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66_Manhunt 「犯人捜査」
「もう、ここの周囲を固め終えたのかな?」 と、あたしはシャワーから出ながら言った。
男は頷いた。「もう逃げられないぞ」 彼は、背中にFBIと刺繍された青いウインドブレーカを着ている。だが、それを見なくても、あたしには彼の身分を知っているし、彼の握る拳銃を見なくても、もしあたしが間違った動きをしたら、彼はあたしを撃つだろうと分かっている。
「マーク、どうやってあたしを見つけたの?」 胸の周りにタオルを巻きながら訊いた。辺りを見回した。ジムのロッカールームが荒らされていた。
「俺はエージェント・トーマスだ」彼は銃を向けたままだった。「お前は母親に電話すべきじゃなかったのだよ」
あたしは頭を振った。「分かってるわ。でも、お母さんは死にかかっていたのよ。最後に、一度だけでも話しをしたかったの。今でも、電話した価値があったのか分からないけど。母はあたしの声を聞いても、誰だか分かっていなかったようだし」
「それは俺にも分かる。俺とお前は10年も相棒だったのに、俺はお前がほとんど分からなかった。大した変装だったぜ」
あたしは肩をすくめた。「こんなふうになることも、その価値があったかどうか分からないわね」と、あたしは自分の体を指さした。あたしは、自分がこの元同僚よりずっと賢いとうぬぼれ、決して自分は見つからないだろうと踏んでいた。男であることをやめることは、監獄に入れられないためなら、容易く決断できることだった。
「それで、お前はおとなしく捕まるつもりか? それとも、エル・パソでの出来事を繰り返すつもりか?」
「エル・パソの時は、あんなにまでするつもりはなかったんだけどね。でも、思ったより、あんたが早く追いついてきたから。もう一日あれば、ずっと前に高跳びできていたんだけど。もう一日あれば、うまく姿を消すだけのカネを集めることができたんだけど」
「俺たちの仲間がふたり死んだんだぞ。ふたりとも家族持ちだった。父親を知らない子供も」
「それについては、あたしは一生、後悔するでしょう」と、あたしはベンチに腰を下ろし、すすり泣きを始めた。目から涙をぬぐいながら、「あんなふうにならなかったらよかったのにと悔やんでるのよ」
「だがお前は我欲を通した。簡単な逃れ路を見つけ、それを選択した。それに、今の自分の姿を見てみろよ」
あたしはまたすすり泣きし、立ち上がった。「あたしを捕まえればいいでしょ」と両手を差し出した。「何を言っても、あんたがあたしについて思うことを変えることはできない。それは分かってるわ。今は、自分がしたことの結果を受け入れるつもり」
「それにしても、ジェイムズ。どうしてなんだ?」とマークは突然言い出した。「なんで、こんなことをしたんだ? たいしたカネも得られないことだったのに」
「どうしてもしたかったから。他に選択の余地がなかったから。母は死にかかっていた。ああいう先進的な治療を受ける経済的余裕はなかったから。だから、チャンスが出てきた時、それに飛びついたのよ。さっきも言ったけど、誰も傷つけるつもりはなかったの。簡単にいくはずだった。ドラッグを受け取って、カーテル一家に売り、そして姿を消す。それだけのはずだった。その後、母は治療を受け、中米で新しく生活をし直すつもりだったの」
「服を着ろよ。俺は、これをするのが仕事だ」
「分かってるわ」
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66_Lucky 「幸運」
「何か変?」 シャワーから出ながらあたしは尋ねた。「どうして、そんなふうにあたしのことをじろじろ見ているの?」
ライアンは苦笑いした。「俺って運のいい男なんだなって思っていたんだ。何て言うか、ちょっと考えてみてほしいんだけど。俺と君が一緒になるために起きた出来事の数々。それを考えてみてほしいんだ。すごく完璧にそろっていないと、俺と君は一緒になれなかったんだよ。ひとつでもピースがずれていたら、俺たちは出会っていなかった。そういう、いろんなことが起きていなかったら、今の俺がどうなっていたか、想像できないんだ」
「ライアン、あたしたち小学校3年の時に出会ったわよね。でも、それって、そんな壮大なパズルじゃないわ。単に、あたしたちの親が同じ学区に住むことにしたってだけじゃないかと思うけど?」
ライアンは頭を振った。「違う。分かっていないよ。俺は、エリックと出会った時のことを言ってるんじゃないんだ。俺もエリックと出会って良かったと思ってるよ。でも、俺が言ってるのは、違うんだ。君と出会った時のことなんだ。本当の君と」
笑顔でいうライアンに、あたしも笑顔になってお返しした。「あの夜、バーでのことを覚えている? あなたは全然あたしだと分からなかった」
「そして、あの夜、君はずっと俺につきまとっていたね。俺に君が誰かについてのヒントを言い続けていたけど、俺は全然分からなかった」
「だって、あなたがどんな反応をするか怖かったから。何と言うか……あたしは普通の女の子と違うから」
「そうだね。俺には君は全然違う。君は、俺が知ってるどんな女の子たちよりもずっといいよ。君は完璧だ」
「本気で言ってるの?」 とあたしは訊いた。驚くべきことじゃなかったかもしれないけれど、あたしは数えきれないほどイヤな経験をしていた。「昔あたしが誰だったかを本当に気にしていないの?」
「いや、それは気にしているよ」 それを聞いてあたしは心臓がドキドキするのを感じた。「だって、今の君がいるのも昔の君があってこそなんだから、当然、気にするよ。今の君は強いし、勇気があるし、とても綺麗だ。俺が君を好きなのは、君が元はどんなだったからじゃないんだよ。今の君のすべて、これまでの君のすべてを含めて、君のことを愛しているんだよ。これまで君が辿ってきた旅路があるから、そして今の君が最終的な目的地にたどり着いているからこそ、君のことを愛しているんだよ。君のすべてを愛しているんだよ」
「あ、あたし、何て言っていいか分からない」 目から涙が溢れていた。「あたしも、あなたを、愛してる」
この3つの言葉は、彼が言ってくれた言葉に比べれば、空虚に響いている感じがした。でも、彼はあたしの言葉不足など、気にしていないようだった。
「さっきも言っただろ。俺は運のいい男だって」