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62_your useless opinion
あんたがあたしに男になってほしいからといって、あたしが男だということにはならないのよ。
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62_well manipulated
誰も理解してくれない。家族も。友達も。同僚も。誰も分かってくれない。みんな、あたしをじっと見て、あたしが自分にしたことを見て、直ちに、何かが間違っていると思い込んでしまう。その理由を探し出す。文句を言い始める。何か邪悪な計画の一環だと思い込みたがる。でも、重要な事実は、これであたしは幸せだということ。これがあたしの本当の姿だということ。
今のこの姿と、とてもイヤだけど、かつてのあたしの姿。そのふたつが断絶してることについては理解できるわ。みんなにとっては、あたしは世の中の他の男たちと変わらない普通の男だったんでしょうね。スポーツが好きで、車が好きで、ひとっかけらも女性的な考え方をしていない、と。でも、みんなにはあたしの心の中までは見えなかったのよ。どれだけあたしが迷っていたか、みんなには分かっていなかった。実際、あたし自身も分かっていなかったし。ずっと長い間、分かっていなかった。
あたしが自分自身でそれが分かるようになるのを手伝ってくれたのは、あたしの彼女のおかげ。彼女は、あたしの中に女性が潜んでいるのを見つけてくれた。あたしがなれそうな女性。あたしがなりたいと思っている女性。あたし自身ですら知らなかったのに、彼女にはちゃんと分かっていて、あたしの背中を押してくれた。
もちろん、抵抗したわ。男ならだれでもそうするでしょ? でも、それは単にあたしが生まれてからずっと男らしさについて条件付けを受け続けていたせいで、それが泣き言を言っているだけだって、今となっては分かっている。あなたは男なのだよって、ずっとずっと言われ続けていたわけだから。そう信じ込まされていたわけだから。でも、アンナには真実が見えていた。そして、彼女はあたしに嘘の人生を続けるのはやめるようにさせてくれたの。
みんなはそれを「操作」と呼ぶ。まるで、あたしは自分で決めることができなかったみたいに言う。確かに彼女はあたしに最後通牒を出したわよ。つまり、あたしがなるべき女の子に変身しなければ、あたしと別れるってね。でも、それは愛情から生まれた言葉なの。彼女はあたしにとって最善のことを求めただけ。それを認識したことこそ、あたしの人生で起きた最も良いことだった。
それから3年たった今、あたしにはあたしのことを受け入れてくれる新しい友達もできた。本来のあるべき姿になったあたしを愛してくれる彼女もいる。それに、いつかは、あたしの家族も戻ってきてくれると思っているわ。みんな、あたしが幸せになってるのを知るでしょう。これの姿が、ずっと前からあたしの本当の姿だったのだと分かってくれると思うの。
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62_Visions of another world
ああ、彼は完璧だ。理想的な男性。柔らかくほっそりしていて、あるべきところに曲線があり、そして美しい顔。彼は、すべての女性が求める理想形そのもの。本当に完璧だ。
シースルーのネグリジェの裾を恥ずかしそうにめくりあげるその姿は、とてもか弱そうに見える。だが、同時に、とても官能的だ。セクシーそのもの。
「綺麗だよ」との言葉が思わず口をついて出た。私は顔を赤らめ、つまらない言葉を発してしまったことを恥じ、視線をそらした。
「気を楽にして」と柔らかい声で彼は言う。その声にはほんの少し震える声が混じっていた。彼が少なくとも私と同じくらい緊張していることを示す、たった一つの証拠だ。私の腕に彼の手が添えられた。細い指で優しく愛撫してくれる。「いいのよ」
私は顔を上げ、彼と目を合わせた。そして、その瞬間、私はウサギに導かれて思考と記憶の穴に落ちていくように、想像の世界に吸い込まれた。どうなってしまったのか、自分でも分からない。ただ、頭の中に恐ろしいイメージが浮かんでくる。
巨体で毛むくじゃらの男性たちが見えた。現実の男性とは正反対の姿。逆に、女性たちは柔らかく曲線豊かな体をし、スカートを履きドレスを身にまとっていた。私は、その歪んだ想像の世界の泥沼で、のたうち回り、心は叫び声をあげていた。ありえない世界。あまりに間違いに満ちた世界。
ひとりの男が女の脚の間に割り入り、激しく腰を突いている。女は喘ぎ声をあげ、男は唸り声をあげていた。別のところでは、女が男の前にひざまずき、醜く勃起した男性器を吸っていた。長く固く、血管が浮き出ている醜悪な姿の性器。これほど間違った姿をしたものを私は見たことがない。男は、うめき声をあげると共に体を強張らせ、白い体液を染みひとつない女の顔めがけて撃ちだした。それを受けて女は笑顔になる。実に嬉しそうに微笑んだ。本来あるべき姿とは正反対の、あまりに間違いすぎた光景。
同じように恐ろしい光景が、頭の中いくつも次々に浮かんできては、私の脆弱な意識に襲い掛かろうと凶悪な姿で渦巻き続けた。私は気が狂ってしまうだろうと思った。いや、たぶんすでに気が狂っているのだろうと。
そして、次の瞬間、始まったときと同じく突然に、その光景が頭の中から消えていき、現実に置き換わった。彼の手が私の腕に触れるのを感じた。1秒も経たないうちに、すでに、男たちが巨体で毛むくじゃらの姿だったおぞましい世界の記憶は薄れ始め、もう1秒もすると、それは完全に頭の中から消えた。
「どうかしたの?」 と彼が訊いた。
「いや何も」 私はそう答えた。私は、美しい男性と一緒にいる。私とのセックスを求めて半裸になっている美しい男性と一緒にいる。すべてが完璧だった。あの妄想で残っているものは、ほとんど知覚できないほど薄ぼんやりとした恐怖感だけ。むしろこの現実の世界の方こそが、間違った世界なのかもしれないという恐怖感だけ。「いや何も。大丈夫。本当に」と私は嘘をついた。