電話を挟んで両者がしばらく、くすくす笑いをした後、リディアは続きを話し始めた。
「まあ、とにかく、あのバカ者は、お前さんが例のメールを発信した2日後あたりにバーバラに電話をかけてよこしたんだよ。で、バーバラに、もう会ったり、電話で話したり、Eメールをやり取りしたり、その他、どんな形でもメッセージの交換は止めると言ったのさ。いついつまで止めるって言うんじゃなくて、無期限で止めると。後で分かったんだけど・・・あいつの奥さんが、ちょっと手綱を締めて、あのバカを手荒に扱い、拍車でビシッっと痛めつけたってわけさ」
リディアは嬉しそうに語った。
少し間を置いてスティーブが訊いた。
「それについてバーバラはどんな反応を?」
「もちろん気に入らないようだがね」 リディアは、即答で答え、くすくす笑った。
「ロイドもダイアンも、ほとんど、毎日、それも一日中、バーバラを叱り続けていてね、ダイアンは、レイフだけが友達と思っていたのだろうさ。でも、そのレイフも手を引いてしまった。バーバラに残された話し相手は、結局、自分自身だけになっちまったのだよ。しかも、そうなっても、その自分の中の別の自分から聞かされる言葉も気に入らないようだがね」
スティーブは何を言ってよいか分からなかった。
「そうだったんですか・・・ロイドたちの話からは、そういう状態は分からなかったです。1度でも、その話しをしてくれたらよかったのに。聞かされた事といったら、この結婚の危機を回避するには僕がどうすべきかとか、僕が小さな砂山のような話しを巨峰のように誇張しているとか、バーバラがどれだけ悲しんでいるとか、そういう話ばっかりだった」
「ええ、分かってます」 リディアは同情を込めて返事した。 「まあ、良くないことと言われるかもしれんが、私は、ロイドたちがお前さんへ電話をするところを何度か立ち聞きしていてね。だけど、これは、しっかり理解して欲しいんだがね、ロイドたちがお前さんに話していることと、バーバラに話していることは、全然、違うことなんだよ」
スティーブは、リディアの言葉を咀嚼し、理解しようとした。
「まあ、両親であるわけだからバーバラを守るのは当然だと思います。自分の娘なのだから」 思慮深そうに応えた。
「その通り! でもね、お前さん、バーバラにとって、今、誰が、一番の友達なのか分かるかい?」
スティーブは、少し考えなければならなかった。
リディアは、昔のテレビのクイズ番組でよく使われていたメロディをハミングしていた。参加者が回答するまで何秒か流れる曲だった。スティーブは、時を刻むカチカチという音が聞こえてくるような気がした。
「ああ、そうか! あなたですね?」
リディアは声を立てて笑った。
彼女は最終章をポジティブな言葉で締めくくっていた。第11章「現実の回復」
「正直なところ、この章を書くことは予想していませんでした。現実世界では、ハッピーエンドはめったにないことなので。実際、ここで書くこともハッピーエンドとは言えません。ですが、私にはかすかに希望の光が見えたのです。それは、最も考えられない場所と時に起きました。複数で肉体を絡めあっていた真っ最中に。その、体を絡めあっていた者たちの中の2人は、以前、お互いの体を触れ合った仲だったのです。その2人の触れ合いは、やがて愛撫に変わり、キスを生み出し、実際には決して息絶えたわけではなかった欲望を互いの体と心に再燃させました。涙を流させ、トラウマを生み出した出来事があったにもかかわらず・・・
「あの人と一緒に暮らした魔法のような日々。その頃は、肉体の欲望とは、互いへの愛、信頼、信念から生まれるものだったのです。性的な夢は、現実の愛に裏付けられたものとして存在し、両者はまったく同一のものでした。・・・もし、その気になって試してみたら、ひょっとして、そのような状態に再び戻れるかもしれない。そんな希望の光が見えたのです。そのような状態に戻ろうとする試みに、今の自分は、どれだけ自分を捧げられるだろうか? どれだけ自分を危険に晒す覚悟ができてるだろうか? 幸せになるということは、どれだけの価値があるものだろうか?」
木曜の夜、私はこれらの言葉を読み終えた。この言葉にどれだけ気持ちが高ぶったことか。ひょっとすると、本当にハッピーエンドが可能になるかもしれない。そう感じたのだった。そして、私は、高揚した気分のままエピローグを読んだ。
「セリーヌ・ダルシーは、4月の暖かい午後、エイズの副作用で、この世を去りました。闘病期間は長くはなく、その点では幸いでした。26歳という年齢では、そういうケースは多くないので。病院の窓から差し込む陽の光は、彼女の体を温めましたが、遠い昔に彼女と別れた恋人たちに抱かれても、彼女の体は温かさを取り戻すことはできませんでした。セリーヌの友人たちが何人か見舞いに訪れました。やがて自分たちにも訪れるかもしれない死の影に直面できるだけの強い精神力を持った人々です。セリーヌの家族もいました。もっとも、私のことを彼女の「家族」に入れてくれるなら、という話ですが。セリーヌも私のことを家族と思っていてくれたようです。私とセリーヌのそれぞれの理由は何であれ、共に他に身寄りがいないとき、私たち2人は家族となっていました。このことで私は、愛してくれる人がいるという特別な立場にいることを感じることができました。家族とは、まさにそういう存在に他ならないのではないでしょうか? セリーヌも同じように感じてくれていたと願っています。そして、この本は、彼女の残した唯一の遺産でもあるのです」
私は、泣き続け、そのまま午前3時ごろに眠りについた。金曜日、私は病欠の電話を会社に入れた。土日をかけて、私は最初から本を読み返した。
ダニーの本は大ヒットを飛ばし、しかも長期にわたってベストセラーの位置を保ち続けた。何本もトークショーに出演していた。彼女のような立場の人を励まし、同情するインタビューアもいたが、そうでないインタビューアも、ダニーの商業的な成功を気にしてか、少なくとも礼儀は守っていた。それにしても、ダニーは何て美しいの! もちろん以前から美しかったが、一層、磨きがかかったようだった。テレビ局のスタジオの照明の中だと、なお一層、美しく見えた。茶色のスーツとクレープ(
参考)のブラウスがよく似合っている。それに、新しく盛り上がった、あの美味しそうなおっぱい!