その私の言葉をマリアは遮った。
「ねえ、ベンにさせたいと思わない? 裸にして、あなたの前にひざまずかせるの。そして、あなたが何を言っても言うことを聞かせるのよ・・・鞭打ちされる姿勢にならせるとか、何でも。ただ、あなたにあまりにも惹かれているからって理由で、そういう風にならせるのよ。どう?」
私はどうしても想像してしまった。彼女は私の心に絵を描き、その絵を私は思い浮かべてしまったのだった。そんな風になっているベンの姿を。
「彼、そんなこと絶対にしないわ」
そう返事した。でも、それを言うべきじゃなかった。
「あら、彼、好きかも知れないわよ。そういうことする男の人いっぱいいるもの・・・あなたが一番疑っていないような人でもね」
私は声に出して笑った。「アハハ。でもベンは違うわ」
「彼に訊いたことあるの?」
「ないわ!」
この時も、ちょっと返事をするのが早すぎたと思う。私はまたくすくす笑った。
「訊くって、どう言ったらいいの。うふふ。例えば、ねえ、あなた? 私に鞭で叩かれたい? って?」
マリアはまた微笑んだ。
「これって、あなたが思っているほど、そんなに突拍子もないことじゃないのよ。でも、そういうの恥ずかしいと思うなら、それとなく彼の意向を探る方法はあるわ」
私は返事をしなかった。どうして今、こんな話し合いをしているのか、自分でも分からなかった。ともかく、彼女は先を話した。
「ベンが一番好きな妄想ってどんなのなの?」
「そんなのどうして私が知ってるわけ?」
マリアはまた笑った。
「そうねえ、どんな体験談? ストーリーとか?」
彼女が何のことを言っているのか考えていると、焦れたように彼女は続けた。
「ほら、ペントハウス・ヴァリエーション(
参考)とかそういう雑誌に載ってるの知ってるでしょう?」
私は、ぽかんとした顔をしたまま。
「あなたたち、ああいうの全然読まないの?」
「雑誌のこと? セックスについての記事?」
バーバラがどこかに写っている写真は3枚あった。大邸宅でのパーティの写真だった。どの3枚も、彼女と例の男だけが写っているわけではなかった。それに、3枚とも、2人が中心位置に写っているわけではなく、脇の方にずれて写っていた。明らかに、2人はカメラマンが写そうと狙っていた人物ではない。
最初の1枚は、新聞に掲載するためトリミングされた写真の原板だった。六つ切り(20X25センチ(
参考))のプリントは鮮明に写っていた。スティーブは、机の中段の引出しから虫眼鏡を取り出し、男の左手がどこにあるか確めた。確かに、お椀のような手つきで、バーバラの右の尻頬を触っているのが分かった。彼女の白いミニスカートは、そちらの側だけ、少しずり上がっていた。そこの部分だけ、スカートのひだ模様が他と明らかに位置関係がずれているのだ。男は、バーバラを引き寄せながら、尻を愛撫していたのだ。
スティーブは、意識的に口元の筋肉を緩めなければならなかった。彼は、歯医者に忠告されていたにもかかわらず、歯軋りしてしまっていたのだった。写真をその場でちぎり破ってしまいたい衝動を抑えながら、彼は落ち着きを保ち続け、その写真を脇に置き、2枚目に移った。
2枚目では、2人は芝生が生えたような場所でシャンペングラスを片手に立っていた。バーバラは右腕を男の腰に絡ませ、自分に強く引き寄せていた。男の左手は、バーバラの背中を愛撫しながら擦っている。そして、何より、2人の唇はしっかりと重なり合っていた。スティーブは、再び、知らず知らずのうちに歯を食いしばっているのに気がついた。彼はその写真を1枚目の上に重ねた。
3枚目の写真では、バーバラと男がパティオのテーブルについているところを写していた。2人は対面していて、男の方がわずかにバーバラの右側にずれている形だった。男は、今にもキスしようとしているように、彼女に顔を寄せているところだった。バーバラの顔には期待で興奮した表情が浮かんでいた。虫眼鏡で見ると、男の右手がバーバラの右の太ももの奥へ入っているのが見えた。男の指はスカートの中に入っていて見えない。この写真が撮られた後、男の手は、妻の太もものどこまで上がって行ったのだろうか? スティーブは呆然としながら、そんなことを考えていた。
「うがああああああ!」
スティーブはどうしても大声を上げなければならなかった。さもなければ気が狂っていただろう。最初の咆哮に続いて、第2の、そして第3の咆哮が続いた。いくら叫び声をあげても構わなかった。警務員は巡回中だったし、オフィス代わりのトレーラの中にいる彼の声を聞いたものは誰もいないだろう。スティーブは、何か殴れるものがそばにあったらいいのにと思った。トレーラの壁は薄すぎて殴れない。彼は、じっとこらえ、自分を落ち着かそうとした。
早速、ステレオのところに行って、DCプレーヤーのボタンを押した。ヤンニ(
参考)の曲が部屋に満ちる。
「うわー、ヤンニ! この人、私、大好き!」 彼女は悲鳴を上げた。
「僕もだよ」
彼女はソフトなインストルメンタルの曲にあわせて動き始めた。体がしなやかで、僕の前でくるくる回り踊っている。カウチに寄りかかりながら体をくねらせる。僕はポラロイドを手にした。カシャッ! グルルルル! ベー! 吐き出された写真。これはただの思い出のボール紙だな。彼女は首をひねって僕を見た。カシャッ! ただのボール紙がもう1枚。
「オーケー、ちょっときわどいのを撮ってみようか?」
彼女は、オーケストラを指揮するように右腕をあげ、左腕で体を囲うような格好になった。そして、水着の前と後ろをつないでいるサイドの紐に手を掛けた。その紐が解かれる。でも、たいしたことは起きない。肩にかかるストラップがずり落ちるわけでもなく、張りのある首のラインは、元のまま。
今度は、音楽にあわせて前のめりの姿勢になった。幸い、これだと、水着のサイドから中が覗き込めた。開いたサイドの方の裸の乳房が胸から垂れ下がってるのがよく見えた。小さなピンク色の先端部が、水着の内側の生地に擦れているのが見える。
「それ、それは素晴らしいよ」 カシャッ! こいつは永久保存用。
彼女は背を起こした。僕に背を向けたまま、僕に言う。
「あなた、焦らされるのが好きなんですって? そう聞いたけど」 体を動かしたまま、話しを続ける。 「それも仕事の一部なの? それとも、あなたのただの個人的な好み?」
「両方さ。男はみんな焦らされるのが好きなんだ。でも、永久に焦らされるのはダメだけどね」
正直、僕は、永久に焦らされ続ける方が好み。でも、僕は変態だから。でも、低脳じゃないよ。
「なるほど。じゃあ、こうしたら・・・」
彼女は、反対のサイドの紐を引っ張った。そして、その隙間に手をさっと入れ、生地を前に引っ張った。一瞬、彼女のもう一方の乳房が見えた。カシャッ! まあ、僕はすでに今の写真の鏡写しのショットは手に入れているんだが、でも、まさかのために注意しておくに越したことはないだろう?
「私、ちょっと心配なの。だって、私って、その・・・あなたがよく知っているような体つきをしてないから」 そう言って、またくるりと背を向けた。