アンドリューの話:金曜日金曜日の午後、僕はディ・ディと一緒に空港へ行った。だが二人の目的地は別々である。僕はインディアナポリス行きの飛行機に乗り、ディアドラは自宅があるシンシナティ行きの飛行機に乗った。
このとき、ディ・ディと別かれ別かれになったわけだが、かなりつらい別れだった。この次、いつ二人が再会するかはっきりしていなかったこともある。まあ、次の週末には会えるとは分かっていたが、それ以上別れている状態は僕には耐えきれないと感じていた。いつもディ・ディと一緒にいなければ気がすまない。ドニーとディ・ディと一緒にいなければ気がすまない。
今日、上司に辞職届を提出した。2週間後だ。上司は不満そうだった。彼は、よくありがちの、「君にいてもらうにはどうすればよい?」といった質問ばかりしていた。上司はまったく分かっていない。僕を会社にとどまらせるためにできることは、ただ一つ、会社をシンシナティに移転することだけだ。
ドニーには、空港から彼女が滞在しているホテルにはリムジンかタクシーで行くと伝えた。ドニーはラディソン・シティ・センターとかいうところに滞在していた。女の子というものは、あらゆる場所に歩いていける場所にいたがるものだ。僕はリムジンバスに乗り込み、夕方の7時半には彼女のホテルに着いていた。
ホテルに向かう途中でドニーに電話した。彼女はロビーで僕を待っていた。ああ、改めて観ても、やっぱり、ドニーの容姿は素晴らしい。僕は彼女を抱きしめ、彼女は溶け込むように僕の腕の中に包まれた。どうなったら、二人の人間が、これほどまでに愛にのめりこむことができるのだろうか。いや、正確には、三人の人間だ。三人の人間がこんなに愛にのめりこむことができるものなのだろうか?
僕には、彼女たちと僕との関係における感情の上での原動力がいったい何なのか分からずにいる。一度に二人以上の女性に完全な愛情を注ぐことは不可能であるのは確かなのだ。なのにどうして二人を同等に完全に愛せているのだろう? 化学反応とか生得的な何かとか何かそういうことと関係があるのかもしれない。もともと僕には、こういう愛し方をする能力はない。何らかの化学的な増強が必要なはずだ。
ようやく僕とドニーは抱擁を解いたが、ドニーは目に涙を浮かべていたし、僕も自分自身かなり感情を揺さぶられているのを感じていた。僕はドニーに何か食べに外に出たいかと尋ねるつもりでいたが、このときそんなことを訊いたら、それは残酷な冗談にしかならなかっただろう。もっと言えば、もし、その提案をドニーが受け入れたら、なおさら最悪だ。僕の方が困る。だから僕は口を閉ざしたままでいた。
僕は、ドニーの泊まっている部屋に彼女を連れ込み、この5日間、離ればなれになっていたことによる溜まりにたまった情熱を即座に解放したくてたまらない気持になっていた。それはドニーも同じで、僕と同じくらい興奮していた。エレベータに乗りこんだが、二人とも互いに体をまさぐり合い続け、どうしても相手の体から手を離すことができない。ドニーはとても美しく、とても誘惑的だった。身体全体からセックスを滲み出している。こうなることはディ・ディやドニーのせいなのか? それとも僕のせいなのか? 僕たち3人ともそうなのか?
僕たちは3人とも、それほど誇るべき性的遍歴はない。ディ・ディもドニーも、セックスをしたのは僕の前だと3年か4年前だと言っていた。僕の場合は、月に2回程度はしていた。僕には性的エネルギーを鍛えることに興味をもつ、僕と似た興味を持った友だちが、わずかだがいた。要するに、セックスフレンドだ。気持の上での執着はあまりない。ただ、身体を合わせるだけの知り合いだ。一緒に映画を見る友だち、一緒にワインを飲む友だち。それとおなじようなもの、一緒に寝るための友だち。
そういう女性の一人が、先日、僕に電話をしてきた。その時、僕はディアドラと仕事の打ち合わせをしていた。その女性は金曜の夜にデートはいかがかと僕に電話してきたのである。
「いや、ダメだよ、ボニ―。僕のことは永久にリストから外してくれ。僕は2週間くらいしたらシンシナティに引っ越すんだ。ごめんね、誰か他の人に声をかけてくれるといいな。またいつか、どこかで偶然、出会えたらいいと思う。ともあれ、良い人生を送ってね。じゃ」
ディ・ディはこの電話に興味を持った。驚いた顔をしていた。僕はディ・ディに、ボニ―というのはウルトラ・ナイス・ボディの女性で、巨乳の持ち主でしょっちゅう僕に電話をかけてきて、ベッドに連れて行ってとお願いしてくるんだと伝えた。ディ・ディは電話での僕の会話を聞いていたので、僕がボニ―を振ったのを知っている。
でも、他にどんなことが言えただろう? ボニ―は平均的な容姿の女性で、胸も小さい。僕たちの関係は良好で、時々会ってセックスをする間柄だ。彼女はちょっとエッチな気分になっていたので、その気があるか僕に電話をしてきただけのことだ。この事実をありのままディ・ディに伝える理由はあるだろうか? 犠牲者になったボニ―の容姿についてちょっとだけ誇張することで、ディ・ディを良い気分にさせることができるのだ。それに、そもそも、セックスの件に関しては、誰もが嘘をつくものだし。
ドニーと僕は、やっとの思いで部屋に入り、同時に引きちぎるようにして互いの服を剥ぎ取った。ディ・ディは妊娠している。たぶん、ドニーもそうだろう。そう考えただけで僕はドニーをめちゃくちゃに愛したくなる。
裸になった彼女の体を抱き上げ、ベッドへ運んだ。そして、あっという間に僕は彼女の上に乗っていたし、彼女の中に入っていた。二人とも、ずっと前からすっかり身体の準備が整っていたのだった。
ブルースは自分の飲み物を手に椅子に腰かけた。この椅子はリンダに命ぜられて、ブルース自身で部屋の隅っこに置いたものだった。彼は二人に視線を向けないようにして、飲み物を啜った。
「ブルース、なかなか良い家を持ってるじゃねえか」 とりロイが言った。
「ありがとうございます」
「頻繁に招かれることにするぜ」
「ぜひ、そうなさってください。私どもも、そうしていただけると嬉しいです」
ブルースは自分の言った言葉に苦虫をかみつぶす思いだった。この男は俺のことをどう思っているのだろうか? それに妻であるリンダも俺のことをどう思っているのだろうか?
「よかろう。だが、今は、この可愛い女のせいで俺は完全に充電してしまった。俺の言ってる意味が分かるよな?」
「はい、分かります」
「それじゃあ、これから何が始まるかも分かってるよな、ブルース?」
こういう質問にどう答えればよいのだ、とブルースは思った。
「…それにリンダは、俺たちが楽しんでる間、お前にも部屋にいてほしいと言っている。お前もそうなのか?」
「はい、そうであります。ありがたく存じます」
「じゃあ、あなた?」とリンダが口を挟んだ。「二階に上がって、ベッドのカバーを捲ってきたらどうなの? サテンのシーツに交換しておいたでしょうね? 私が言ったとおりに?」
「はい、奥様。そうします。シーツは交換しました。早速、ベッドカバーを捲りに行きます」
「そうなさい。それにろうそくにも火をともして」
「はい、奥様」
「それから、あなたが靴を磨くときに使ってる小さな木の足台があるでしょう? あれを出して部屋の隅に置いておくように。あなたはそれに座ればいいわ」
「ありがとうございます、奥様」 とブルースは返事し、椅子から立ち上がり、階段の方へ向かった。
「それに、ブルース?」
「は、はい、奥様?」
「どうせなら、その足台に座って私たちが来るのを待っていたらいいんじゃない? 飲み物を持って行ってもいいわよ」
「ありがとうございます、奥様。それにリロイ様も」
ブルースは二階に上がった。一時的であるにせよ、リロイの前から離れることができて、ほっとした気持ちだった。自分の妻をいとも容易く寝取った若い黒人に、じろじろ見られたり、いらぬことを尋問されるのは辛い。
それにしても、高校を出て1年足らずのあの男が、あれほど自信満々で存在感があるのはいったいどうしてなのだろう? ブルースは自分の若い頃を思い出した。俺の場合は、あの年頃は、いや、その後も何年か、女性にへつらい、デート代も全部自分持ちだったはずだ。
廊下のクローゼットから靴磨きようのスツールを取り出し、夫婦の寝室に入り、ベッドから最も離れた隅に置いた。それからテーブルにセットしておいた二本のろうそくに火をともした。
そしてベッドのカバーを捲りあげ、薄地のサテンのシーツを表に出した。間もなく、ここでリンダは客人をもてなすことになる……。
それを思い浮かべた瞬間、ようやくブルースは自分がしていることに恥を感じ、顔を赤らめた。ブルースは心の奥で自覚することがあった。それは、今夜という夜は、自分とリンダの一生を変えてしまう夜になるだろうということだ。
リロイが家に来た時、すぐさま、今夜のことはやめさせるべきだったのだ。だが、リロイは、そうするチャンスを一切許さなかった。それにブルースは、あの若者と面と向かった瞬間、どういうわけか、自己主張をすることができなくなってしまったのだった。いとも簡単に、彼に媚びへつらい、「リロイ様」と呼んでいた。
もっと言えば、あの輪のクラブに参加して以来、そういう態度を取ることが自分の持っていた第二の天性のように思えてしまい、抵抗することを思うことすらなくなっていたのである。抵抗した場合、あのクラブの「男たち」が恐ろしいというのは確かにある。それに、自分がリンダの希望に反する行動をしたら、リンダは怒り狂うだろうというのも、もちろんある。
自分はすでに寝取られになっている。だが今は、今夜は、自分の目の前で妻を寝取られるところを見ることになるのだ。しかも、それに対して自分は何もできない無力の状態で…
ブルースは、そういう状況になっているのが自分ひとりではないことを思い、心が安らぐのを感じた。何だかんだ言ったって、友人のジムも新しい立場・役割を受け入れるようになっていた。たぶん俺自身もそうなるのだろう。とは言え、さしあたって今は、俺はリロイやリンダを怒らすようなことをしてしまわないか、それが心配だ…
ブルースは天井の照明を消し、部屋の隅の小さな座り心地の悪いスツールに腰掛けた。それから30分ほど、彼はそこに座り続け、階下でリンダとリロイがおしゃべりをしたり笑ったりする声を聞いていた。
そして、ようやく二人が階段を上がってくる音が聞こえた。寝室のドアが開いたと同時に、ブルースは、二人のことをじかに見ないように、床に目を落とした。輪のクラブでの「シーツ係」として働いたときに学んだマナーである。