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暗示の力 (9) 

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生れ故郷。でも、ここが自分のホームと思うことすら、とても変に感じる。もう5年も帰っていなかった。なのに「ホーム」と言えるのか? でも、ここで僕は育ったし、高校に通ったし、初めてのガールフレンドと出会ったし、初めてのキスをして、初体験もした…ずいぶん前のことのように思える。

でも今の僕にとってのホームは、マイアミであって、ここミネソタ州ダルースではない。たとえこの地に僕の歴史がどんなにあっても。とはいえ、僕がいくら帰りたい気分がなくても、帰省しなければいけない時がある。少なくとも今回はジェニーがそばにいて、僕をサポートしてくれてるから、その点は気が楽だ。

空港で僕を見た時のママの顔。ママが何も言わなかったけれど、あの表情はママが言いたかったことのすべてを語っていた。でも、それは僕にはどうでもいい。ママが今の僕を受け入れてくれても、受け入れられなくても構わない。それはママの自由だ。

故郷の町に出ても、かつての知人に会いたいとは思わなかった。だけど、そういう期待って、えてして裏腹の結果になるものだね。実際そうなってしまって、最初に会ってしまった人は、僕の高校時代の彼女アビーだった。ママにスーパーマーケットに牛乳を買いに行かされたんだけど、そこで彼女と鉢合わせしてしまったのだった。アビーは最初、僕を認識できなかった。当然だ。でも、僕の目を見たとたん、分かったようだ。どんなに僕が変わっても、アビーは僕の目を見れば認識するだろう。

アビーは僕の変化のことを話題にしたくないようだった。それは僕にも分かる。でも、彼女の好奇心の方がまさったらしい。

「あなた、あの…、今は女の子なの?」

僕は笑った。どうして人は、僕が単に他とは違う男だという事実を受け入れることができないんだろう? どうして人は、僕がなにか性転換者のような者だという結論にすぐに飛びつくんだろう?

と言うわけで僕はどうして今の姿になっているか説明した。全部、説明した。多分、必要以上のことを言ったかもしれないけど、結局は、何を言っても変わらないだろうと思う。アビーは、かつてつきあっていたはずの男性を見ていなかった。ただ、自分がみたいと思ってることしか見ていなかった。

それにしても、少なくとも僕の服は彼女の服よりキュートなのは事実。アビーと再会した時、僕はこのピンクのセーターを着て、青いスカーフを巻いていた……


[2013/11/26] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

暗示の力 (8) 

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今日は僕の誕生日だった。23歳。誕生日を友だちナシで過ごすのって変な感じだった。友だちと言うか、元の友だち。最近の僕の服装を見たら、あいつらが何て言うか想像できる。

僕が女物の服を着てるかなんて、誰が気にするって言うんだ。その服の下に、可愛い女物のブリーフを着てるのがバレたら、大ごとだろうけど。特に、ジェニーが僕に買ってくれたこの青いブリーフは可愛い。黄色い縁がついていて、僕のお尻を「ファンタスティックに」見せてくれる。これはジェニーが言った言葉であって、僕が言ったことではない。

今日は、さっき、ちょっとした出来事があった。ジェニーから誕生日プレゼントをもらった後、彼女と一緒にワインを飲んでいた時だった。ふと、うつむいてうつ向いて自分の姿を見たとたん、僕はパニック状態になってしまったのだった。急に、自分が何て格好をしてるんだと、信じられない気持になったのだった。自分がすごく弱くて、飢えてて、そして…女性的だと感じた。自分が女物の服を着てる事実を痛烈に意識したのだった。滑らかな肌、長い髪の毛……何もかも度が過ぎてると。僕は叫び声をあげ、たぶんその後、気を失ったのだと思う。気がついたら、ジェニーの膝を枕にカウチに横になっていたから。ジェニーは、愛しげに僕の髪を撫でていた。

すると、不安感が急に消えたのだった。再び、何もかも、普通のことに感じられるようになった。

ジェニーは、たぶんちょっと飲みすぎたからだろうと言っていた。アルコールのせいで、自分の人生の選択について、何か抑圧された感情が表に出てきたのだろうと。「あなた、こんなにたくさんのことを変える決断をしてきたんだもの、当然だわ」と。

確かに、ジェニーの言うとおりだ。僕はいろんな変化を決断してきた。でも、何か僕を浸食しているものもあるのは事実だ。僕は黙ってただ座っていた。10分くらい沈黙していたと思う。そしてふと気づいたのだった。もし、僕が自分の決断にそんなに居心地の悪さを感じてるなら、その不快さの痕跡があるはずじゃないかと。でも、そんなものはない。僕は完璧に心穏やかな状態だったのだ。

そして、まさにその点が僕にとっては謎だった。

[2013/11/26] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)