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どうしてこれまでこれをしてなかったのかわからない。これはすごい。空気が僕の肌に触れる感覚…わーお! それにジェニーも賛成してくれてるし。ジェニーは僕の肌を撫でまわしてて、やめられないみたいだ。
やってみるまで、どうなのかわからなかった。体の毛を剃るって、これはすごい大前進だ。だけど、これは僕は喜んでしたことだよ。それに毛を剃ったら、あそこがすごく見えるんだ! どうして毛を剃ろうって思ったか、もうそれすら忘れてる。
完璧に毛がたくさん生えてて、それでよかったんだけど、次の瞬間、急に肌がつるつるになったらいいなって思ったんだ。たぶん、雑誌かなんかで読んだんだと思う。コスモポリタンかグラマーかな。女の子が男に何を望むか、素晴らしいアイデアが載っていた。それにああいう雑誌に載ってる服ってすごいし。もちろん、アーティスティックな意味でだよ。ああいう服、可愛いって。女の子が着ると。
最近、どうなってるのかわからないところがあるけど、僕はいろいろ変化をしてきた。大半は、外見に関することだ……たぶん、僕もようやく成長したということなんだと思う。ほかの人が僕をどう見るかについて、最近、ますます気にしなくなってる感じだ。…いや、違うかも。もっと具体的な…そう、ほかの人が僕が男性的かどうか、それが気にならなくなってるという感じ。
たとえば、男たちはたいていおへそにピアスをつけない。それはよく知ってるけど、僕はのそれを割と格好いいと思ってる。ほかの人がなんて言うかなんて気にしない。クレイグに見せた時のように……あのとき、クレイグは僕をじっと見て、ただ、頭を左右に振っていた。そして、去って行った。あれからクレイグからは何の音沙汰もない。なんて心を閉ざしたやつなんだ。ああいう人と親友だったなんて信じられない感じだよ。
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自分の服が嫌いだ。もう、どれもフィットしない。あれだけ体重を落としたあとだから、全然合わない。こうなることを考えるべきだった。77キロから48キロ(今朝、計ったんだ!)に減ったので、サイズも大きく変わるものだ。でも、減量はこれで終了かなと思う。身長160センチだから、これが適正体重だと思う。
以前は背が低いことをとても意識していた。思えば、背が低いことが、僕が筋肉のことをあんなに気にしていた理由だと思う。でもジェニーが僕のiPodにあの「リラックス・ソング」の数々を入れてくれて以来、僕は背の低さのことを次第に気にしなくなっていた。
ああ、ようやく僕はクレイグとかの連中のことは、もういいやと思うようになった。かつては、あいつらのことを僕の友達と思っていたけど、今は…。どう考えていいか分からない。たぶん、彼らは僕のことをねたんでるのか何かだと思う。僕が「女のように見える」とか「そんなに短期間にそれだけ体重を落とすのは体に良くない」とか、何度も何度もしつこく言う。あの言い方! …僕が? 女の子のように見える? 何をバカなことを言ってるんだ。確かに、そうだ。僕は前よりずっと小さくなったよ。でも、僕は女の子のような体つきになってるなんて全然ありえない。
連中が単にねたんでるという意見にジェニーも同意していた。僕は連中とその場ですぐに縁を切りたいと思ったけど、ジェニーは、後で後悔するかもと言っていた。たぶんジェニーの言う通りだと思う。あいつらとは子供のころからの付き合いだ。たぶん、あいつらもそのうち気にしなくなると思う。
でも、そうだよ。これは本気なんだが。本当に新しい服が欲しいよ。
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あの時点では、私はあまりに自分に誇りを持っていて、ただただテストを続けることしか頭になかった。もし、あなたが望むことをどんなことでも誰かに実際にさせることができたら、あなたならどうする? すべての女は自分の男を変えたいと思っている。これはありきたりのフレーズだけど、でもこれは真理。彼氏の身体的なものせよ、性格的なものにせよ、可能なら変えたいと思うところが必ずあるもの。思うに、これがこの件のすべての根本原因だと思う。
多分、この薬剤の使用プログラムについてもう少し説明しておくべきかもしれない。小さな事柄については、この薬だけで十分である。でも、実験したところ、本当の変化をもたらす唯一の方法は、薬にあわせて、長期にわたってサブリミナルにメッセージを送り続けることであると分かった。たとえば、誰かにハンバーガーでなくサラダを食べたい気持ちにさせたいとする。(よほどの肉食好きの人間でなければ)おそらく薬の投与で充分である。しかし、もし、その同じ人間に、今後いっさい肉食をやめさせたいと思ったならば、先のようなサブリミナルなメッセージを合わせることが必須になる。そして、その場合でも、その変化を恒久的なものにするには数週間から数か月必要となる。
ちょっと、話しを先走りし過ぎてしまってるような気がする。そもそも、私がどうしてあんなことをしたのか、私自身どう説明していいか分からない。それに私には、その変化をどう描写してよいか、その言葉すら知らないというのが実情だ。…だから、私は説明しないことにする。その仕事は私でなく彼にさせてあげることにします。最初に彼に「示唆」したことの一つは、日誌をつけることだった(彼が薬を投与されてる間、どんなことを感じるかの記録が欲しかったから)。そういうわけで、彼の日誌の記述に説明を譲ることにします。
……僕はずっと前から自分の筋肉について気にしすぎてきたように思う。というか、少なくとも半年前までは、気にしていた。たぶん、単に僕の嗜好が変わっただけかもしれない。長い髪の毛と同じように。ジェニーは僕の髪を気に入ってくれてるけど。少なくとも彼女が気に入ってるならいいさ。ともかく、これまで僕は自分が格好いいと思っていたけど、今はちょっと変な感じだ。…何というか、自分の格好。ジムでいつも気にしていた体のこと。いま思うと、僕は筋肉を鍛えるために一生懸命頑張りすぎていたように思う。実際、筋肉がついてきてたし。だけど、僕は充分、男なのだから、男であることを証明するために盛り上がった筋肉なんて必要ないんじゃないかと思う。
ほぼ27キロ。今朝、計った。今までしてきたことがこんなに成果を出すなんて、笑えてくる。前はどんだけ食べてたか思い出す…今はというと、サラダを食べて、それで完全にお腹いっぱいだ。正直、ジェニーの方が僕より食べている。食事とエアロビクスのコンボのおかげでまさにこの奇跡が起きた。毎日、ジムに行くと、男たちがあんなウェイトを持ち上げては、周りのみんなに、自分がいかに男らしいか誇示し、見せつけている。あれって、病的だな。今の僕はベンチプレスでやっとバーを持ち上げらてるくらいだけど、筋肉はこれ以上いらないと思ってる。あの男たちもいずれ僕のように覚醒するといいと思うよ。
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彼と一緒になれて私は幸運だったと思った。彼はとてもハンサム。ほとんど可愛いと言っていいほど。それに、彼は誰よりも私を愛してくれた。私はずっと前からとても内向的な女だ。それに、何といっても、私の生活は仕事ばかりになっていたし。私は、これでいいのよと自分に言い聞かせていた。もちろん、それは間違っている。これでいいという人間は、いつも間違っているものだ。
仕事。仕事のせいで私は非常に多くの交際の機会を奪われていた。そして、その仕事が私が本当に手に入れた唯一のものを破壊してしまったのだ。その仕事からどんなことが帰結として出てくるか分かっていたら、そもそも、それを開始しなかっただろう。医者か弁護士になっていただろうと思う。何か無害なものに。でも、その時の私には後でどんなことになるか知ることはできなかった。生化学での私の仕事が私にどのような道を進ませることになるのか、その時の私には分からなかった。
最初は、とても無邪気なもののように思えた。広告業界は何年も前から人々を操作しようとしてきた。私がしてることなんて、それより悪いと言えるの? 同じじゃない? 確かに、いかがわしいところがあるけど、でも、脳が暗示を受容する性質を増幅する薬の用途を考えてみて? まぎれもないマインドコントロールが簡単にできるとしたら、それをやめられる人がどれだけいるかしら? 私にはできなかった。
この薬は、真のマインドコントロールに向けての数多くの研究における最初のものだと思った。政府は、この薬剤をテロの容疑者を尋問する際の非侵入性の手段と判断した。容疑者にこの薬剤を与えれば、真実を話す、と。大人気! たくさんの人命が救われる。
とにかく、私は少し……この薬のテストに夢中になりすぎていた。そして、この薬を夫に与えたのだった。単純なテストのつもりだった。長期にわたるようなテストのつもりではなかった。でも、前に言ったとおり、私はやりすぎてしまったのだった。
「もっと髪が長くすると素敵だと思うわよ」
私は夫に薬を与えた後、言った(もちろん、彼に分からないように投与した)。ちょっとした遊びのつもりだった。後になってから、笑って話せるようなことのような。