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70 Acting 「演技」
誰か知ってる人がいるのかもしれない。疑ってる人がいるのは確かだと思ってる。陰謀論をいくつも見てきた。でも、陰謀論を言う人は傍流にすぎない。あの人たちが、あたしが男として生まれたなんて信じていないと思ってる。
でも、あたしは男として生まれた。今のあたしの姿を見て知っている人はたくさんいる。そして、その人たちは、あたしが女性になるためにどれだけ時間と労力と仕事をしてきたかを、まったく知らない。数えきれないほど手術を受けてきた。あたしの肉体の仕組みは、男性向きにできてるのだから仕方ない。あたしはほとんど食べたいものを食べない。毎日、何時間も、スキンケアに費やしている。大衆はあたしの本当の髪の毛を見たこともない。すべて、彼らがアイドルとあがめる人にあたし自身を変えるための努力。彼らがなりたいと思い願う人になって見せるための努力。端的に言って、スターになるための努力。
でも、あたし自身はそういう気持ちになっていない。これまでも、そんな感じになったことは一度もない。この姿で自分は快適でいられるのか、いつも問い続けている。自分は本当に女性になった気持ちになれるのか、いつも悩んでる。そういう気持ちになりたいと願っているけど、あたしは、心の奥に根付いてる「自分はニセモノだ」という想いに永遠に悩まされるのじゃないかと恐れている。
あたしは、みんながスクリーンで見ている女性ではない。あるいは、少なくともあたしはそう感じていない。スクリーン上の彼女は美しく、自信に溢れ、そしてとても女っぽい。あたしは自分はそのどれにも当てはまらないと思ってる。心の中では、あたしは、いまだ、セラピストの診察室にビクビクしながら座ってる10代の若者のまま。セラピストに、姉のチアリーダーの衣装を盗んで着たことを告白してる若者のまま。
でも、もしかすると、充分長くこのまま女性のフリを続けていたら、あたし自身が、あたしが上手に演じている役柄の女性になるかもしれない。ひょっとすると、自分の過去が示す男か女か分からない不安定な気持ちを払拭でき、現在の自分の美しさを心から受け入れることができるかもしれない。多分、いつの日か、あんなに長い間、なりたいと夢に見続けてきた女性になれるかもしれない。肉体的にも、精神的にも、魂の点でも。
でも、その時までは、あたしは演技を続ける。他にどうしてよいか分からないから。
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70 Acceptance 「受容」
「いつまで隠していられるか分からない。そもそも、隠せているかどうかも分からないよ。もう、誰か、何かに気づいた人がいるに違いないよ」
「例えば? ブールの清掃員? あなた、もう、ほとんど家にこもったきりになってるんじゃない?」
「先週、友だちと遊びに出たよ。そしたら、フィルがボクのことをずっと変な目で見てたんだよ」
「それはフィルがキモイから。フィルはずっと前からキモかったわ」
「フィルは、ボクに太ったのかと訊いてた。そう訊く理由は分かるよ。ボクは、この体を隠すためにスウェットシャツを2枚着て、その上にジャケットを着てたから」
「マイカ、何て言ってほしいの? 指をパチンと鳴らして、連中を追い払って、って? そんなことできないわ」
「できれば、ボクをお医者さんのところに連れっていって欲しいんだけど。元に戻す方法があるはずだから」
「その方法、あたしにも分からなかったのよ。医学部を出たばっかりの若造に分かるはずがないじゃないの。ごめんなさいね。でも、あなたはこの状態に慣れなきゃダメなのよ。あの事故が起きなかったら良かったのにって、あたしも本当に思ってるわ。事故の時、あなたが研究室にいなかったらよかったのにって。事故があなたの肉体に影響を与えなかったらよかったのにって。でも、こうなってしまった以上、仕方ないの。多分、いつの日か、あたしが方法を見つけることができるかもしれない。だけど、すぐに見つけられるとは思えないのよ。前にも言ったはずよ」
「じゃあ、ボクはこの状態を何とか耐え続けなくちゃいけないと?」
「そう。選択肢はないと思うの。それに加えてだけど……あなたもあたしが貸してあげたビキニ、気に入ってるんじゃない? 多分、他の女性服も気に入るかもしれないわ。その方が、真夏に6着も重ね着して動き回るよりは快適じゃない? それは確かよね?」
「分からないよ、ベッキー。これって……」
「大変なのは分かるわ。でも、それより他に、あなたが普通にしていられるようにする方法が見当たらないのよ」
「ぼ、ボクは……わ、分かったよ。でも、これからも、これを直す方法を研究してくれるんだよね?」
「もちろんよ。絶対に。でも、今のところは、あなたにはドレスを着てもらいたいわ。一緒にお買い物にいけるように。あなたにぜひ試着してもらいたい服があるのよ」
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70 A turning point 「分岐点」
「ほら。着たよ。嬉しい?」
「意地悪な言い方、しないで。すごくいいわよ。とてもセクシー」
「キミが着た方が、ずっといいのに」
「そうかしら。あなたに似合ってると思うわ。お化粧も、ウィッグも、なにもかも。超イケてるわ」
「キミがボクを言いくるめて、これをするようにさせたのか分からなくなっているよ。これはボクがキミのために買ったモノなのに。ボクは……これって、おかしいよ」
「どうして?」
「だって、ボクは女じゃないんだ!」
「だから? さっきも言ったけど、すごく似合ってるわ。それ以外、何が問題なの? あたしは、その姿のあなたが好きなの。それに、正直になって? それを着ると、自分が可愛いくなった気持ちになるでしょ? あなたが鏡を見た時、どんな顔をしていたか、ちゃんと見てたわよ」
「あれは、ただ……あれは何の意味もないことだよ。ボクはただエッチな気持ちになっただけ。だって、もう1ヶ月も、キミはボクに指一本触れてくれていないし……」
「じゃあ、あなたも、自分の姿が気に入ったということよね。よく分かったわ。でも、そのおかげでご褒美を得られるわよ?」
「ということは……」
「その通り。今夜、あたしとヤレるわよ。あたしはストラップオンをつけるから……」
「ちょっと待って。ストラップオン? ボクが思ってたのは……」
「時代遅れのやり方でヤルって思ってたの? 言ったはずよ、そんなのもうやめるって。そんなので、あたしはもはや、1ミリも興奮しないの。でも、この新しいやり方だと……約束するわ、あなたも気に入るって。あたしを信じて。一回やったら、もう、昔のやり方に戻りたいと思わなくなるから」
「でも……ボクは……」
「何なら、何もしないってことでもいいわよ。あたしは、どっちでもいいと思ってるから」
「イヤ! わ、分かったよ。するよ。いいね? ただ……ボクが……ボクの方が動くよ」
「いいわ。あなたなら、あたしの考え方が分かる人だと思ってた」
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You 「本当のあなた」
あなたが前からなりたいと思っていた本当のあなたになればいいの
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Training of a mistress 「女王様になるトレーニング」
ミシェルはモニターを見て溜息をついた。「彼、またやってる」
ミシェルの母は、読んでいた本から顔を上げた。「また? 今度のはどこで手に入れたのかしら?」
ミシェルは肩をすくめた。「知らないわよ。あたしのじゃないわよ。多分、ネットとかで買ったんじゃない? それとも、街のお店に買いに行ったのかも」
「お前、何をしなくちゃいけないか、分かってるだろ?」 と彼女の母は、あごで奥の部屋を指した。
「でも、ママ! 彼、アレをやってるだけよ。どうして、あたしたち、そんな彼を止めようとしてるのかも分からないわ。彼は別に自慰をしてるわけじゃない感じだし」
「もう一度、お前に説明しなくちゃいけないのかねえ?」と彼女の母親は立ち上がった。ミシェルの隣に歩みより、モニターに映ってる光景を指さした。「これはお前の責任なんだよ。お前が私に助けを求めてきた時、お前に言っただろう? 忘れたのかい?」
ミシェルは頭を振った。「でも、あたし、こんなに大変なことだと思っていなかったの。ママは、パパの時にはすごく簡単にやっていたように見えてたんだもん」
「乱暴な男を女性化するのは、大変な犠牲が必要なのよ。常時、厳格でなくてはいけないの。男どもが一歩でも一線を踏み越えたら……それが、あそこにいるシーンがしてるように、お前が望んだ方向だとしてもだよ?……その時は、容赦なく、踏みつぶさなきゃいけないの。ちゃんとルールをしっかり決めて、決してそのルールを破らせないこと。どうしてそうしなくちゃいけないか、お前も分かっているだろ?」
「知らないわ」 ミシェルは頭を左右に振った。
「そうしないと、男どもは勝手に考え始めるからよ」と彼女の母親は言った。「彼らは、他のルールについても疑いを持ち始める。あのディルドで遊ぶこと。それについて、今、疑いを持ったら、明日は、どうして自分はこんなことまでするようになったかと考え始めるかもしれない。自分の決定を後悔し始めるかもしれない。そして、今のように、お前が自由にできるシシーになってるより、元のように、お前のボーイフレンドでいた時に戻りたいと思うようになるかもしれない。ミシェル、先のことを考えなくちゃダメ」
ミシェルは溜息をついた。「分かったわ」
「それでいいの」と彼女の母親は笑顔になった。「でも、お前なら、ちゃんとした女王様になれるわよ。さあ、あっちに行って、誰がボスなのか彼にしっかり教えてやりなさい」