イサベラは驚いて眉を吊り上げた。何がレオンと父の間に燃えさかる憎悪を引き起こしたと思っていたのか、自分でも定かではなかったが、それでも、女性がかかわっていたとは思いもよらないことだった。
「クレアは天使のような女でな、その中に潜む可愛らしさで中から光を放っている存在だった。どこか頼りなげで脆さがあり、かつ慎み深い。彼女を見ると、どうしても外の世界から彼女を守り抜きたくなるだろう。お前を見ると、いろんな点でクレアのことを思い出すのだよ」
「その方のことを愛してたのですね」 イサベラは驚いて言った。
「クレアのためならどんなことでもしただろう。クレアが望むなら、その足元に伏して命を捧げても良かったのだ。なのに、クレアは他の男と婚約させられてしまった。クレアが愛してもいない男と。そこでわしとクレアは駆け落ちを計画した。だが、どんな方法でか知らぬが、その男はわしたちの計画を知ってしまった。あの男は、クレアに夢中になったあまり、盲目的になり、クレアが他の男を愛しているなど考えもしなかったのだ」
イサベラは、父親の声に苦痛と切なる願いがこもっているのに気づいた。生々しい苦痛と切望。まるで、その出来事がつい昨日に起きたことのように話している。
「男はわしを殺すために数名の男を送ってよこした。男たちは、朝早く、夜が明ける前に到着し、わしの寝室に忍び込んだ。だが、あの男たちの計画には、クレアがわしのベッドにいることなど含まれていなかった。ましてや、クレアが、連中の振り下ろす殺戮の剣からわしの身を守ろうとするなど考えもしなかったのだろう。クレアはあっという間に死んでしまった」
「でも、その男たちはお父上に危害を加えなかったのですか?」 イサベラは顔を曇らせて尋ねた。
「連中は、自分たちがしてしまったことに気づくとすぐに、逃げてしまったのだよ。主人につかまったら、自分たちの命が危ないと察したのだろう」
「お父上は、それから何を…?」
「その時は何もできなかった。その男は、富も権力も強大過ぎていたし、わしは、まだ、ただの次男にすぎなかったから。わしは、港に走り、そこを出ようとしていた船で仕事を見つけた。そして、それから何年もしてから後にフランスに戻ってきたのだ。その年月の間に、わしは通商と船輸送の仕事で財産を蓄えた。何度かアイルランドへ旅をしたが、そういう旅の途上でお前の母親に出会った。だが、わしはお前の母親をフランスへ連れ帰る勇気はなかった。あの男がお前の母親に何をするか分からなかったからな。あの男は依然としてクレアの死に関してわしを恨んでいたのだ。お前の母親が亡くなった後になって初めて、わしはようやくお前をフランスに連れ帰ったのだよ。だが、その時ですら、お前がわしといて安全かどうか分からなかった。それゆえ、わしはお前を修道院に送ったのだ」
「6年前、その男はとうとうわしを見つけ出した。あいつは無理やりわしに決闘に臨ませた。部下の者たちに控えるように命じてな。だが、運命のいたずらか、あいつがわしを殺すのではなく、わしがあいつを殺してしまったのだ。それにより、ようやく、問題が終結したのだった。しかし、その男の息子が父親の意思を引き継ぎ、わしのせいで父親が死んだと考えているのを知り、わしは、ひどく心を痛めることになったのだ」
イサベラは驚きのあまり口が利けなかった。ついさっきまで、彼女は心の奥のどこかで、自分を人質にとり、その欲望に従わせたレオンの行動には正当性があると信じていたところがあった。レオンは私をあのように奪ったのは、そもそも、間違った思いこみによるものだったの… その事実を知ってもイサベラは満足はしなかった。ただ、切り裂くような心の痛みを感じるだけだった。
イサベラが物思いにふけっている間に、二人の衛兵が広間に来て、彼女の父親の前にひざまずいた。
「ドゥ・アンジェの手下の者たちが、村やその近くで目撃されました。何か尋ねまわってるとのことです」
「手下を集めよ。日が昇る前に、ドゥ・アンジェを殺すのだ」