豊臣の侵略艦隊はほとんど残っていなかったが、急いで日本へ帰還しようとしていた。そのかつて強力であった艦隊の最後の残りを打ち砕こうと、イ総督の率いる海軍が押し寄せ、激しい戦闘が行われた。
ノボルは朝鮮の海軍指揮官の戦闘服に身を包み、明の総督チェン・リエン[Chen Lien]を救おうとしていた。チェンは自ら招いた失策により旗艦を敵の艦隊に包囲されていたのである。
ノボルが刀を振りかざし「明の総督を救え!」と叫ぶと、朝鮮の兵士たちは雄叫びと共に日本船に飛び乗り、兵士間の直接の戦いが始まった。
日本の兵士は大半がマスケット銃を持っていたが、ノボルは、その間を戦い進み、チェン総督の元に辿りつき、中国語で大げさに騒ぎ立てている彼を安全な場所に引きずり出した。
「うるせえ! [Uruseh!]」とノボルは怒鳴りつけ、総督を黙らせた。その時のノボルは総督のたわごとに関わっている心境ではなかったのである。
ノボルの船が他の船と艦隊を組み直そうとしていると、艦隊全体から勝利の雄叫びが湧きあがった。破損をまぬかれ、帰国する力がある日本の軍艦がほんの数隻のみになったからである。
ノボルは自分の乗るパネウクソン [paneukson:朝鮮海軍が用いていた平底の木船]を漕ぎ、イ総督の旗艦に横づけにし、チェン・リエンと共に乗りこんだ。旗艦は朝鮮海軍の歓喜の叫びで満たされていた。
「マンセー! チョスン・ソーグォン・マンセー! イ・スーン・シン・ヤン・グーン・マンセー! [Manseh! Chosun soogwon manseh! Yi Soon Shin jang goon manseh!:万歳! 朝鮮海軍万歳! イ・スーン・シン総督万歳!]」
いつもは最も目立つ位置にいるはずのイ総督がいないのを見て、ノボルは「総督はどこに?」と尋ねた。そして視界の隅に、総督の甥のウォンと総督の息子ホウが、下のデッキから現れるのを見た。ふたりとも泣いて赤い眼をしている。
「ホウ、ウォン、どうした? 何が起きた?」
ウォンはがっくりとひざまずき、手で顔を覆った。「叔父さんが…叔父さんが死んだのです!」
「そんなあ[Sonnah]…」 ノボルは刀を落とした。
「流れ弾に撃たれて…」
「総督はご自分が死ぬことを誰にも言うなと、敵をすべて蹴散らすまで、太鼓を鳴らし、角笛を吹き続けろと」
さっきまで歓声を上げていた兵たちは急に静まりかえった。その沈黙を引き裂くように、総督の息子の泣き声が響き渡った。総督の死の知らせが、軍船に一艘ずつ広まっていき、それにあわせて、兵士たちの歓声が敬愛する総督の死を悔やむ啜り泣きに変わっていった。「総督がお亡くなりになられた!」 と口々に叫ぶ。