。自分に……元の自分に戻るかどうか、気にしない。自分の人生を自分で決めたいの」
他の男たちも、全部で12人近くいたけど、全員、ぼそぼそと呟き声で同意の気持ちを発し、あたしは、みんな納得させることができたと思った。望むのは、あたしの計画がうまくいくことだけ。もし失敗して、捕まったら、何ヶ月も、何年も、思考を奪われ、クイーンズ・パレスで奴隷として扱われることになるから。そして、たとえ、その後、この島の普通の社会に戻ることを許されても、決して元通りには戻れないから。
あたしは一度深呼吸をした。「じゃあ、脱走計画について話すわね……」
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69 Crazy Talk 「狂った会話」
「あの……お嬢さん? あなたは違うロッカールームに来てしまったのじゃないかと思うんですが……その……」
「もう! そのジョーク! ずっと前から続いてるわ、マーク。もう本当に。ええ、確かに、最初は面白かったわ。でも、いまだに言うわけ? 古臭い!」
「いや、僕は……僕が言いたいのは……」
「ふーん、まだ続けるわけね? あなたが演技してると知らなかったら、何かがおかしいとあなたが本気で思ってると納得してしまいそう。でも、あなたはいっつも忘れてしまってるの。自分の姿くらい、毎日、鏡で見てるわよ。確かに可愛い娘には見えないのは分かってるわ。だから、何で、あなたはそんなジョーク言って笑えると思ってるのか、さっぱり分からないの」
「で、でも、あなたの姿は本当に……その、胸も……」
「まだ言うの? ええ、胸は最近ちょっと膨らんできてるわ。かなり肉がたるんできてる。多分、最近、仕事で頑張りすぎて、ジムにそんなにこれなかったせいかも。そういうこと考えたことある? あたしには仕事があるの。それなりの責任があるの。そして、あたしは、何が大切かしっかり認識し続ける必要があるの」
「もう何と言ってよいか分からない」
「あなたでも、頭の中を整理すれば、理解できるんじゃない? あたしのようにちゃんとした職業に就くことね」
「ちゃんとした職業……」
「あら? あたしの仕事までバカにしようとするの? ちゃんとしたまともな仕事よ、マーク。あなたまた演技してるのね?あたしがストリップ・クラブで働いてるからって、何かあたしが間違ったことをしてるように演技してる。まあ、いいわ。教えてあげる。あたしはダンスが好きなの。それにペイもかなりいいのよ。はっきり教えてあげると、前にあたしがしていた中間管理職より、ずっと多くもらってるの。ええ、確かに、この仕事をするのに必要なコトがあって、それにはちょっと慣れる必要があるわね。でも、あたしはもう慣れた。お化粧をしたり、体毛の手入れをしたり。何もかも。もう今は、ほとんど意識せずにそういう作業はできるようになったわ」
「でも、あなたはどう見ても女性に見えるんですよ。あなたの乳房は僕の彼女のよりずっと大きい。それにあなたはストリッパーをしている。何と言うか、どうしてあなたには、この会話がすごく狂っていることが見えていないのかが、僕には理解できないんです。まるで、僕が変な薬を飲んでしまったような気持ちだ。いいですか、あなた自身の言葉をちゃんと聞いてくださいよ。自分の言ってることをちゃんと考えてくださいよ」
「あなた、薬物やってるの? 真面目に訊いてるのよ。だとしたら、なるほどと……」
「そんなのやってませんよ。あなたこそ、やってるんじゃないんですか? あなたは、さっきからクレイジーなことしか言っていない!」
「お願い、もうやめて。あなたのことを信じてやらなきゃいけないとは思うけどね。あなたも他の男たちも、みんな、このジョークにこだわるのよねえ。そのこだわり、本当に印象的と言えるわ。でもねえ、これは言わせて。あたしは、その話、もううんざりなの。だから、あなたがちゃんと理屈の通ったことを言いたくなるまで、あたし、あなたのことは知らないフリをすることにするわ。そうすれば、あなたたちも、そのジョークはもう古すぎてるって事実に目が覚めると思うから」
「でも……」
「ダメ。もう話しを聞かない。まともなことを言い始めるまでは、聞かない。あたしはエクササイズをしに行く。その後、仕事に行く。なんなら、お店に寄ってって。無料で個人ダンスをして見せてあげてもいいわよ」