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裏切り 第8章 (6) 

でも、診察を受ける前に、ポールに会わなければと思った。できるだけ早く。

「ランス」であることを辞めた時、メルセデスも手放すことになるかと思っていたけど、そうならなくてよかった。策略は単純。ランスが会社を辞めて、新しい人生を始めると決めた時、彼は「友人」のリサに車を売却したということにしたのである。リサの方も、それまで住んでいたところからシカゴまで車を輸送する手間を省けて喜んだ、と。リサは、何のためらいもなく、社内じゅうの人たちに、以前の車はレクサスだったから、高級なE500スポーツセダン(参考)になって、アップグレードしたわ、と言いまわった。ロジャーズ・パークへ行く道、アンジーはこの高級セダンを絶賛し続けた。彼女は、「重役」生活の役得に嵌まりつつあるのが見て取れた。

ポールは相変わらず礼儀正しかった。彼は、私や、私よりずっと肉体派のアンジーに好色そうな眼差しを向けるにしても、決して上品さを失わない。

「リサ! 本当に素敵ですよ! まさにショーにとってピッタリの人になるはず。で、こちらの魅力的なお連れは?」

「彼女はお友達のアンジー。できれば彼女も使ってもらえるかなあって思ってるところなんだけど…」

「即決です! 彼女も参加! この人にも入ってもらえるとは、運が良いと思っています。すぐにサイズを測りましょう」

「ポール? それとは別の話しがあるんだけど。アンジーとは別の…。何と言ったらよいか、私、ショーに間に合うようにちょっと身体に変化を加えることになったようなの。少なくとも豊胸はして…。たぶん、それ以上になるかも…」

彼の顔に広がった笑みは、見ていてとても嬉しかった。

「素晴らしい! となると、あなたにモデルしてもらう衣装に新しい工夫を加えることになりますね。いろんな可能性がある……」

だけど、ポールは急にうなだれた。

「ああ、ダメだ! 前に測ったサイズで、もう制作を始めてしまってるんだった。まだ、いくつか修正できる段階だけど、あなたの新しいサイズが分かった時には、遅すぎることになってしまう。いまの時点で何か分かること、ない?」

「あ、うーん…」 

私はこのことを考えていなかった。こういうことに入って日が浅すぎるから。そもそも数字を伝えることすらできない。私は部屋を見回し、お手上げのポーズをして見せた。

「私のではどうかしら?」 とアンジーが甘い声で問いかけた。まるで口の中でバターが溶けているような声。

ポールは目を丸くさせた。

「ショーまでに間に合うのですか?」 彼は恭しく尋ねた。

アンジーは私の腕を掴んで、身体を擦り寄せた。

「もう、絶対に!」 アンジーは私に返事をさせることなく、そう言った。

「あなたたちふたりとも同じ身体になる? そのカラダ? ああ、スゴイ! フェチ関係の服飾デザイナーにとって、それってまさに夢がかなった状態ですよ! あなたたちふたりが、Eカップで…」

「ええ、まさに」 と私も急いで口を出した。「それでうまくいくかしら?」

「うまくいく?」 ポールは唖然として言った。「うまくいくも何も、これまでで最高のショーになりそうですよ。いや、ミスター・ゲイ・レザー・ページェントの歴史で最高のショーになるかも。このショーは私の開催するファッションショーでも一番大きなショーなんです。リサ、あなたは、私のカップに溢れんばかりに注いでくださった(参考)…」

とポールは私とアンジーの胸の谷間に視線を降ろし、にんまりと笑った。

「ありがとう。おふたりとも今日という日を本当に良い日にしてくれた。さあ、早速、アンジーのサイズを測りましょう」

私は、結果的に、ポールがアンジーがいる前でダイアナの名前を口にするのを遮ったことになったのだけど、これは純粋に反射的に行った行動だった。その時の自分の行動を合理的に説明するとしたら、次の言葉を引用してもよい。「陰謀が働いているときには、分断して征服するのだ。すでに誰を知ってるか、どれだけのことを知ってるかを決して明かしてはいけない」。

実際には何一つ分かっていたわけではなかったけど、ともかく疑わしい人たちを分断化した状態に留めておきたかった。

それに、本当に自分に正直になって言うと、ダイアナとアンジーという私が愛するふたりが互いのことを知ってしまうのを放置し、すでにややこしくなっている私の人生をいっそう複雑にしてしまうのを望まなかったからとも言える。ああ、裏切りって、こうも簡単に始まってしまうのか……。


[2013/08/09] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)