彼女は声に出して笑い出した。
「アハハ。言おうと思えば、仮装パーティの写真って言えるかも知れないわ。でも違うの」
まだニヤニヤしながら私を見ている。
「私と元夫で、・・・ちょっと面白いことをしてたのよ」
「冗談でしょ!」
「いいえ!」
「あなた、ほんとに・・・?」
「彼に鞭を使ってたかって? ええ、そう。彼、すごく喜んでたわ! そういう男はたくさんいるし」
「あなたも喜んでたの?」
多分、私は好奇心をそそられたのだと思う。彼女は、元夫のデニスを喜ばすためだけで、こんなことをしてたのだろうか?
「まあ、興味深い質問にたどり着いたわねえ」
私は、失礼なことを訊いてしまったと、急に恥ずかしくなってしまった。それにマリアも、そんな私を助けるつもりはないらしい。
「でも、あなた、どうして、そんなこと知りたいの? 自分でもちょっと興奮してきた?」
「ただ、興味があって・・・」
「アハハハハ!」
彼女はまた笑った。彼女は、私が言ったことを信じてなさそうだった。でも、本当に、ただ興味があっただけなのに。
「ええ、私もそれをして喜んでいたわよ!」
ようやく返事をしてくれた。まだニヤニヤしている。
「・・・それに、あなたも気にいると思うわ。私には分かるわ」
「いいえ!」
少し、大きな声で返事しすぎたかもしれない。一旦、口をつぐんで、少しだけ笑った。自分自身に向けた笑いだったと思う。
「ただ興味があってって言ったはずよ」
「でも、どうして、そんなに興味があると思うの?」
「そりゃあ、普通のことじゃないし・・・それに、発見して驚いたし・・・」
そこで口を閉ざした。彼女はただニヤニヤして私を見ているだけ。明らかに私の言葉を信じていない。
「・・・私の言うことを信じてもらえなくてもいいけど・・・」
妻の浮気を疑ったあの最初の夜も、そして次の日の夜も、バーバラと顔をあわせ、話しをするのは困難さを伴うものだった。スティーブは根が家族思いの男ではあったが、結婚して初めて、妻のそばにいたくないと感じたのだった。
金曜日、ジョンが大型の薄い封筒を持って建築現場を訪れ、オフィス代わりのトレーラーにいるスティーブの元に持ってきた。ジョンは、トレーラーの中に入ると、目にもはっきり分かるほど、安堵感を示した。改造された移動家屋の頼りなげな壁ですら、それに囲まれると安らぎが得られる。現場には、あまりにも多くの大型機械が立ち並び、そのエンジンは耳をつんざくような唸り声を上げ、ジョンの心の平安に、いらぬ動揺を与えた。巨大クレーンで、鉄鋼の大梁が最上フロアに吊り上げられていくのを見るだけでも、ジョンにとっては、めまいを感じ、気持ち悪くなる。彼は、屋内に入れて安心した。ここならスティーブが安全を保障してくれるだろう。
スティーブは、怖がる兄を見て、小さく微笑んだ。ジョンの汗をかいた額、それにおどおどした話し振り。スティーブにとっては陰鬱な一日ではあったが、それでも、その兄の姿はユーモラスで、少しだけ笑えるところがあった。スティーブはジョンに付き添って、彼のボルボが置いてあるところまで一緒に歩いた。歩きながらも、絶えず感謝を忘れなかった。ジョンは歩道の端に立ち、スティーブに手を振り、近々、夕食を食べに家に来るよう、スティーブに約束させた。・・・本当に、すぐにでも家に遊びに来るようにと。
*******
夜も更け、あたりは静かになっていた。現場にいるのは、スティーブと、銃器を携帯した3人の警務員だけだった。スティーブは、ホルスター(
参考)に入れたままの45口径セミ・オートマティック大型銃をデスクの上、自分の前に置いていた。現場から帰るときには、そのホルスターを右脇のベルトの上に付け、クリップで止めることにしている。
夜の建築現場は危険な場所である。麻薬中毒者やアル中たちは、身を隠し、その悪癖に浸れる新しい場所を常に求めているものだ。それに、みみっちい窃盗団もいる。いや、それほどみみっちい連中とは言えないだろう。彼らはいつも、資材置き場にある銅管などや様々な建築材料を狙って、それを盗み、どこかで売りさばこうとしている。スティーブが最初に行った仕事のとき、労働者が2人ほど、そのようなハゲタカどもに殴られた。その後、スティーブは銃器保持許可を得て、以来、ほとんどいつも銃を携帯する習慣になっていた。
ジョンが帰って行った後の午後は目が回るほど忙しく、スティーブには、ジョンが持ってきた封筒の中身を、ゆっくり腰を降ろして検討する余裕がなかった。今、その大型封筒の端を指でちぎって開けているところだった。彼の指は震えていた。心は、見たくないと伝えていたが、理性で、見なければならないと言っていた。
水着の1つは、黄色と青の大きな渦巻き模様の、やけに派手なビキニだった。いや、「大きな渦巻き」と言ったけれど、そんなに大きいはずはない。というのも、そもそも、ビキニの布地自体がすごく小さいから。もう一方の水着は、淡い青のワンピース。布地素材には、わずかに縦にうねりが入っているが、模様はない。彼女は、僕がビキニを選ぶだろうと思っていたようだ。選択は簡単だ。もちろん、ワンピースの方。
実際、これほど簡単な選択はない。ワンピースの方は、胸元が深く切れ込んでいるし、左右のサイドにもざっくりスリットが入っているのだ。それに、目を惑わすような模様がないのもいい。何も、僕の目があんまり良くないって言いたいんじゃないよ。ともかく、模様がある水着が嫌いなだけ。どうして、軍が、戦車や戦艦にあの緑色のゴタゴタを塗りたくっていると思う? ああいう模様があると頭がくらくらして目の焦点が定まらなくなるから、だろう? それと同じこと。黄色と青のビキニと、カムフラージュされた緑のハムヴィー(
参考)も同じこと。ま、とにかく、そのワンピースは、面白くなりそうだと思わせる方なわけだ。
僕は部屋を出た。彼女は、水着に着替えて部屋から出てきたが、Tシャツを持って前のところを隠している。
「これを使うことになるかどうか、分からなかったから・・・」 迷っている風に言っている。
「ああ、それ、持ってきてもいいよ。使うことになるかどうかは分からないけどね」
Tシャツは、この前来た彼女のお友だちと一緒に使って遊んだから、この彼女とは、もういいだろう。ひょっとして、この前のキューティーちゃんと、このビューティーちゃん、裏で話し合ったのかな?
彼女はリビング・ルームの中央の空間に歩いてきた。
「オーケー、背筋を伸ばして立ってみて!」
さて、また、半ダースほど写真を無駄にすることにするか。カシャッ!
「肩を後ろに持っていくように・・・そう、今の姿勢いいよ!」 カシャッ!
「可愛い顔だね。笑って見せて」 クロースアップを撮るため、近づいて、カシャッ!
それからちょっと1メートルくらい離れてみる。ファインダーの中、水着のおへその辺りから、濃茶の髪の毛まで、彼女の姿が収まる。思ったより背が高いなあ。170センチ位かな?
水着は、地味ながらも実に魅力的だった。深く切れ込んでいる胸元から、両サイドのあの大胆なスリットの流れがいい。スリットは、ほとんど腰の辺りまで開いている。両腕の脇のところには短いスパゲッティ・ストラップ(
参考)があって、水着の前面と背面をつないでいる。そのストラップにマッチしたストラップが両肩にかかっていて、水着が落ちないようにしている。なかなか良い効果だ。
「オーケー。じゃあ、何をしようか?」 もちろん、これは修辞疑問文。
「あの・・・この前は、Tシャツから始めたんでしょう?」
あ、やっぱり! 彼女たち、話し合ったんだ。でも、どれくらい話し合ったんだろう?
「それは、この前の話しね。ああ、でも、この前はこの前、今日は今日だから・・・」
手口がばれないようにしなければ。
「何か小道具を持ってくれてもいいし、あるいは、ちょっと運動して見せるとか、それとも・・・」
彼女は言葉を遮った。「私、モダン・ダンスをやってるの! 何か音楽をかけてくれない? それにあわせて踊るから、その写真を撮って?」
「素晴らしいアイデアだ!」