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68_Relief 「猶予の瞬間」
「やめて……」とあたしは弱々しくつぶやく。「あたし……あたし、こういうこと、したくないの」
そう言いながら脚を大きく広げ、彼にもっと触りやすくしてあげている。彼の指があそこの中を探り回るのを感じると同時に、乳房を優しく揉まれるのも感じる。あたしは、目を閉じたまま、悩ましい声を上げ始める。「でも、どう見ても、こうしてほしがってるんじゃないのか?」 彼の声には笑みが混じっているように聞こえた。
「そ、そんなことない」とあたしは言う。あたしは、指よりもずっと大きなモノを切望なんかしていないならいいのに。あたしは女の子のように見えていないといいのに。あたしには乳房がないといいのに。柔和で女性的な顔をしていないといいのに。そして、こんなに切なく、彼に犯してほしいと思っていなければいいのに。そのいずれの願いも実現しそうもない。事実は、あたしは指より大きなモノを求め、女の子のような姿で、乳房を持ち、顔も女性的。そして最後の願い、彼に抱かれたくないという願いも、本当は、その正反対なのだ。
彼が立ち上がった。あたしは目を開けるまでもなく、彼がベルトを緩めているのを知る。音を聞くまでもなく、ジッパーが降ろされるのを知る。そして、すぐに、彼のズボンが、床に脱ぎ散らかされたあたしの服の上に積み重ねられるだろうということも。そして、頬に彼の熱い息が吹きかけられるのを感じるまでもなく、彼があたしの上に覆いかぶさったことを知る。
「してほしいことがあったら、ちゃんと懇願してほしいな」と彼が囁いた。
「そんなこと、ありません」 かろうじて声に毅然とした印象を持たせることができた。自ら進んで女体化し、それを後悔していない。その事実を前にすれば、ほとんど、抵抗などできない。でも、そんなかすかな抵抗の素振りをしたおかげで、わずかながらも、チカラが湧いてくる。しかし、彼の固いペニスにアヌスの入口をくすぐられるのを感じた瞬間、その最後のチカラも消えていった。
「してほしいの」 と荒い息づかいで答えた。
「それは分かっている。さあ、懇願するんだ」
拒否しようとした。でも、欲望の方がはるかに強かった。抵抗した。それはいつものこと。でも、負けるだろうと分かっている。屈服してしまうと分かっている。これまで何回も繰り返してきたことだから。あたしにはどうしようもできない。
「お願いです。あたしを犯して。アレ、あたしに下さい」
「それじゃあ、充分な懇願とは言えないな。本気で懇願するんだ。本当にアレが欲しいのか? 俺になるほどと思わせるように言うんだ」
「お願い!」 叫んだ。かすれ声になっていた。「あたしをヤッテ!」
これ以上、癒しの瞬間を焦らされ続けたら死んでしまうと思った時、ようやく、彼は言った。「そんなにして欲しいと頼むなら、しかたないな……」
そして彼はあたしの中に力強く入ってきた。そして、ようやく、あたしは死刑執行の猶予を得たような気持ちになる。
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68_Rachel 「レイチェル」
「こ、こんなこと上手くいくはずがないよ。そうだろ?」とボクは、ビキニのトップの肩ひもをいじりながらつぶやいた。「誰もボクは彼女だと信じないと思うよ。それに、たとえ信じたとしても……」
「大丈夫だって」 とキースがボクを遮って言った。彼はじっとボクを見つめた。その彼の目に浮かぶ表情を見て、なおさらボクは居心地が悪くなった。「彼女そっくりだよ」
「着ると落ち着かないんだよ」とボクはビキニの下の方を手にした。小さすぎる。小さすぎる布地に糸みたいな紐がついているだけ。それを公の場所で着るなんて、間違いなく、恥ずかしさの極みだと思った。でも、仕方なく、それに、すべすべ肌の脚を通した。
「平気でいられるようになるんだ。これは大事なことなんだよ、レイチェル」
「その名前で呼ばないで。すごく変だよ」
「でも、これから2ヶ月くらい、君はレイチェルになるんだよ。君も同意しただろ? 君もそうする必要があるんだろ?」
ボクは顔をそむけた。もちろん、キースの言ったことは正しい。彼が最初にこのアイデアを言った時から、ボクには正しいと分かっていた。そして今、姉のビキニを着て彼の前に立ちながら、改めて、正しいと認識しなおす。何も変わっていない。ただ、このアイデアが現実になりかかっているということ以外は。
あたしは腰を降ろし、両手で顔を覆った。「どうして彼女はボクにこんなことをしたんだ?」と呟いた。
気がつくと、キーズが隣に座っていた。逞しい腕をボクの肩に回していた。「彼女が自己中の最低女だからだ。誰より、僕自身がそれを知っている」
彼は正しい。ボクは自分自身の不快感にかまけて、彼の痛みを忘れていた。レイチェルが失踪したことにより、ボクは姉を失ったのだが、キースはフィアンセを失ったのだ。
「あっという間に終わるよ。2ヶ月くらいかけて、君はレイチェルとして人々に知ってもらう。そして結婚式。そして、君の存在は消えてもらう。君が思ってるほど悪いことじゃないよ」
計画は理解していた。それに、ボク自身、不安を感じてはいたけれど、キースが会社から追い出されてしまわないように保証するには、これしか方法がなかった。その会社は、彼がボクの姉と一緒に設立した会社だ。でも、彼のガールフレンドのふりをするというアイデアは、ボクにとってあまり楽しめる考えではなかった。ボクは、どんなにレイチェルに似ていようとも、女ではない。それに、キースがこのアイデアを得てボクに近づいてきた時、ボクは女の子のフリをすることすら、一度も考えたことはなかった。実際、ほんのちょっとお化粧して、高価なウイッグを被り、ちょっとだけ胸に詰め物をしただけで、こんなに自分が変わってしまうのかと、恐怖を感じたほどだった。
「そして、すべてが終わったら、ちゃんと、代償の分をボクに出すんだよ」と、ボクは、ボクがこの計画に乗った理由のことに触れた。「それが約束だったんだからね?」
「ああ、約束だ」と彼は頷いた。「さあ、そこのアレをテープで内側にしまってくれ。それから、お客さんたちを迎える準備に取り掛かろう」
ボクは心の中でうんざりした唸り声をあげた。どうして、ボクをレイチェルとして大々的に紹介するパーティが、プールでのパーティでなければいけないのか、理解できない。だけど、ボクは頷き、小声でつぶやいた。「あたしはレイチェル、あたしはレイチェル、あたしはレイチェル………」と。
パーティが始まる頃までには、ほとんど、ボク自身も自分はレイチェルだと思い込んでいるだろう。