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64_Phases 「一時的なもの」
大きくなる時、みんなに、これは一時的なものだと言われた。いずれ成長すれば、これから直ると。もちろん、あたしは自分が他と異なると思っていた。自我の一番の中核部分から異なるのだと。でも、みんな、本当に自信ありげに、あたしは遅かれ早かれ本来の男らしさへと向かう道を見つけるだろうと言っていた。
子供の頃、あたしは姉の人形で遊んでいた。そういう遊びをするのが本当だと思っていたけど、どうしてそうなのかは自分でも理解できていなかった。でも、今は、人形は本当のところとは関係がなかったと分かっている。人形でなくてもよかったのだ。ただ、人形はあたしが心の底から憧れていたこと、つまり女らしさを表すものだったから、人形が好きだったのだ。
父は、人形で遊ぶあたしを見つけると、素早くやめさせ、ベルトを使ってあたしにしてはいけない遊びがあると教え込んだ。
大きくなるにつれて、あたしは姉の服をこっそりバスルームに持ち込み、心臓をドキドキさせながら、それを試着するようになった。あたしは注意深く隠していたつもりだったけど、完全ではなく、そんな行為の証拠を残してしまうのだったが、なぜか、みんな、それを無視した。みんな、知っていたと思う。確信している。
でも、学校から連絡の電話が来ると、父も無視するわけにはいかなかった。あたしは、学校のトイレで友達にフェラをしているところを見つかったのだった。その時、父の運転する車で家に戻ったのだけど、あの時の沈黙状態を忘れることができない。父は怒っていたし、それは見て取れた。でも、父は怒鳴り声をあげたりはしなかった。父は何も言わず、じっと前方を見つめ運転していた。
その日の夜、あたしは父にベルトで激しく叩かれた。死にかけるほど叩かれた。少なくともあたしにはそう思えた。父はまるで、あたしの中からゲイっぽいところを叩きだそうとしているようだった。叩けばそうなるだろうと父は思っていたようだった。
父に、あたしはゲイじゃないと言いたかった。あたしは普通の女の子なのと言いたかった。でも、父は理解しなかっただろう。理解できなかっただろうと思う。あたしは、父にとっては、恥をかかせることしかできないダメな息子だった。父にはそれしか見えていなかった。
もちろん、そのすぐ後、あたしは家を出て、振り返ることはなかった。それは簡単なことだったと言えればいいのだけど、実際はそうではなかった。精一杯、もがき頑張らなければならなかった。ひとつは、生きていくために、そしてもう一つは、自分がなりたいと思っている人間になるために。その過程で、いくつか、いかがわしいこともした。自分でも恥ずかしいと悔やむことをしたこともあった。でも、最終的には、意思を固く持ち続けたことで報われた。
時々、自分が歩んできた道のりを疑うことがある。みんなが言ってたことが正しかったなら、どうだったのだろう? 本当にあたしが病気だったのだとしたら、どうだったのだろう? みんながあたしのことを怪物のように言っていたけれど、それが本当だったとしたら、どうだったのだろう?
でも、そういう迷いが生じたとき、あたしはドレスを着たときの気持ちについて考える。つるつるに滑らかな脚にパンティを通した時の気持ちについて。誰かに「奥様」と呼ばれた時の気持ちについて。男性があたしに言い寄ってきた時の気持ちについて。あるいは、その男性にベッドへと連れて行かれた時の気持ちについて。体に精液をかけられたときの気持ちについて。彼のペニスをアヌスに入れられたときの気持ちについて。精液を味わったときの気持ちについて。
そして、あたしは微笑む。あたしは男性ではない。あたしはまさにあたしがなるべき人間になっているのだと。
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64_Pent up 「逃れられない」
「い、いったい、これは……君は一体何をしてるんだ? どうしてここにいる? それに……」
「ジョンソンさん、なぜあたしがここにいるか知ってるくせに。あたしたち、これを先延ばしにしてきたけど、もう長すぎるくらいだと思うの」
「いや、いや。これは良くないよ。いいから、何か服を着てくれないか? もし、君のそんな姿を誰かに見られたら……。それにその言葉遣い。まるで……」
「女の子みたい? だって、それがあたしの本当の姿だから。それにあたしのこの姿を誰かが見たら、勘違いしてしまう? 勘違いじゃないかも、ね。でも、心配しないで。バリーはキャンプに行ってて、2日間は帰ってこないから。それに、あなたの奥様も旅行中だわよね? だから、この週末はずっとあたしとあなたのふたりっきりなの」
「何か服を着てくれと言ったじゃないか!」
「イヤ。拒否します。今日は、あたし、あなたに言い逃れさせるつもりはないの。あなたのことずっと見てきたのよ。バリーとお友達になってからずっと。あなたは隠そうとしてきたけど、ちゃんと見えていた。プールであたしのことをちらちら盗み見していたのをちゃんと知ってるの。あたしが見ていないと思ったときに限って、あたしのことを見ていた。それに、あたしが着替えしてたりシャワーを浴びてる時に、『偶然』、部屋やバスルームに入ってくるとか。ねえ、ジョンソンさん、お願い。ちゃんと認めちゃって。あなたはあたしのことを欲しいと思っているんでしょ? ずっと前からそう思ってきてたんでしょ?」
「で、でも……」
「あたしが女性化を始めた後は、もっとひどくなっていったわよね? あなたに言う必要もないほど。あなたには、はっきり見えていたはず。あたしの体の曲線とか、あたしがみんなに隠し続けていた胸の膨らみとか。ちゃんと消しきれなかったお化粧の跡とか。誰にも言わなかったわ。バリーにもね。親友なのに秘密にし続けるって、どれだけ大変なことか分かる? でも、バリーは気づいていない。あたしの両親も知らない。誰も知らないの。そもそも、あたしのことなんか誰も知りたいとも思っていないんじゃないかしら。でも、あなたはちゃんと知っていた。あなたは、ずっと最初から、全部知っていた」
「わ、私は……こんなことできないよ、ジェシー。こんなことは……」
「いいえ、できるはずよ。あなたのために、あたしはここまでしてきたの。あなたのためでなかったら、ここまですることはなかったと思うわ。少なくとも、自信をもって、ここまで体を変えることはなかったと思うの。でも、あたしはあなたが欲しかったから。ジョンソンさんのことが大好きで、あたしのことを愛してほしいと思っていたから。ああ、本当にあなたに抱かれたいの。それにあなたのズボンの膨らみ具合から判断すると、あなたもあたしのことが欲しいんじゃない? いいのよ。本当に、いいの。あたしたちの間には、これをしない理由はないんじゃない?」
「き、君は若すぎる。私は結婚しているし、君は私の息子の親友じゃないか。ジェシー、これはいけないことだよ。やってはいけないことだよ」
「あたしは18歳よ、ジョンソンさん。つまり、あたしは大人の仲間入りしたの。だから、ヤリたいと思った人と誰とでもヤッテ構わない年になったの。そして、今は、あたしがヤリたい人は、あなたのこと。だから、もう言い訳をいうのはやめて、こっちに来てください」
「本当に誰にも言わない?」
「もちろん、誰にも」
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64_Okay オーケー
時々、あたしは、自分でいてもオーケーなのだと自分に言い聞かせなければならない。
時々、あなたは、あたしのことが欲しくなってもオーケーなのだと自分に言い聞かせなければならない。
時々、あなたは、あたしのことを愛してもオーケーなのだと思い出さなくてはならない。
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64_Obssession 「強迫観念」
強迫観念とは、ある特定の狂気であると思う。強迫観念により、人は大変な努力を行い、まったく想像していなかった領域へと駆り立てられることがある。カレブについてはそうだった。
カレブは、決して、皆に人気がある人間ではなかった。それに彼自身、そうなりたいと思っていたわけでもなかった。平凡でおとなしい人間。彼自身、自分をそう思っていた。他の人が彼のことを考えることはなかったが、あえてどう思うかと訊かれていたら、誰もが「平均的」という言葉を当てはめたことだろう。そして、カレブが思いを寄せていた隣に住むカレンも、例外ではなかった。そもそも、カレンは彼が隣に住んでいることすら知らなかったと言ってよい。
初めてカレブがカレンのことをスパイし始めたとき、彼は自分の動機は純粋なものだと自分を納得させていた。気になるので、彼女に関する充分な情報を集めたいだけなのだと。いざ、彼女に接触するときになったら、正しい知識でもって武装できるようにと。カレンが何が好きで、何が嫌いか知りたかった。彼女の外面も内面も、ぜんぶ知っておきたかった。
しかし、ゆっくりとではあったが、彼の調査は彼の生活のあらゆる側面を支配するようになっていった。カレブの恋心は強迫観念へと変形したのである。彼は、眠っているときはカレンの夢を見たし、起きて学校に行ってる時もカレンについて白日夢を見ていた。いつの時間でも、その時点でカレンが何をしているかを知らないと息もできないほどになっていた。
変化というものは一気には起きない。むしろ、変化は徐々に起きるものである。ある物事について、カレンがそれが嫌いだと分かると、カレブもゆっくりとそれから遠ざかるようになった。カレンがそれが好きだと分かると、彼も自分の興味をそれに集中させるようにした。食べ物でも、音楽でも、映画でも。彼は自分の関心を、彼女の関心を鋳型にして合わせていった。そのうち、彼の中で、自分と彼女の境界線がぼやけ始めたのだが、それも当然と言えば当然だろう。彼は、自分の心をこれ程まで支配している女神について、彼女のようになったら毎日の生活はどうなるのだろうと想像するようになったのである。
まさにその時、彼はすべてをはっきりと理解したのだった。自分はカレンと一緒になりたいのではないと。そうではなくて、カレン自身になりたいのだと。あるいは、できる限りカレンに似た存在になりたいのだと。彼はすでに、カレンと自分は、他の人には決して理解できない形で互いにつながった同じ魂の持ち主なのだと思い込んでいた。
そのようなわけで、彼は暇な時間があるとカレンと同じ服装をするようになった。ダイエットもした。化粧も試すようになった。インターネットで女性ホルモンを注文した。そして、高校を卒業する時期になるまでに、カレブの体は変化し始めており、新しい人間が現れてきたのだった。
そこまでの成功に勇気づけられたカレブは、さらに先へ進み、話しを聞いてくれる人みんなに、自分は実はトランスジェンダーであると、ずっと前から内面的には女の子だったのだと言うようになった。彼の両親すら、彼の言い訳を見透かすことがなかった。
だが、それでも彼にとっては充分ではなかった。まだ男らしさが完全に消えていないと彼は思った。もっと過激な措置を取らなければ、完全に消せないと。真に自分の可能性を知り、本当にカレンのようになりたいのなら、手術を受ける必要があると。
だが、手術代は高額であり、高校を出たばかりでもあり、まったく手が出せなかった。しばらくの間、彼の目標は達成不可能のように思えた。進展がない状態が続くと、強迫観念に駆られた彼は、自分自身を違ったふうに見るようになった。このままでは自分は醜いと、男のままであると思い始めたのである。それが彼は嫌だった。
彼は解決策を求めて知恵を絞ったが、何か月間も、答えがでなかった。次第に気持ちが深く落ち込んでいき、鬱状態の暗い闇に囚われていった。来る日も来る日も、その状態から回復することが不可能だと思い込んでいた。行き詰っていた。そこから這い出る方法がない。それに、理想の彼女は遠い存在であり、カレンがいることによる心の暖かみに安らぎを求めることもできなかった。そもそも、カレンがいることによる心の暖かみすら、どんな感じだったか忘れかかっていた。彼女が毎日の生活のあれこれを楽しげにこなしているのを見て、彼女が別世界にいることを思い知らされるのであった。
そんな時、あることが閃いた。そして、カレブの生活はその黄金のような機会に救われたのである。ライブビデオ・ガールになることだった。それは彼が想像していたような優雅な生活ではなかったが、彼の変身を続けるのに充分な金銭をもたらしてはくれた。もっとも、どんな手術であっても、完璧に人に似せることは技術的に不可能であり、手術を受けても彼はカレンの複製になることはできなかったが、それでも、おおよその範囲で彼女に似ることは可能だった。
だが、奇妙なことに、それでも彼には充分ではなかったのである。今や、カレンと彼は姉妹だと言っても通るようにはなっていた。ちょっと見た限りでは、他の人にはふたりの区別はできないだろう。外見ばかりでない。趣味についてもカレンに似るようカレブは努力してきたし、着るドレスについても彼女の服装に似せた。振る舞い方も似せた。だが、彼は心の奥では、どれだけ頑張っても、決してカレンにはなれないと思っていた。
でも、もしカレンがいなくなったら、彼女になれるかもしれない、とも……。
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64_Normalty 「普通らしさ」
私は誰もが望むようなタイプの人間ではない。特に父が期待していたような男ではないのは確かだ。だが、嫌なことが起きるのが世の中だし、人間は変わるものだし、物事はいつもあなたたちが望むように展開するわけでもない。私の人生が仮に道から外れるとしても、私にはどうしてもそうしなければいられないだけなのである。私にできることは、溺れないように水面から頭を出し続けようとすること。自分の状況をできるだけ良いものにしようとし続けることだけだ。
とはいえ、それでも心が痛む。陰口のすべてが心にグサグサ刺さってくる。軽蔑的な視線をひとつひとつ感じる。嫌悪感が溢れた表情を目にする。すべてがどうしても目に入ってきてしまう。
時々、人々は私のことを人間として見ているのだろうかと疑問に思うことがある。私のことを、ちゃんと感情、目的、希望、恐怖、そして夢を完備した人間として見ているのだろうかと。あるいは、私のことを単なる厄介者として見ているのではないか? 何か異常な存在として? 嫌悪すべき存在として? 怪物として? 憐れむべき対象として? あなたたちの意図が善意によるものであろうが、悪意によるものであろうが、そんなことはほとんど関係ない。どちらにせよ、あなたたちは私のことを人間として見ていないのだ。自分と同じ存在として見ていないのだ。
いつの日か、自分自身にラベルを付ける必要がなくなる日が来ることを夢見ている。私はゲイなのか? ストレートなのか? トランスジェンダーなのか? シーメールなのか? シシーなのか? アンドロギュノスなのか? 男なのか? 女なのか? そんなラベルが一体何の関係があると言うのだろう? あなたたちは、正直言って、本当に私がズボンの中にどんな種類の性器を持っているかに興味があるのだろうか? あなたたちは私のことを単に人間として受け入れることができないのだろうか? 同じ仲間の人間として?
もちろん、あなたたちにはそんなことすらできない。あなたたちは次のふたつのどちらかを望むことしかできない。ひとつは、私に私は間違っていると知れと。私は不自然なのだと分かれと。もうひとつは、あなたたちは私の「特殊な」事情を支援していると知れと。デモ行進をしたい。街に出てパレードをしたいのだと。確かに、それを望むあなたたちは善意で言ってるのだろうが、私が何らかの点で他と異なるという神話を拡大することにしかなっていないのだ。所詮、私は他者にすぎないと。
私が何よりも強く求めていることが何か、あなたたちはご存じだろうか? 私は、特に目立つことなく、決めつけるような視線を感じることなく街を歩きたいだけなのである。人々が、他の人に対してするのと同じように、普通の視線で私を見るだけでよいのである。私という存在が普通であることを望んでいるだけなのである。
だけど、決してそんなことは実現しないだろうと恐れる。人間というものは、そういうふうにできていないのだ。でも、私には夢を見ることはできる。希望を持つことはできるのだ。