2ntブログ



67 Escape 「脱走」 

ifap_67_escape.jpg

67 Escape 「脱走」

「さあ、早く!」とライアンが言った。「何か服を着て、俺について来いよ。家に戻る方法を見つけたと思うんだ」

ジャスティンは信じられなそうな顔をして、古くからの友だちの顔をじっと見つめた。そしてようやく口を開いた。「家に帰る? どうしてボクが家に帰りたいって思うの? ここは楽園だよ」

「何だって? 何を言ってるんだ? ひょっとすると……ああ、なんてこった……お前、連中にそそのかされたのか? そうだな?」

「そそのかされた? ボクは別に誰にもそそのかされてなんかいないよ。ボクはただ、故郷へのノスタルジーで盲目になってなんかいないと言ってるだけ。ボクには真実が見えてると言ってるだけ」

「真実? 真実って何だよ?」ライアンは声を荒げた。ライアンは、今やほとんど昔の面影のない友人を睨みつつ、声がパニックで引きつってるのを感じた。「真実は、連中が俺やお前や他の男たちを変人の群れに変えてしまったことだろ! 自分の姿を見てみろよ。エロ雑誌の見開きグラビアに出てる女みたいになってるじゃないか!」

「なに言ってるの?! ボクは自分が前より良くなってると思ってるんだよ。でも、見開きグラビアに載るにはもっともっと頑張らなくっちゃと思ってる。それに、キミこそ……」

「黙れ!」とライアンは叫んだ。「そんなの誉め言葉にも何にもならない。お前はそんな姿になってはいけないんだよ。俺にもおっぱいなんかあってはいけないんだ。長い髪の毛もいらないんだ。それに、それに……。俺は故郷に帰りたいだけだよ。故郷に戻って本当の自分に戻りたいんだ」

「ああ、ライアン。ここが君にとっての故郷だよ。この島が聖地なんだって、ここに居られて幸せなんだって早く理解できれば、それだけ早く、本土に戻るなんてバカな考えを捨てることができるよ。ちょっと考えてみて? ここでは、何でも用意されている。食べ物も、服も、娯楽も。ボクたち完全に贅沢三昧の生活を送ってるんじゃない? なのに、あっちに戻る? あっちに戻ったら、キミもボクも無職のニートに戻っちゃうんだよ。1ヶ月もすれば、また路上生活だよ。一体どうしてあっちに戻りたいなんて思うの?」

「俺は……俺は……女の子みたいな格好がイヤなんだ。女みたいな服を着るのがイヤなんだ。俺は……俺は男になりたいんだ」

「ああ、可哀想に……それってありえないよ。もう元の姿には戻れないの。それは分かってるんじゃない? この島から出られたとしても、本土にたどり着けたとしても、あの人たちがキミを連れ戻さないことにしたとしても、キミは2度と男には戻れないんだよ」

「でも、連中は俺たちを変えたんだ。だとしたら、俺たちを元に戻せる人もいるはずだよ。俺はそう信じてる」

「ムリ。できっこないよ。でも、いいことを教えてあげるよ。キミには何が必要か分かったから。ボクの後について来て」

「ど、どこに行くんだ?」 ライアンは抵抗する気力が失せるのを感じていた。

「ボクを信じて」 ジャスティンはそう言ってビーチを進んだ。「ボクも2週間くらい前までは、今のキミと同じだったの。でも、あの人たちに助けられたんだ。ボクたちがどれだけ運に恵まれているか、あの人たちに教えてもらったんだよ。それ、知りたいと思わない? 気持ちを落ち着かせたいと思わない? 幸せになりたいと思わない?」

「し、幸せ?」ライアンはつぶやいた。

「そう、幸せ。あの人たちに会えば、嫌な気持ちを全部吹っ飛ばしてもらえるよ。そうしたら、ボクたち一緒に幸せになれるよ」


[2018/04/19] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)

67 Crazy 「狂ってる」 

ifap_67_crazy.jpg


67 Crazy 「狂ってる」

「これって変なことだと思う」とあたしは言った。声がかすかに震えていた。不安に思ってる気持ちがバレないようにと願った。その不安感をさらに偽装するため、軽く微笑んだ。

「僕もそう思うよ」と彼は答えた。彼の瞳の中、肉欲的な欲望が見えた。それに、精神的な愛情も。彼は近づいてきて「でも僕は気にしない」と言った。

怖くなって、目を背けた。彼が怖くなったのではない。自分が怖くなったのだ。自分がしようとしていること、ここまで自分を変えたこと、そして、その目的。それが怖くなった。

健康的ではないのは知っている。正直に言えば、「健康的」という概念から最もかけ離れたことだと思う。あたしは打ちひしがれていたし、それは彼も同じだった。ふたりとも、落ち込むなら、ふたり一緒に落ち込んでいたいと思っていた。それはそんなに悪いことなの? 幸せになるために、できる手立てが何であれ、それを一緒に行おうと思うのは、そんなに悪いことなの? 愛する人を失った喪失の痛みを慰めあいたいと思うのは悪いこと? あたしは、それは悪いことではないと、あたしたちは完全に間違っていないと、無理にでも思い込もうとした。でも、心の奥では、理性的に分別を働かせた。彼も同じだった。

「彼女に会いたいの」と呟いた。「ほんとに、ほんとに彼女に会いたい」

「僕もだよ」と彼が囁いた。彼はあたしの近くにいて、彼の温かい呼気が頬に伝わった。

「これは間違ってること?」 とあたしは顔を上げ、彼の瞳を見つめた。彼の目が潤んでいるのが見えた。あたし自身の目に涙が溢れてきているのと同じように。

「僕は気にしない」と彼は繰り返した。彼の気持ちは分かっている。もう、ふたりとも、気にしていない。彼は手を差し出し、あたしの顔を撫でた。「本当に君は彼女にそっくりだ」

「分かってる」とあたしは答えた。この点が重要なところだった。あたしはずっと前から姉に似ていた。実際、双子なのだから当然。でも、あたしは、姉が死んだ後、さらに姉に似るように努めた。悲しみに打ちひしがれ、頭がはっきりしてる時はまれだったけれど、そんな希な時に冷静に思えば、自分は狂ってると分かっていた。整形手術を受けたり、姉の服を着たり、名前を変えたり。狂ってると分かってても、やめることができなかった。自分は本当に姉にそっくりになりたいのか、自分でも分かっていなかったと思う。ただ、鏡を見るたび、死んだ姉があたしを見てるように思えた。そして、一瞬にせよ、姉が亡くなったことを忘れられた。一瞬にせよ、自分は独りではないと思えた。

そして彼は、変身したあたしを見て、ためらうことすらしなかった。彼は、死んだ恋人と、目の前に立つ、彼女のコピーの区別をしなかった。彼はあたしを……姉を……とてもとても情熱的に愛してくれた。姉の死は穴を残したけれど、あたしはその穴に完璧に嵌った。

自分が狂っているのは知っている。でも、あたしは彼と同じく、それを気にしない。今後も一切。


[2018/04/19] 本家掲載済み作品 | トラックバック(-) | CM(0)