車を飛ばしながら、僕は、目撃したことを振り返り考えた。自分の命よりも大切と愛した女性。その女性が他の男に身体を捧げていた。最初、どうしてアンジーがこんなことをしてるのか分からなかった。僕は彼女が求めることをどんなことでもしたし、彼女がどんなことを求めても、それに疑義を挟んだりしなかったのに。だが、あの男がペニスを挿入した瞬間、アンジーがオーガズムに達したところを思い出した。その時になって初めて、僕はどうして彼女がこういうことをしたのか悟った。
そして次に、僕には彼女を満足させられる代物を持っていないことを悟った。僕のは小さすぎて、彼女が切望しているオーガズムを与えることができなかったのだ。それにアンジーが僕のペニスをまともな呼び方をしたことがないことも思い出した。いつも「可愛いの」とかと呼んでいたし、女装した時は「クリトリス」と呼んでいた。
それを悟った時、僕は気力が失われていくのを感じた。自分がまともな男でないことに対する絶望感に満たされた。それに、これからはアンジーを以前と同じような目で見ることができなくなったことも知った。あの男と大きさの点で決して敵わないと知りつつ、彼女と愛することなど、今後、決してできないだろう。
この情事は、かなり前から続いていたに違いない。僕たちが婚約するずっと前から。あの男のトラックが僕たちが住む地域を走り去るのを、去年、何度も見かけたことがある。あのトラックを目撃した日は、必ず、アンジーに面会の約束ができ、二人とが異なった時間に職場から帰った日だった。アンジーの面会相手はあの男だったのだ。僕がオフィスで働いている間、アンジーは僕たちのベッドで彼に性奴隷のように奉仕していたのだった。
もう二度とアンジーの顔を見ることができないと思った。彼女の顔を見るたび、あの男が彼女を犯すところを思い浮かべることになるだろう。
これから何をすべきか、決心するまで何分もかからなかった。アンジーが帰宅する前に、衣類をまとめて家を出るべきだ。自分自身の生活のためばかりでなく、アンジーの幸せのためにも、そうすべきなのだ。アンジーは僕に隠れて浮気をしているのは事実だが、それでも僕は彼女を深く愛している。
レンタカー会社に戻る代わりに、僕はまっすぐ家に帰った。アンジーが帰宅するまで、荷物をまとめる時間は2時間もないと知っていた。できるだけ迅速に作業した。紳士物の衣類しか集めなかったが、紳士用の下着を持っていなかったので、パンティは何着か集めた。普通の紳士用下着を買いに店に行くまでは、そのパンティで過ごそうと。
夜の9時、できる限りのすべてを二つのスーツケースにまとめ終えた。もうすぐアンジーが戻ってくるので、すぐに出発しなければならなかった。まだ持っていきたい物があったが、彼女が戻る前に出なければならない。
そして、かろうじて間にあったのだった。僕たちの住居地域を出てすぐ、アンジーの車が走ってくるのを見かけたからである。あの黒いミニバンに乗っていたのが僕だとは、彼女は決して気づかなかっただろう。
2時間後、僕はレンタカー会社にミニバンを戻し、自分の車へスーツケースを1つずつ運び入れ、そして車に乗り込んだ。そして酒屋に立ち寄りウイスキーを1本買い、安宿を見つけ、そこで悲しみを酒で紛らわしながら、一夜を過ごしたのだった。
アンジーと僕の銀行口座は別々だったので、自分が使えるお金はあった。僕が稼いだお金は僕の口座へ、彼女のお金は彼女の口座に振り込まれている。僕たちはもっぱら彼女の口座を使っていたのだが、アンジーは給与を別々にしておきたいといつも言っていたのだった。
「裏切り」 第7章:第8の段階? Betrayed ch.07: The Eighth Level?
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これまでのあらすじ
ランスは、妻のスーザンとジェフの浮気を知りショックを受ける。ジェフがシーメール・クラブの常連だったのを突き止めた彼はそこでダイアナというシーメールと知り合い、彼女に犯されてしまう。だが、それは彼の隠れた本性に開眼させる経験でもあった。1週間後、ランスは再びダイアナと会い女装の手ほどきを受ける。翌日、ふたりはスーザンとジェフに鉢合わせし険悪な雰囲気になる。ダイアナはランスをクラブへ連れて行き、本格的な女装を施した。リサと名前を変えたランスは行きずりの男に身体を任せる。それを知りダイアナは嫉妬を感じたが、それにより一層二人のセックスは燃えあがった。ランスはダイアナが奔放に男遊びを繰り返すことに馴染めずにいた。そんなある日、会社の美人秘書アンジーに正体を見透かされる。
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アンジーは、僕の腕に両腕でしがみついたまま。逃れようとしても逃れられない。ふたりでタクシーを拾い、僕の住処に戻った。ダイアナも僕のマンションに驚いたけれど、アンジーはそれ以上だった。
「まあ! まるで女王様のような暮らしじゃない!」
アンジーは自分の言ったことに気づき、くすくす笑った。
「あら、いけない! でも、言おうとしたこと分かるでしょ?」
彼女は一直線に主寝室に入っていった。彼女の訓練された目は、宝石箱や化粧台を見逃すことはなかった。ドレッサーの引き出しをひとつひとつ開けてチェックしては、ランジェリーやダイアナのコルセットを見て、うんうんと頷いていた。化粧台に移ると、MAC製品を見て、またうんうんと頷き、微笑み衣装箱を調べる。ダイヤとルビーのジュエリーを見て、目を飛び出さんばかりにした。
「お願いしようとも思わないけど…」 とアンジーはゆっくり言い出した。
僕には彼女が何を意味しているか分かり、頭を縦に振った。アンジーは大きな音を出して息を吐き、それからクローゼットへと移動した。彼女は黙って立っていた。スウェードのスーツ、赤いシークインのガウン、そして、あのコートをじっと見ていた。それから静かにドアを閉じ、くるりと僕の方を向いた。
「何と言うか…想像したほどたくさんあったわけじゃないけど、でも、すごい……」 彼女の最後の単語は、ほとんど囁き声になっていた。
「僕は、こういうのにはまだ新しいから…。だから、衣装類がこんなに限られているんだ」
「『新しい』とは? もっとはっきりと言うと?」
「う…この前の週末?」
「たった二日間? …わーお! まだ、処女みたいなものじゃない」
「い、いや…正確には、違うけど…」
アンジーの瞳が大きくなった。チシャ猫のような笑みを浮かべている。
「本当に時間を無駄にしない人なのね」 と彼女は笑った。「あなたについての私の見解は、やっぱり正しかったわ、リサ。あなたは、その時が来た時には時間の使い方をちゃんと知っている人。私たち、とても、とても親密な友だちになれそう……」
「でも、アンジー、僕には……」
「…それに、オフィスの誰も私たちの秘密を知る人はいないー私が教えようとしなければ。さあ、リサ! 私のために着替えて見せて。あの赤いシークインを着たあなたも見たいけど、今はやっぱりあのスエードのがいいと思うわ」
僕は男性用の衣類を脱いだ。それからピンクのパンティから、洗いたてのラベンダー色のふらジャーとパンティのセットに着替えた。そのブラの中に偽乳房を滑り込ませる。アンジーは、コルセットのレース紐を締め直すのを手伝ってくれた。最大限まで締めつけ、僕の身体から呼気を絞り取った。彼女は、ストッキングを濃い肌色のから漆黒のものに変えるよう指示した。
今年の初めだった。エレが僕のところに来たんだが、いつもより綺麗でチャーミングに見えた。何か欲しいものがあるのだろう。僕の短い人生ではあるが学んだことがあって、それは女性というものは、綺麗でチャーミングに見える時は、何か欲しいものがあることが多いということだ。
エレはいきなり本題に入った。「パパ? 私に1万ドル使わせて? お願い、お願い、お願い。いいでしょ、パパ、ねえ、いいでしょ?」
まあ、たいていの5歳児の親だったら、こういう要求は断るものだろう。5歳の僕だったら、何百ドル分かお菓子とマンガ本を買った後は、どうやってお金を使うかアイデアに窮しただろうと思う。
でも、エレの場合は僕とは違う優先事項があるかもしれない。というわけで僕は、「1万ドル、何に必要なの?」 と訊いた。
「もちろん、市場に使うのよ」
「でも、エレはもう150万ドル自由に使えるお金があるじゃないか。どうしてもっと欲しいの?」
「でもね、パパ。パパはあのお金、安全に使えって言ったでしょ? 賭けはするなって。だから、まだ儲けがあんなに少ないのよ。もっと利益が出るかもしれないけど、ちょっとだけ確実じゃないベンチャーを試してみたいのよ。ちょっとだけ。いいでしょう、パパ? ねえ、お願い」
「エレ? ギャンブルするつもりなのかい?」
エレはニヤリと笑って言った。「それは俺の流儀じゃねえ」
エレはW.C.フィールズ(
参考)のファンだ。エレがエミーに「あっち行け、ガキ。邪魔だ」 と言うのを何度も聞いたことがある。
もちろん僕はエレにお金をあげた。エレは、一応、僕に頼んだけど、それはただの形式的儀礼にすぎないと知っている。というのも僕は世界一ちょろい標的だから。でも、普通なら僕も5歳児に1万ドルあげるのは気が進まないかもしれないが、自分の愛娘が株式市場で100万ドル以上稼いだとしたら、その娘の言うことを真剣に考えるものじゃないかなと。
そういう形式的儀礼は、エミーの場合はまったく気にせず、無視するのが普通だ。エミーの場合、何かしたいと思ったら、勝手にやる。で、気が向いたら、後になってから僕に言うのだ。
先日、エレに彼女自身のポートフォリオ(個人所有の各種有価証券)はどのくらいになっているかと訊いた。すると1500万ドル以上で、さらにまだまだ増えているとのこと。確かに、僕もそんな情報を聞いたら卒倒してしまいそうになる時代もあったのは事実だ。だが、僕たちはすでに1600万ドル以上持っている。それもエレが株式市場で稼いだ金だけで(エレはポートフォリオを二つ分けて記録している。家族用の財産と彼女の「賭け」用の財産とのふたつだ)。
僕はディ・ディとドニーに、このお金のビジネス面での末端部分をきちんと処理するようにさせた。僕にはうちのEガールたちのことはよく分かってるので、国税庁が関わってきたら、途端にお金は雲散霧消してしまう気がするのだ。娘たちは、信頼を置いてない政府に、自分たちが稼いだお金への税金を払うなんて妥当じゃないと思っている。少なくともその点では、娘たちは保守派だ。娘たちは、政府は私たちの1500万ドルに口出しなんかする必要ないのにと言い張っている。
「でも、書類で追跡されるはずだよ、エレ。電子的に追跡される。分かるだろ?」
エレは僕をこの地球で一番惨めな敗残者を見るような目で見た。
「パパ? そんな、ホモ・サピエンスすぎるようなこと言わないで。もちろん追跡はあるだろうけど、私たちにたどり着けるとは限らないわ」
僕の感覚はというと、僕たち家族が突然、大金を手にしたら、最終的には誰かが、どこからその金を得たのか訊きに来るだろうということ。だから、僕たちはいくらか所得税を払った。そんなのは気にならない。もう金持ちなのは確かだから。税金を払ったら、ちょっとは金持ちの度合いが減るだろう。しかし、無限から無限以外の数を引いても、やっぱり残りは無限なのである。この方程式は、この忌々しいアメリカという国の富裕者たちの大半がまだ理解していない方程式だ。連中は、どうして、まだそれっぽっちの税金も払おうとしないのか?
というわけで僕たちはエレの獲得金のほんのわずかを使って、僕たちと世界との間に壁を築こうとしていた。壁を築くのを考えるとかなり悲しくなる。僕たちは無害なのに、外敵に弱いなんて。
まあ、正確に言って、僕たちは無害と言うわけではない。それに外敵に弱いと言うのも正確には間違いだ。よくよく考えてみれば、僕たちは危険であり、かなり難攻不落であるというのが実情だ。司法長官は、本気で介入する気なら、ナパーム弾を持ってきた方がよいだろう。
政府は、自分がどんなミミズが詰まった缶を開けてしまったか分かっていない。司法長官は、眠っていた犬を起こすべきではなかった。僕たちからは彼に何もしなかったのに。でもさしあたり、僕は司法長官に半年猶予を与えることにした。その後、エマが彼を個人的に呼び出すようなことをするだろう。
エマには、先に進んで、もし望むなら、この腐った政府をひっくり返していいよと伝えた。次の政府には、もし生き残りたいなら僕たちに協力した方が良いと教えることにする。もし連中がそれに同意したら、我々は皆、平和に調和して共存していくだろう。それが僕の描くストーリーであり、僕はそれに固執している。