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66_New guy 「新入り」
「で、あんたが新入り? 連中、誰かを降ろすのを見た気がするけど」
「し、新入り? 一体どうなってるんだ。ここはどこ? 君は誰?」
「あんた、何したの? 殺人? これはFC2の利用規約に反するから言葉にできないけど、説明すると、いわゆる『意に反した強制的な性行為』? それとも誘拐?」
「ぼ、ボクは何もしてないよ。ボクは……」
「あら、そう。どうでもいいわ。訊いたこと、忘れて。ここにいるみんなは、全員、無実。そうよね。あたしも同じ。連中はあたしを人殺しだというけど、絶対に違うと。全部、誤解だと」
「ご、誤解? 人殺し?」
「あんた、マジで、気を引き締めていたほうがいいわよ。さもないと、ここにいる連中は、あんたに生きたまま食い尽くそうとするから。最後は、誰かのセックス奴隷にされるから。手製のディルドで犯されてる人、見なかった? あたしは見たことがあるわ。とても、お上品な光景とは言えなかったわね」
「ボクは……何が起きてるのかさっぱり分からない……」
「本気で言ってるの? あんた、記憶喪失? それは例の条件付けの副作用よ。ちょっとお願いを聞いてくれる? あたしをぶん殴ることを想像してみて。ちょっとだけでいいから」
「ああああっ! やめてくれ! ああ、やめてくれよ、痛いよ!」
「やっぱり。あんたね、この大犯罪者矯正実験に加えられているわけよ。あんた、判決を軽めにしてもらう代わりに、これに加わることに同意したんじゃない? ここにいるみんなは、全員同じ。どうなるか知らずに、同意してしまった連中ばかり」
「ど、どういうこと……?」
「あんた、質問が多すぎ。要点だけ言うと、こういうこと。とある高位にあって有力な政治家が考えたわけ。あたしたちみたいな者を犯罪者から、この社会の生産的な成員、っていうか従順な成員に変えられるとね。それを受けて、資金確保しか考えていないバカな科学者たちが名乗り出て、「はい、捕まえましたよ」と。その結果が、このありさま」
「で、でも、これって何?」
「監獄だよ、お馬鹿さん。リハビリ施設。男性ホルモンが多すぎると、暴力に訴える確率が高い。だから、その要因を取り除こうってわけ。あんたも、もう、ほとんど女にでしょ。おっぱいも膨らんでるし、お尻も丸くなってるし、他の全部も一緒に変わっちゃってるでしょ。あたしみたいにね。その後、連中は条件付けを始めるの。暴力をふるうことを考えただけで、現実に身体的な苦痛を感じるようにされるわけ。それを回避する方法はあるわ。むしろ、その苦痛を楽しむ気持ち悪い仕事もあるわよ。その仕事に就くと、結局、あんたは性奴隷になるけれどね。ああいう連中には近づかない方が良いわよ。ともかく、肝心な点は、あんたは、すでに完全に従順で女性化された囚人だということ」
「でも、ボクは何も悪いことはしてないんだよ。ここから脱出しなくちゃ! こんなの……こんなの……ダメだよ!」
「ハイハイ。その言葉、前にも訊いたわ。ともあれ、あたしにくっついていること。そうすれば、あんたも、ここを生き延びることができるから」
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66_Not alone 「独りではない」
自分は可愛いと思う。綺麗だとすら思ってる。何度も、そういわれてきて、その認識は、今はあたしの自意識の一部になっている。でも、嘲られたことを覚えている。イジメを受けたことも忘れられない。あたしを「普通の」男の子にするために、いろんなことをされたことを完全に忘れ去ることなど、これからも、決してできない。
あたしは、いま、バブル状態で生きている。あたしの生まれつきの性別を気にしない人々に囲まれ、受け入れられて暮らしている状態。みんな、あたしを認めてくれている。支援してくれている。この生き方をしなければなったかもしれないあたしではなく、今の現実の、あるがままのあたしを愛してくれている人々。でも、あたしは盲目ではない。偏見はちゃんと見えている。性差別を見逃すことができない。あたしのことを女性と見ることを拒み、あたしをカタワの男と見る人が、たくさん、本当にたくさんいることを知っている。
あたしは可哀想だと思う人がいる。そういう人たちは、あたしが何らかの点で困っていると心から思っているのだろう。自分をまっとうな立ち位置に据える支援者を求めている、迷える魂とあたしをみなす人たちなのだろう。あたしを嫌悪する人もいる。そういう人たちは、あたしやあたしみたいな人間はこの社会にとって良くない存在なのだと思っている。彼らにとっては、あたしは、モラルの劣化を表す存在。あたしは怪物。変態。「あんなふうになってはいけないよ」というお話の話題。
あたしは、そういうことに惑わされないようにしようと生きるし、日常生活では、確かに惑わされてない。あたしは、あたしが幸せに生きることを望んでいる世界に、あたしがあたしとして生きることを望んでいる世界に生きている。あたしは、そう思ってるフリをして普段は生きている。これは、楽しい夢。でも、夜になり、陰鬱とした思いを抱きながら独りベッドに入ると、どうしても現実を無視できない。そんなの、無視できたらどんなに良いかと思うのに。それができたら、人生はずっとずっと気楽になるのに。
あたしを横目でにらむ視線を感じる。イヤなモノを見る視線。あたしを噂するヒソヒソ話を耳にする。憎悪に溢れた態度を感じる。そういうことにあたしは落ち込み、泣きながら眠る夜が何回あったか、人に打ち明けている以上に、そんな夜は数多い。時々、周りの人が望むような「普通の」男になれていたらどんなに良かっただろうと思うことがある。その方が生きやすかったと。ずっとずっと、生きていくのが容易かっただろうと。
でも、あたしは普通ではない。普通になりたいとも思っていない。あたしは強いし、あたしは美しいし、あたしの存在は正しいのだ。いかに性差別が盛んになろうとも、あたしの存在を消し去ることはできない。あたしはそれを許さない。
だから、あたしが何か助言をするとすれば、それはこういうこと。自分自身になりなさい。それは難しい道なのは知っている。あたしは、その道を歩いてきた。それに、その道は楽になることはない。もっと険しく、困難な道になっていくだろう。でも、あなたは正しい道を歩いていることを忘れないこと。出てくる障害はすべて間違った抵抗であることを忘れないこと。だから、しつこく続けること。続けることは良いこと。誰にも、自分は居場所がないとか、自分は許されない存在だとか、言わないこと。あなたの居場所はこの世界。あなたは許されて当然の存在。
そして何より、あなたは独りではないことを忘れないこと。