 66_Warnings and consequences 「警告と結果」 ご主人様が、禿げあがった見知らぬ男の隣に座り、あたしに呼びかけた。「奴隷よ、お前がいかに特別か、ここにいる私の友人に見せてあげなさい」 あたしは、ためらうことが許されないことを知っている。すでに何度も、そういうことをするとどんな結果になるか、身に染みて理解していた。あの辛さを再び味わうつもりはない。あたしは命令に従い、小さなエプロンの裾をめくりあげ、あたしが所有していた男らしさの最後のひとかけらを、ふたりの男性に見せた。 「素晴らしい」と禿げ頭の男性が言った。「どうしたら、これほど小さくできるのか」 ご主人様は声を立てて笑い、カウチに背中を預けた。「信じてもらえるか分からないが、そもそも最初から大して大きくなかったのだよ。その後の仕事は、ホルモンがしてくれたようなものだ」 禿げ頭の男も声をたてて笑った。「彼にとってはこうなった方が良かったのじゃないかな。みっともないのを脚の間にぶら下げていては、男のふりをして生きていくのも大変だったろう」 ご主人様は頷いた。「彼はいまだ抵抗してるところがあってね。諦めさせるのに、ほぼ1年もかかってっしまった」 「で、彼はいったい誰なのかね?」 「そうそう、そこが一番良いところなんだ。ジョージ・ケンドリックスという名前を知ってるかな?」 「検事の?」 ご主人様は再び頷いた。「ああ。そして、ここにいるのは彼の息子なのだよ」 「本当かね。これはすごい。ジョージはどうなった?」 「中東の石油王のもとに売り飛ばしたよ。最後に訊いた話では、ジョージは去勢され、奴隷になったらしい。彼の妻と娘は石油王のハーレムに入っている。もうひとりの息子はメキシコの売春宿で体を売っている。大変、人気があると聞いている。だが、こいつは……こいつは、私のためにとっておいたのさ」 「あなたを怒らせてはいけないな」 「ジョージの一家に何が起きたか。それを忘れない限り、誰も、そんなことはしないだろう。そこが重要な点なのだよ」
 66_Waking up to a new life 「目覚めたら」 マイクは、馴染みのないベッドから転げるようにして這い出た。まるで大型トラックにはねられたような感じだった。身体中が痛い。口の中が乾いている。頭がズキズキしていた。 「昨日の夜、何があったんだろう?」 そう呟き、立ち上がり、痛む筋肉を揉みながら背伸びをした。その時になって、自分が素裸でいることに気づいた。ピンク色の部屋を見回し、ため息をついた。「ちくしょう」 「ちくしょう」 ドアの方から声が聞こえた。マイクは目を上げ、親友のポールがいるのを見た。たどたどしい足取りで部屋に入ってくる。マイクと同じく、ポールも全裸だった。しかも、彼も体毛がなく、ブロンドの髪の長いかつらをかぶっていた。彼は1年近く、ひげを伸ばし続けていたのだが、それがすっかりなくなっている。 「お前、どうしたんだ?」 とマイクはかすれ声で訊いた。「お前のひげは……」 ポールは素早く顎に手を当てた。そこはすっかりつるつるになっていた。「ちくしょう」と彼は繰り返した。「何があったんだ?」 「覚えていないんだ」とマイクは答えた。「俺たち、トミーと一緒にあのクラブに行ったよな……その後……えーっと……」 「酔っぱらって、トミーの家に戻ったんだ。みんな飲んでて……それから……その後は全然覚えてない」 マイクは自分の体に目を落とした。やはり、つるつるの肌になっている。それからポールに目を戻した。「お前の顔……」 「ひげがなくなってるのは知ってるよ」 「いや、それじゃなくって……。お前の眉毛。それにお前、化粧しているのか?」 ポールはまたも自分の顔に手をやった。その手に明るいピンク色の紅がついているのをマイクは見逃せなかった。「ちくしょう!」 とポールは背中を向けた。「くそっ! ちくしょう! いったい何なんだ! ほんとに!」 「落ち着け」とマイクはポールの肩をつかんだ。「ともかく、落ち着くんだ。絶対、何か説明があるはずだ」 その時、人工的な声が部屋に響いた。「お前たちふたりは、今は、私の性奴隷だということ。それが説明」マイクは素早く声の出所に目をやり、部屋の隅に小さなスピーカーがあるのに気付いた。「それだと、説明が足りないというなら、もっと長い説明をしてあげてもよいだろう。昨夜、お前たちふたりは意識を失うほど泥酔し、みんなでちょっと楽しんだわけだ。私はこの何週間か、新しいプロジェクトの対象を探してきたのだよ。そして、お前たちふたりは、ほぼ完ぺきな候補者だったということだ」 「こ、候補者……いったい、何の話しだ?」 とポールは言葉を詰まらせた。 「分かってると思うが。今は分からないにしても、すぐに分かるだろう。これは言っておくが、逃げようなどしないことだな。逃げようとしても体力を無駄に使うことにしかならない。私は、こういうことをすでに何度もしてきている。逃げようとしても成功した者はいないのだよ。ともあれ、逃げられないとあきらめることだ。叫びたかったら叫んでもいいし、悪態をつきたいなら、どうぞ自由に。ドアや窓を叩いたり、引っかいたりも自由。だが逃れることはできない。お前たちは囚われているのだよ。それを早く理解することだな。諦めるのが早ければ早いほど、早くお前たちの調教に取り掛かることができる」
 66_Utopia 「ユートピア」 「おい、マーカスなのか? お前なのか? 何が起きた? あいつら、お前に何をしたんだ?」 「今はマルシアよ。あたしには『ノー』の返事は許されなかったから」 「お、お前、(FC2の規約で単語で表現できないけど)『合意に基づかない強制的な性行為』でもしたのか?」 「いや。そんなことは、マジでやっていないよ。あたしは女の子をデートに誘ったんだけど、彼女はソノ気はなかった。その後、もう一度、誘ったら、彼女はボタンを押したわけ。そうしたら、気づいたら、あたしは不適切な性的行動の罪で訴えられていたということ」 「なんてこった。それで、どんな判決だったんだ?」 「懲役7年。でも、割と楽にこなせたわ。少なくとも、あたしのアレは残してくれた。アレって……分かるでしょ?」 「なんてこったよ。同情するぜ」 「正直、そんなにひどいことでもないわ。室内では服を着るのを一切許されなかったのはちょっとムカついたし、仕事を失ったのも痛手だし、このおっぱいも気になって仕方ないけど、でも、あたしは法を犯したわけだし、こうなるのも仕方ないかなって思ってる」 「お前、女をデートに誘っただけだろ? なんの違反にもなってねえじゃねえか!」 「その子、はっきり断っていたけど、あたし、しつこく誘いかけたのよ。女の子の方から誘いに乗ってくるのを待つべきだったの。その方がずっと安全だった。だからと言って、いま、あの手のことについて気を揉まずに済んでるってわけじゃないけど。少なくとも、しばらくは続くだろうけど」 「ど、どういうことだ?」 「女性があたしを見て、その気になったら、自由にあたしを犯しても合法的なの。あたしには抵抗できない。女性がストラップオンをつけてるのを見たら、あたしは、お尻を突き出して、受け入れなくちゃいけないの」 「で、でも……それって……合法的だわけねえだろ!」 「合法的なの。さっきも言ったけど、あたしはそうされて当然だから。もし、アレを切除する方を選んでいたら、こういうことは避けられたかもしれない。バギナをつける方を選んでいたら、服を着るのを許されたかもしれない。普通の人となれたかもしれない」 「そんなの狂ってるだろ!」 「いや、理にかなってるわ。おちんちんがなくなったら、それはあたしがもはや男ではないということになるもの。男性ホルモンが体を駆け巡ることがなければ、もっと賢い選択をしていたと思うの。誰でもそう。そこが重要なのよ、マイク。それが理由で、最近、本物の男性が世の中でまれになってきてるの。もう20年くらいしたら、あたしたちみんな女になるでしょうね。そして世の中はその分、良くなっていると」 「で、でも……なんて言うか……それって……」 「ユートピアでしょ。分かってる。このバカな代物を取っておくことを選んだけど、それ、本気で考え直してるところ。もう、コレって何の役にも立っていないもの」 「だけど……」 「もう出て行った方がいいわよ。女王様がくるから。あたしを信じて。女王様が、あたしが普通の人間のように振る舞おうとしてるのを見たら、あなた、この場にいたいと思わないはずよ」
 66_The truth 「真実」 「ヤバいっ」 ジェシーは門が開くのを見て、髪の毛を指で掻きながら言った。どこにも逃げるところがない。隠れるところもない。「マジで、ヤバい!」 そして彼の父親が姿を現した。「ジェシー? 庭にいるのか? お前に買って来たよ。……え……何だ? これは……」 初老の男性の驚きは、理解できるものだった。庭に踏み入れた途端、18歳になる息子がビキニ姿でいるのを見るなど、心の準備ができてることではありえない。だが、彼の心の準備があろうがなかろうが、ふたりにとって、この状況は何とかして対処しなければならないことだった。 「お、お父さん。お父さんが思ってることじゃないんだよ」とジェシーは言い訳を探しつつ、何とか落ち着いたフリを続けようと必死だった。「ボクは……これは……ああ、どうして、今日はこんなに早く帰って来たの?」 「お前と一緒の時間が欲しくて、今日は早退してきたんだ」と彼の父は言った。声は普通だった。彼は、ほとんど瞬時に平常心を取り戻していた。「私に説明することがあるんじゃないかな、と思うんだが。お前はトランスジェンダーなのか? それとも、これはただの遊びなのか? 何が起きてるんだ?」 「くそっ!」とジェシーは言い、後ろを向いた。いつの日かバレるだろうとは思っていた。でも、いつかこうなるだろうと思うのと、実際にそうなったときにどう対処するかは、まったく異なることだった。「すごく複雑なことなんだ」 「何が起きてるのか、お父さんに話してくれるだけでいい」と彼の父はジェシーの肩に手をあてた。「理解したいと思っているんだ」 「ああ、どこから話したらいいんだろう?」 ジェシーは目に涙が溢れるのを感じた。「最初、ボクはこんなことをしたいとは思っていなかったんだよ。本当に。ボクが考えたことじゃなかったんだ。カルメンなんだ。彼女が、面白いんじゃないかと言って……つまり、ボクが時々彼女の服を着たら面白いんじゃないかと言って……。実際、楽しかった。それも本当だよ。でも、そんなところをトミーに見られて、すべてが変わってしまったんだ」 「トミーだって? 隣のトミーか?」 ジェシーは頷いた。「トミーはボクを脅かし始めた。言うことを聞かなかったら、みんなにバラすぞって脅かしたんだ。そしてトミーは……トミーはボクに……女の子がするようなことをさせたんだ。彼を相手に。ボクは言うことを聞かないわけにはいかなかったんだよ、お父さん。みんなに知られたくなかったんだ」 ジェシーの父親は、息子を慰めようと、彼の細い肩を両腕で抱いた。でも、その時、ふとあることに思い当たった。「でも、トミーがここを離れてから1年以上になるじゃないか。彼はずっとワシントンにいるはず」 「そ、そうなんだ。さっきも言ったけど、複雑なんだよ。ボクはトミーに使われているうちに、どこかで……正確にはいつだったか分からないけど、でも……ボクはそれが好きになってしまったんだよ。女の子のように扱われるのが好きになってしまって……」 それを認めた瞬間、ジェシーは肩に背負った重荷が急に軽くなるのを感じた。この真実をあまりに長い間隠し続けていた彼は、告白した瞬間、わっと泣き出したい気持ちになっていた。父親に抱かれながら、彼は思い切り泣き始めた。 「それは構わないんだよ。大丈夫」と彼の父はつぶやいた。「すべてうまくいくから。安心するんだ」
 66_Soulmate 「魂の友」 「こんなこと、もう2度と起きないわよね、いい?」とアレックスは腰に手を当て、言った。「こんな2度とあり得ない」 ディーンはトランクスを履きながら言った。「どうして?」 「どうしてって……ありえないからよ。分かった? あたし自身は、こんなのしたい気持ちはないの。この手のゴタゴタ、扱いきれないわ。それに、このこと、誰にも言っちゃだめだからね。分かった? 分かってるだろうけど、もし、うちの親がこれを知ったら……」 「キミがトランスジェンダーだということ? それとも、キミがこっちに引っ越してからずっと女の子として暮らしていること?」 「父親に殺されちゃうわ。うちの父ならしかねないのは知ってるでしょ?」 ディーンは頷いた。「うん、分かる。でも、だからって、もう俺と会わないってことにはならないだろ? ふたりとも楽しんだと思うんだけど」 アレックスはため息をついた。「楽しんだ」という言葉は、言い足りない。単なるセックスではなかった。それ以上だったし、それは、ふたりとも実感していた。ディーンはアレックスを受け入れてくれた。完全に、しかも、なんらためらいなく、受け入れてくれたのだ。アレックスのような人に対して取る態度としては、これはとてもまれなことだ。そんなふたりがひとつになれないとしたら、それはあまりに残念すぎることだった。ふたりの間では、ちょっとだけじゃれあうことしかありえなかった。 「どういうこと?」とアレックスはディーンに問いただした。「あたしに、あなたの彼女になってほしいということ? 一晩、一緒に寝たら、ふたりはカップルになったとなるわけ?」 ディーンは肩をすくめた。「それのどこがダメ? 俺たち、互いに知らないわけじゃないだろ? 俺は君が好きだし、君も俺が好き。何か問題でもあるのか?」 「問題は、あなたが何も考えてないことよ。みんなに何て言うつもり? あなたの彼女には何て言うの? それに、何を言っても、誰かに本当のことがバレてしまうのは時間の問題。最後には、みんなにバレてしまうの。そして、あたしの両親にも、兄にもバレてしまう。地元のみんなにバレてしまう。でも、あたしは、そうなる心の準備はできていないわ。それはあなたも知ってるでしょう?」 「だから、どうしろって? 君のことを忘れろって? ふたりの間に何もなかったフリをしろって?」 「分からないわ、ディーン。こんなの、あたしには、初めてのことだし。何と言うか、あなたが地元でのあたしのことを知らなかったら……あたしたちが友達じゃなかったら……その方が……」 「俺はそんなの認めないよ」とディーンは言った。 「どういうこと? もう、こんなことはしないって言ったはずよ」 「でも、本当は、君も俺と付き合っていきたいと思っているだよね。俺には分かる。それに、いいか? 俺は、他の連中のことなんか気にしてなんかいないんだよ。俺が気になるのは君だけなんだ。俺は、これまでずっと、君のような女の子を探して生きてきたんだから」 「おちんちんがある女の子を? ふーん、あんたって、その手の人なの?」 「違うよ。ほんとに、違うったら。分かってないなあ。俺は、自分が耐えられるって程度の女の子ではダメなんだ。それよりずっと多くを求めているんだ。たとえば、ベッキー。彼女は良い子だよ。可愛いし、気も合う。でも、君は……君は俺の親友なんだ。君はセクシーだし、すごく綺麗だし。ああ、もっと気の利いた言葉を使えたらいいのに。うまく説明できたらいいのに。でも、俺は君を愛しているんだ。本当に。他の人の反応なんてバカげたことのせいで、君と一緒になるかどうかが決められるなんて、絶対、認めないつもりだよ」 「あなたが何を求めてるのか分からないわ。どんなことに首を突っ込んでるのか、自分でも分かっていないんじゃない?」 「そんなの気にしないね」とディーンはアレックスに近寄り、抱きしめた。「君がそばにいてくれるなら、どんなことでも、そんなに悪いことにはならないよ」
 66_On the edge 「崖っぷち」 寝室の中、あたしは立ち上がった。心臓が激しく高鳴っていた。胸の中、不安が募り始め、今にもパニック発作になりそうに感じる。玉のような汗が額に噴きだしている。目を閉じ、一度、大きく深呼吸をした。 「あなたならできる。これはしなくてはいけないこと」と、囁き声で自分に言い聞かせた。 でも、あたしは動けなかった。恐怖で体が凍りついていた。ここまでやってきた自分。だけど、最後の一歩が踏み出せない。踏み出したいのに。本当に。だけど、脚が震え、心が命ずる命令に従うことができない。 一瞬、引き返そうかと思った。あたしの男性服がすべて揃っているクローゼットに戻ろうかと。確かに、ほぼ2年間、ホルモンを摂取し続けてきたことで、明らかに体の変化はある。だけど、それでも、いまウイッグを外したら、男性として生きていくという意思を表明できるかもしれない。みんなも、男性の姿を見るものだと思っているし、それを望んでいるのだから、あたしが男性の姿で出て行ったら、みんなも受け入れてくれるだろう。 そう思っていたら、急に胸の奥からとてつもない悲しみが噴火のように噴出してきた。体のすべてが焼き尽くされそうなほどの悲しみ。引き返すことなどできない。ゴールにこれほど近づいている今となれば、なおさら引き返せない。これからの人生を男性として生きる。それは恐ろしすぎる展望だった。自分には決して耐えきれないと分かっている。そうなってしまったら、自分は死んでしまうだろう。 何年か前、あたしは実際に死にそうになった。10代の時、あたしは、うまく言葉にはできないものの、自分は他とは異なるということを自覚した。確かに、ドレスを着たり、パンティを履いたり、他の可愛い衣類を身に着けることを想像すると、胸が高鳴りワクワクした気持ちになった。でも、自分が何者かというアイデンティティの感覚は、衣類などよりずっと重要なことだし、子供の頃お人形で遊びたいと思うことよりずっと重要なことだし、「女の子になりたい」と思うことより、ずっとずっと重要なことだった。 自分は何者か? それは真の説明をすることがなかなかできない。自分の体の生物的な性別と他人が自分を見る見方が、自分が自分自身について感じていることと一致しないのを知り、きちんと述べることができない、どこか間違っているという感覚がある以上、自分は何者かを説明することは難しい。単なる性的嗜好ではないし、あたしのような子を持って心配する非常に多くの親たちが子供に語るような、発達上のいち段階、フェイズでもない。実際、あたしが隠れて母のドレスを着てみたのを見つけた母は、あたしにそう言った。フェイズと母は言った。これはフェイズだと。 でも、フェイズというのは、やがて消え去るもの。だけど、自分は間違った肉体を持ってしまっているというあたしの確信は、消え去らなかった。それに、その確信はあたしに重くのしかかった。あたしは、あまりに場違いな感じを抱いた。ふたつの世界、ふたつのアイデンティティに挟まれ身動きが取れない状態。自分が望むことは分かっている。でも、それは否定されている。あたしはどうしてそんなことを望むのだろう、どうしてあたしはそんな姿になりたいと思うのだろうと、自分を恥じた。そして居場所が違うと言われてきた多くの人々と同じように、あたしも、自分の悩みを自分の手で終わらせようとした。 自殺。それはとても不思議なこと。一方では、自殺は信じられないほど恐ろしいこと。死んだ後、どうなるのかが分からない。無限に広がる暗黒の世界、何ら存在物がない世界のフェイズ。死後の世界。これは恐ろしい。でも、もう一方では、嘘をつきつつ自分の人生を、これ以上、さらにもう1分でも生き続ける。これは、あたしにとっては、もっと恐ろしいこと。 よく言われることに、ある人が自殺をしたいと思ったら、その人は、目的を達成したも同然という発言がある。自殺を試みることは、自分に注目してと叫んでるにすぎないのだと思っている人が多い。体験者だから言えるけれど、それは正しくない。あたしは自殺を試みた。そして失敗した。けれど、その後も自殺を試みた。失敗を繰り返すと、より醜い形で影響が出てくるものだと思う。 突然の閃きのことを言う人の話しをよく聞く。すべてのことが一瞬に分かったと思う「ユリイカ!」の瞬間。たいていの人はそんな話を無視するけれど、あたしも、同じくそれを無視していた。でも、自分は自殺する必要なんてないんだと分かったのは、最後に自殺しようとした後、胃腸洗浄を受けながら病院のベッドで横たわっていた時だった。自殺のほかにも道がある。大変そうなのは分かる。それに友人も家族も失うことになるのは確か。でも、落ち込みと自己卑下のジャングルから抜け出し、幸せへと至るためには、それしか道がないと言えた。 その翌日、あたしは、あるセラピストに会い、その人の導きで、あたしは、自分自身のアイデンティティを実現する道を歩み始めた。 いま、あたしは寝室にいる、あたしのゲストであり、あたしの唯一の友である人が、今か今かと待ちながら叫んでる声が聞こえる。それを聞き、このままクローゼットに引き下がることなどできないと思う。「男性用」の服を着るなどできない。これからも影の世界に隠れ続けるなど、やってはならない、と思う。 ドアノブを回し、ドアを開け、前に進んだ。素っ裸で。隠れることなどできない。これが本当のあたし。あたしのこれまでの現実の人生、何も隠すことなどない。気が狂ってるし、変態じみている。それは分かっている。でも、それはあたしにとって、どうしてもしなくてはならなかったこと。 「ねえ、聞いて!」 部屋の入口に立ち、あたしは言った。「みんなに話したいことがあるの……」
 66_New guy 「新入り」 「で、あんたが新入り? 連中、誰かを降ろすのを見た気がするけど」 「し、新入り? 一体どうなってるんだ。ここはどこ? 君は誰?」 「あんた、何したの? 殺人? これはFC2の利用規約に反するから言葉にできないけど、説明すると、いわゆる『意に反した強制的な性行為』? それとも誘拐?」 「ぼ、ボクは何もしてないよ。ボクは……」 「あら、そう。どうでもいいわ。訊いたこと、忘れて。ここにいるみんなは、全員、無実。そうよね。あたしも同じ。連中はあたしを人殺しだというけど、絶対に違うと。全部、誤解だと」 「ご、誤解? 人殺し?」 「あんた、マジで、気を引き締めていたほうがいいわよ。さもないと、ここにいる連中は、あんたに生きたまま食い尽くそうとするから。最後は、誰かのセックス奴隷にされるから。手製のディルドで犯されてる人、見なかった? あたしは見たことがあるわ。とても、お上品な光景とは言えなかったわね」 「ボクは……何が起きてるのかさっぱり分からない……」 「本気で言ってるの? あんた、記憶喪失? それは例の条件付けの副作用よ。ちょっとお願いを聞いてくれる? あたしをぶん殴ることを想像してみて。ちょっとだけでいいから」 「ああああっ! やめてくれ! ああ、やめてくれよ、痛いよ!」 「やっぱり。あんたね、この大犯罪者矯正実験に加えられているわけよ。あんた、判決を軽めにしてもらう代わりに、これに加わることに同意したんじゃない? ここにいるみんなは、全員同じ。どうなるか知らずに、同意してしまった連中ばかり」 「ど、どういうこと……?」 「あんた、質問が多すぎ。要点だけ言うと、こういうこと。とある高位にあって有力な政治家が考えたわけ。あたしたちみたいな者を犯罪者から、この社会の生産的な成員、っていうか従順な成員に変えられるとね。それを受けて、資金確保しか考えていないバカな科学者たちが名乗り出て、「はい、捕まえましたよ」と。その結果が、このありさま」 「で、でも、これって何?」 「監獄だよ、お馬鹿さん。リハビリ施設。男性ホルモンが多すぎると、暴力に訴える確率が高い。だから、その要因を取り除こうってわけ。あんたも、もう、ほとんど女にでしょ。おっぱいも膨らんでるし、お尻も丸くなってるし、他の全部も一緒に変わっちゃってるでしょ。あたしみたいにね。その後、連中は条件付けを始めるの。暴力をふるうことを考えただけで、現実に身体的な苦痛を感じるようにされるわけ。それを回避する方法はあるわ。むしろ、その苦痛を楽しむ気持ち悪い仕事もあるわよ。その仕事に就くと、結局、あんたは性奴隷になるけれどね。ああいう連中には近づかない方が良いわよ。ともかく、肝心な点は、あんたは、すでに完全に従順で女性化された囚人だということ」 「でも、ボクは何も悪いことはしてないんだよ。ここから脱出しなくちゃ! こんなの……こんなの……ダメだよ!」 「ハイハイ。その言葉、前にも訊いたわ。ともあれ、あたしにくっついていること。そうすれば、あんたも、ここを生き延びることができるから」
 66_Not alone 「独りではない」 自分は可愛いと思う。綺麗だとすら思ってる。何度も、そういわれてきて、その認識は、今はあたしの自意識の一部になっている。でも、嘲られたことを覚えている。イジメを受けたことも忘れられない。あたしを「普通の」男の子にするために、いろんなことをされたことを完全に忘れ去ることなど、これからも、決してできない。 あたしは、いま、バブル状態で生きている。あたしの生まれつきの性別を気にしない人々に囲まれ、受け入れられて暮らしている状態。みんな、あたしを認めてくれている。支援してくれている。この生き方をしなければなったかもしれないあたしではなく、今の現実の、あるがままのあたしを愛してくれている人々。でも、あたしは盲目ではない。偏見はちゃんと見えている。性差別を見逃すことができない。あたしのことを女性と見ることを拒み、あたしをカタワの男と見る人が、たくさん、本当にたくさんいることを知っている。 あたしは可哀想だと思う人がいる。そういう人たちは、あたしが何らかの点で困っていると心から思っているのだろう。自分をまっとうな立ち位置に据える支援者を求めている、迷える魂とあたしをみなす人たちなのだろう。あたしを嫌悪する人もいる。そういう人たちは、あたしやあたしみたいな人間はこの社会にとって良くない存在なのだと思っている。彼らにとっては、あたしは、モラルの劣化を表す存在。あたしは怪物。変態。「あんなふうになってはいけないよ」というお話の話題。 あたしは、そういうことに惑わされないようにしようと生きるし、日常生活では、確かに惑わされてない。あたしは、あたしが幸せに生きることを望んでいる世界に、あたしがあたしとして生きることを望んでいる世界に生きている。あたしは、そう思ってるフリをして普段は生きている。これは、楽しい夢。でも、夜になり、陰鬱とした思いを抱きながら独りベッドに入ると、どうしても現実を無視できない。そんなの、無視できたらどんなに良いかと思うのに。それができたら、人生はずっとずっと気楽になるのに。 あたしを横目でにらむ視線を感じる。イヤなモノを見る視線。あたしを噂するヒソヒソ話を耳にする。憎悪に溢れた態度を感じる。そういうことにあたしは落ち込み、泣きながら眠る夜が何回あったか、人に打ち明けている以上に、そんな夜は数多い。時々、周りの人が望むような「普通の」男になれていたらどんなに良かっただろうと思うことがある。その方が生きやすかったと。ずっとずっと、生きていくのが容易かっただろうと。 でも、あたしは普通ではない。普通になりたいとも思っていない。あたしは強いし、あたしは美しいし、あたしの存在は正しいのだ。いかに性差別が盛んになろうとも、あたしの存在を消し去ることはできない。あたしはそれを許さない。 だから、あたしが何か助言をするとすれば、それはこういうこと。自分自身になりなさい。それは難しい道なのは知っている。あたしは、その道を歩いてきた。それに、その道は楽になることはない。もっと険しく、困難な道になっていくだろう。でも、あなたは正しい道を歩いていることを忘れないこと。出てくる障害はすべて間違った抵抗であることを忘れないこと。だから、しつこく続けること。続けることは良いこと。誰にも、自分は居場所がないとか、自分は許されない存在だとか、言わないこと。あなたの居場所はこの世界。あなたは許されて当然の存在。 そして何より、あなたは独りではないことを忘れないこと。
 66_Nerves 「神経質」 「ダナ? ほんとにこの格好で適切と思う?」とケイシーは訊いた。「何と言うか、ちょっとカジュアルすぎるんじゃない?」 「ええ? それでいいんじゃない? いいわよ。とても可愛いわ」 「少なくとも電話から顔を上げて、こっちを見てから言ってよ。真剣なんだから。あの人たちにもう2年近く会ってないの。みんなに良い印象を持ってほしいのよ」 ダナはため息をついて、電話から顔を上げた。「あなたってすごく神経質なんだから。さっきも言ったように、それでいいんじゃない?」 「いいんじゃないって」とケイシーは繰り返した。「スーツを着るべきだと思わない? ネクタイは? そのレストランがハイクラスのレストランだったら、どうするの?」 「ゲイリーがハイクラスのところに行くなんてありえないでしょ? 彼に店の選択を任せたんだから、絶対、大学時代の時と同じで、ビア樽から飲み放題のパーティのはずよ。誓ってもいいわ。ゲイリーにはあたしも会ったことがあるし」 「やっぱり、着替える。少し遅れるかもしれないけど、でも……」 ダナはケイシーの手首を握った。「やめてよ。その格好は素晴らしいわよ。あたしの知ってるゲイリーとかあなたの古い友人たちなら、あなたたちは多分、安いステーキハウスに行って、その後、ストリッパーたちに気前よくおカネを使ってくると思う。荘厳なディナーじゃなくて、独身男の会でしょ? その格好でいいのよ」 「そう言うなら。そもそも、みんな、あたしのことが分かるかすら不安なの。髪型も変わったし、体重もずいぶん落としたから……」 「あなたの親友なんでしょ? あなたは、大学時代、男子寮であの人たちとつるんでずっと暮らしてきた。起きてる間は1分も開けずに一緒に暮らしてたんでしょ? あなたがビール腹でなくなったからって、何なのよ。あなたのお友達、絶対、新しいあなたを大好きになるわ。あたしが約束する」 「多分ね……」 「でも、ひとつだけ言わせて。そのサンダルを履いて出かけるつもりじゃないでしょうね?」 ケイシーは妻を鋭い目つきで睨み付けた。「あたし、そんなダサい人間じゃないわよ。今夜のために買っておいた素敵なハイヒールがあるんだから。今夜はずっと立ちっぱなしになるように思ったから。どんな感じか分かるでしょ?」 ダナは笑い出した。「あなたの靴好きったら、もう。放っておいたら、1日2足は靴を買っちゃう人だもの」 ケイシーは肩をすくめた。「何といえばいいのか。あたしは靴が好きなの。ともかく、ハンドバッグを取ってくれる? 間に合うためには、もう、出発しなくちゃ」
 66_Mr_polular 「人気者」 「ぼ、ボク、こんなの着れないよ。本当に」 「バカ言わないで、ジェシー。着れるに決まってるじゃない。とても綺麗よ。それに、その色……とっても可愛い」 「お願いだよ、マリア。お願いしてるんだよ。こんな服、着せないでほしいんだよ。もっと言わせてもらえれば、行きたくないんだよ。誰もボクが欠席しても、気にしないよ。10回目の同窓会でしょ? たいしたことじゃないよ」 「バカね。みんな、あなたが来ると思ってるわ。あなたの昔の溜り場に行けると、あたし、あなたがワクワクしてるものとばかり思っていたわ。昔の仲間に会って、栄光の日々を思い出せるのよ。トロフィー・ケースにいまだにあなたの写真を飾ってると聞いたわ。当然じゃない! あなたは学校の歴史中、州のトップに勝った、たったひとりの英雄なんだから」 「で、でも……つまり……どうしても出席しなくちゃいけないなら、普段、仕事に着ていく格好でダメ?」 「何言ってんの? あんなみっともないスーツを着ていくって? ダメダメ。一生懸命、そのカラダを作るために頑張ったんでしょ? それを隠しちゃだめよ。それに、あたしも、あなたのことをみんなに見せびらかしたいし」 「でも……」 「マジで言ってるの。あたしが、あのジェシー・ジェームズと一緒になるなんて、誰が信じたと思う? あたしが、あの人気者のジェシーとよ! 当時は、ほんと、あたしは目立たなくて、透明人間みたいだった。それに対して、あなたは、どこに行っても人気者だった。故郷のヒーロー、プロム・パーティでは引っ張りだこ。どのチームに入っても、キャプテン確実」 「そんなのずっと前の話しだよ」 「そんなに前のことじゃないわ。それに、当時、あなたが誰と付き合ってたか、覚えてる? モーリー・キャンベルよ。あのアバズレ女! でも、当時は、みんな彼女を崇拝していた。知ってる? 彼女って3人くらい子供産んで、今は小型トラクターみたいな格好になってるんだって」 「それは知らなかったけど、でも……」 「んもう、本当にそのドレスのこと分かってないの? それって彼女がプロムの女王になったときに着てたドレスなのよ!」 「え、……ああ、何と……お願いだよ、マリア、どうしても……」 「イヤの返事はダメよ。あなたは出席するの、そしてあたしが着てと言った服を着るの。会場に行ったら、女子のロッカールームに行って、お口を使って、あなたがいつもやってることをやるの。そうすれば、みんなも分かるわ。みんな、自分たちが崇拝してた黄金ボーイだったあなたが、あたしの可愛いエロビッチになってると分かるから。どうしてあなたがそんなことをしてるかも、みんな、分かるから」 「ぼ、ボクが君を愛してるからと?」 「違うわよ。バカね。あなたがあたしを憎んでるのは知ってるわ。これを始める前はあたしを憎んでいなくても、今は確実にあたしを憎んでるでしょ? あなたが女子ロッカーでそんな口唇奉仕をするのは、他に道がないからよ。あたしが機嫌を損ねたらどうなるか、分かってるからやるわけ。これから20年くらい監獄で収監者たちのおもちゃとして暮らしていくのがイヤなら、あたしの言うことをすることね。さあ、文句を言うのは止めて、ハンドバッグを持って、出かけましょう。遅刻したくないわ」
 66_Manhunt 「犯人捜査」 「もう、ここの周囲を固め終えたのかな?」 と、あたしはシャワーから出ながら言った。 男は頷いた。「もう逃げられないぞ」 彼は、背中にFBIと刺繍された青いウインドブレーカを着ている。だが、それを見なくても、あたしには彼の身分を知っているし、彼の握る拳銃を見なくても、もしあたしが間違った動きをしたら、彼はあたしを撃つだろうと分かっている。 「マーク、どうやってあたしを見つけたの?」 胸の周りにタオルを巻きながら訊いた。辺りを見回した。ジムのロッカールームが荒らされていた。 「俺はエージェント・トーマスだ」彼は銃を向けたままだった。「お前は母親に電話すべきじゃなかったのだよ」 あたしは頭を振った。「分かってるわ。でも、お母さんは死にかかっていたのよ。最後に、一度だけでも話しをしたかったの。今でも、電話した価値があったのか分からないけど。母はあたしの声を聞いても、誰だか分かっていなかったようだし」 「それは俺にも分かる。俺とお前は10年も相棒だったのに、俺はお前がほとんど分からなかった。大した変装だったぜ」 あたしは肩をすくめた。「こんなふうになることも、その価値があったかどうか分からないわね」と、あたしは自分の体を指さした。あたしは、自分がこの元同僚よりずっと賢いとうぬぼれ、決して自分は見つからないだろうと踏んでいた。男であることをやめることは、監獄に入れられないためなら、容易く決断できることだった。 「それで、お前はおとなしく捕まるつもりか? それとも、エル・パソでの出来事を繰り返すつもりか?」 「エル・パソの時は、あんなにまでするつもりはなかったんだけどね。でも、思ったより、あんたが早く追いついてきたから。もう一日あれば、ずっと前に高跳びできていたんだけど。もう一日あれば、うまく姿を消すだけのカネを集めることができたんだけど」 「俺たちの仲間がふたり死んだんだぞ。ふたりとも家族持ちだった。父親を知らない子供も」 「それについては、あたしは一生、後悔するでしょう」と、あたしはベンチに腰を下ろし、すすり泣きを始めた。目から涙をぬぐいながら、「あんなふうにならなかったらよかったのにと悔やんでるのよ」 「だがお前は我欲を通した。簡単な逃れ路を見つけ、それを選択した。それに、今の自分の姿を見てみろよ」 あたしはまたすすり泣きし、立ち上がった。「あたしを捕まえればいいでしょ」と両手を差し出した。「何を言っても、あんたがあたしについて思うことを変えることはできない。それは分かってるわ。今は、自分がしたことの結果を受け入れるつもり」 「それにしても、ジェイムズ。どうしてなんだ?」とマークは突然言い出した。「なんで、こんなことをしたんだ? たいしたカネも得られないことだったのに」 「どうしてもしたかったから。他に選択の余地がなかったから。母は死にかかっていた。ああいう先進的な治療を受ける経済的余裕はなかったから。だから、チャンスが出てきた時、それに飛びついたのよ。さっきも言ったけど、誰も傷つけるつもりはなかったの。簡単にいくはずだった。ドラッグを受け取って、カーテル一家に売り、そして姿を消す。それだけのはずだった。その後、母は治療を受け、中米で新しく生活をし直すつもりだったの」 「服を着ろよ。俺は、これをするのが仕事だ」 「分かってるわ」
 66_Lucky 「幸運」 「何か変?」 シャワーから出ながらあたしは尋ねた。「どうして、そんなふうにあたしのことをじろじろ見ているの?」 ライアンは苦笑いした。「俺って運のいい男なんだなって思っていたんだ。何て言うか、ちょっと考えてみてほしいんだけど。俺と君が一緒になるために起きた出来事の数々。それを考えてみてほしいんだ。すごく完璧にそろっていないと、俺と君は一緒になれなかったんだよ。ひとつでもピースがずれていたら、俺たちは出会っていなかった。そういう、いろんなことが起きていなかったら、今の俺がどうなっていたか、想像できないんだ」 「ライアン、あたしたち小学校3年の時に出会ったわよね。でも、それって、そんな壮大なパズルじゃないわ。単に、あたしたちの親が同じ学区に住むことにしたってだけじゃないかと思うけど?」 ライアンは頭を振った。「違う。分かっていないよ。俺は、エリックと出会った時のことを言ってるんじゃないんだ。俺もエリックと出会って良かったと思ってるよ。でも、俺が言ってるのは、違うんだ。君と出会った時のことなんだ。本当の君と」 笑顔でいうライアンに、あたしも笑顔になってお返しした。「あの夜、バーでのことを覚えている? あなたは全然あたしだと分からなかった」 「そして、あの夜、君はずっと俺につきまとっていたね。俺に君が誰かについてのヒントを言い続けていたけど、俺は全然分からなかった」 「だって、あなたがどんな反応をするか怖かったから。何と言うか……あたしは普通の女の子と違うから」 「そうだね。俺には君は全然違う。君は、俺が知ってるどんな女の子たちよりもずっといいよ。君は完璧だ」 「本気で言ってるの?」 とあたしは訊いた。驚くべきことじゃなかったかもしれないけれど、あたしは数えきれないほどイヤな経験をしていた。「昔あたしが誰だったかを本当に気にしていないの?」 「いや、それは気にしているよ」 それを聞いてあたしは心臓がドキドキするのを感じた。「だって、今の君がいるのも昔の君があってこそなんだから、当然、気にするよ。今の君は強いし、勇気があるし、とても綺麗だ。俺が君を好きなのは、君が元はどんなだったからじゃないんだよ。今の君のすべて、これまでの君のすべてを含めて、君のことを愛しているんだよ。これまで君が辿ってきた旅路があるから、そして今の君が最終的な目的地にたどり着いているからこそ、君のことを愛しているんだよ。君のすべてを愛しているんだよ」 「あ、あたし、何て言っていいか分からない」 目から涙が溢れていた。「あたしも、あなたを、愛してる」 この3つの言葉は、彼が言ってくれた言葉に比べれば、空虚に響いている感じがした。でも、彼はあたしの言葉不足など、気にしていないようだった。 「さっきも言っただろ。俺は運のいい男だって」
 66_Offensive takeover 「攻撃的な買収」 「え、うっそー。アレ、彼なの? ハリソンさん?」 「今はキャンディ。でも、そうよ。彼よ」 「でも、この前、彼を見たときは彼は……」 「まだスーツを着ていた。彼を見たのは射精禁止時期の頃だったんじゃない? 彼、やめられなかったのは残念よね。でも、いまだに、不適切な発言をしがちなのよ、彼」 「でも、どうして服を着てないの?」 「懲罰。全部、懲罰。最初の問題について知ってるわよね? うちの会社がHHGに買収された直後、彼、インターンにお世辞を言ったのよ。少し体重が減ったかなって。そのせいで彼は管理者からの検察対象になったのよ。その後も彼は次から次へと問題行動を起こして、最終的には射精禁止にされたわけ。そうなったらどうなるかは知ってるわよね? いったん貞操帯をつけられたら、みんなの格好の標的にされるわけ。やり直すきっかけすらないまま、一気に秘書の身分に降格されたのよ」 「でも、ハリソンさんって、この会社のオーナーじゃないの!」 「まあ、一部は所有してるわ。前にも言ったけど、HHGが会社の統治権利を買収したの。いったん秘書になったら、社内を素っ裸というかハイヒールだけを身に着けて歩き回るようにさせられるまで、あっという間よ。でも、その状態って、うちの会社の他の男子とあまり変わらないわよね。本当の変化は、クイーンさんが、彼のケースに特別の関心を持ってから始まったと言えるわ」 「それで、クイーンさんが彼をアレに……あの姿に変えたと?」 「あなたも、もし、うちの会社で働くつもりなら、あれに慣れておくべきね。来週、クイーンさんは、会社全体の方針変更を発表するわ。会社の男性は、女性の上役の真似をするべきだとする方針。男子社員の中には、少なくとも自分の肉体は周りに攻撃的に映ってると認めてる有能な男子社員だけど、彼らはスカートとかを身に着けるのが許されると思う。でも、そうでないと、あそこにいるキャンディみたいにされるんじゃない? すごく楽しみな方針変更になるんじゃないかしら」 「あたし……ああいうのに慣れられるといいんだけど」 「そうしなさい。そうすれば、うちの会社に馴染むと思うわ」
 66_Hooked 「虜になる」 「尻を突き出せ」と彼は言った。「買った商品を見たいからな」 「どうぞ、何なりと」とあたしは求めに応じ、答えた。そしてにっこりと笑って振り返った。「これ、気に入ってくれた?」 彼の好色そうな笑みを見て、彼が気に入ったのが分かる。このような顔は何度も見てきたし、いろんな人の顔で見てきた。彼が完全にあたしの虜になっているのを知るのに充分なほど。男があたしを気に入るということは、その後何が起きるか、それを思ってうんざりするときもあったけれど、今はそれに慣れてしまった。その後のことを楽しみに待つときすら、ある。 男はズボンのチャックを降ろしながらあたしに近づいてきた。そんな時、あたしは頭の中で考える。これが生きていくための唯一の方法なの。特に彼のような人との場合は、そう思うこと、と。彼は中年で太っていて、毛むくじゃらの男だった。彼は、おカネを出さなければ、あたしとのような人と付き合うことなどできない。それがありありと分かる。実際の世の中では、あたしは彼のような男を見向きもしないだろう。でも、逆に言えば、実際の世の中では、彼も、手が届かないと思い、あたしのような人を欲しいとは思わないかもしれない。 特に理由はないけれど、なんとなく、あたしの友達や家族は、あたしがどうやって食っていってるんだろうと不思議に思ってるだろうなあと思った。嫌悪する人がいるだろうなというのは分かっている。あたしがトランスジェンダーだと思って、支援しようとする人もいるかもしれない。さらには、無言のままあたしのことを独善的に判断してて、あたしが背中を見せた途端、罵倒し始める人もいるかもしれない。お客さんのために初めてドレスアップしたときから、そういうことだろうなと思っている。 記憶がある大昔から、あたしは女装を続けてきた。最初は姉の服を盗んで、浴室で着替えたりをしてたけれど、すぐにそれはもっと先のことへと進化した。実家を出るころまでには、女性としての服装にかなり馴染んでいた。 大学に進んだ時、今度は自分の写真を撮って、インターネットに投稿し始めた。もちろん顔はぼやかした写真。そして、かなり進化を遂げた。セクシー・チャット・ガールとして仕事ができるレベルまで。しばらくの間は、順調だった。お客さんの要望で女装のセンスを磨けたし、おカネもいくらか儲けたし。 そして、その頃、初めてのオファーをもらった。すごいおカネだった。全部、前金で。だから、断ることができなかった。それに、そのオファーを受けたからって、何が変わるのと思った。一回限りだし、誰にもバレないし、と。そして、実際、それはとてもうまくいった。 あたしが虜になったのは、その時のセックスではない。少なくとも、それがすべてではない。あたしが虜になったのは、そのお客さんがあたしを崇拝している感じだったこと。そのお客さんの様子を見て、すごくパワーが出てくる感じだった。だから、別の男の人がそういう機会を出してきたら、即座に受けようと思った。そして、それから間もなく、あたしは毎週末「デート」をするようになっていた。 これがいつまでも続くとは思っていない。あたしにも賞味期間がある。 この前のお客さんは、あたしの髪の毛を鷲掴みにして、乱暴にピストンした。だけど、その時でも、あたしはもっとヤッテと叫んでいた。あたしも、あのお客さんと同じく虜になっているのかな。
 66_future 「未来」 あたしは、男らしさの未来。
 66_Forever changed 「永遠に元に戻れない」 ボクはベッドに上がり、シーツに顔を埋め、お尻を高々と持ち上げた。そして、振り返り、にっこり微笑んだ。「いいわ、ヤッテ」 ドレッサーの近くに立っていた妻は、ストラップオンの根元を握り、しごき始めた。長くて黒々とした肉茎はゼリーでテカテカに光っていた。「ほんと、エッチな娘。このおちんちんが欲しいの?」 彼女は興奮した息遣いで、かすれた声を聞き、ボクは背筋がぶるっと震えた。 欲しい。本当に欲しい。今日は一日中、このことばかり考えてきた。朝、ベッドから降りた瞬間から、妻に容赦なく犯されることばかりが頭を占めていた。職場にいる他の男たちと同じふりをするため、朝の身支度をて、ありきたりのスーツを着てる時も、ほとんど、ほとんど、そのことしか考えられなかった。もう、これに憑かれていると言っても、あまりに控えめすぎる言い方となるだろう。 「ちょうだい」と、下唇を噛んで、欲しいモノである対象を見つめた。「あなたの大きなおちんちん、あたしに下さい」 「それとも、本当は、本物が欲しいんじゃない?」と彼女は言った。「本物のおちんちんを持った男の人が欲しいんじゃない? その人にアヌスの中に出してもらいたいんじゃない? お口の中にも? 大きくてお汁たっぷりのおちんちんをしゃぶりたいんじゃない? あなた、淫乱だから、絶対そう思ってるわよね? 正直に言いなさい」 「あたし、本当は、本物のおちんちんが欲しいの」 ボクはプレイの一部だと思い、そう答えた。その数秒後、それが普通のロールプレイの一部では決してなかったと知った。 ほとんど魔法で召喚されたかのように、ジェイムズがドアの向こうから現れた。彼は、裸だった。その格好で廊下で待っていたに違いない。彼はペニスを擦っていた。すごく大きなペニスだった。「俺は、ずっと前からお前ってシシーだと思っていたよ」 ボクは妻から同僚へと視線を向けた。「な、なんで……どうしてここに……ああ……何てこと……」 「もうちょっとスパイスを加味しなくちゃと思っていたのよ。それで、あたしの愛人であるジェームズにあなたのことを言ったのね。そしたら、彼、自分で確かめてみたいって言ったのよ。あ、そうだった。言っておくつもりだったけど、ジェームズとは何ヶ月も前から一緒に寝てるわ。あなたも知っていたと思うけど?」 言いたくないけど、確かに知っていた。彼女がボクにストラップオンを初めて使ったその日から、ボクと妻の力関係は変化していた。ボクが男性的な役割を取る機会は、驚くほどまれになっていた。そして、このジェームズの体。特に巨大な男根を見て、ボクは妻が満足を他の男に求めたのも当然だと思った。それでも、妻に裏切られたという感覚は胸に突き刺さった。 だけど、もっと悪いことは、この状況がボクをとてつもなく興奮させているという事実だった。彼が欲しい。少なくとも、妻のストラップオンを欲しいと思う気持ちと同じく、彼のペニスが欲しいと思った。そして、こんなことを口にするのはとても恥ずかしかったけれど、口から言葉が出てくるのを止めることができなかった。 「あたしにヤッテください」 切なそうに唇を噛んで見せる。「お願い、あたしを犯して。エッチなあたしの体を使ってください」
 66_For my brother 「弟のために」 「その調子だ」と彼は言い、あたしの中に入れてきた。「リラックスするんだ。これがお前の人生な」 あたしは苦痛に弱々しい泣き声を上げた。彼のペニスを受け入れる激しい苦痛に備えるなど、どんなことをしても無理だっただろう。体がふたつに引き裂かれるような気がした。だけど、あたしは受け入れた。そうしなければならなかったから。自分で決めたことだし、引き下がることなどありえない。 こんなにまでなるはずじゃなかったと思う。大学を卒業して、自分の未来の人生に向けて備えているはずだった。でも、そうはならなかった。弟がその原因。 でも、あたしは自分の決断を後悔はしていない。弟かあたしかのどっちかだったから。弟は、誰も1セントでも借りたりしたくないと思うような人から多大の借金をするという間違いを犯した。そして彼らが返済を求めてきた時、あたしは弟の身代わりになったのだった。あたしは、弟のためにと、喜んで自分を犠牲にすることにした。それが兄のすべきことだと思ったから。 でも、その先に何が待っているかを知っていたら、あんなに自ら進んで犠牲になっただろうかと、思わざるを得ない。あたしは、殴られて、脚の骨を折られることくらいかと思っていた。彼らが借金返済をするようあたしを働かせるとは、思っていなかった。さらに、その無償の強制労働として何をさせられるか、想像すらできていなかった。 彼にアヌスを繰り返し貫かれながら、自分に言い聞かせた。あと2年。あと2年したら、自由。借金は完済。もとの生活に戻れる。確かに元の体には戻れない。だけど、自由にはなれる。苦痛も終わる。借金は完済。普通の生活ができる。……
 66_Fate 「運命」 頭の軽いヤリマンになるしかない運命の男の子たちもいるの。
 66_Dream or nightmare 「夢か悪夢か」 「おい、お前、何くそ着てんだよ?」 「何のこと? この服、超人気じゃないの」 「な、何だって。俺は……俺は……おいお前、くそ、いったいどうしちまったんだよ、くそ? お前、ドレス着てんだぜ? お前、くそオカマか何かになっちまったのかよ?」 「何よ、そんなわけないでしょ! どうしてそんなこと言うのよ?」 「お前がくそドレス着てるからじゃねえか! それにお前、『この服、超人気』とかって言ったか? なんだよ、くそ!」 「お願いだから、罵り言葉をそんなにたくさん使わないでくれる? それに、知らないなら教えてあげるけど、このドレスは本当に超人気なの。あんた、そんな古臭いジーンズなんかを履いてるからヤキモチ焼いてるんじゃない? つか、あんたが、あたしにまともに接するようになったら、あたしのクローゼットの中から好きなモノを取ってっても文句言わないかも。うちのクローゼットには、素敵なスカートがあるの。アレ、あんたが履いたら絶対、すごくファビュラスに見えると思うんだけど」 「スカートだって? おい、お前、正気か? いったいどうなってるんだよ、くそ」 「あら、また、その言葉を言った。あんた、まるであたしのお兄ちゃんそっくりね。いっつも、あたしに、あたしが女の子みたいな恰好をしてるって思ってる。まるで、ドレスが女専用みたいな言い方。ええ、確かに、このドレスを『フォエバー21』で買ったわよ。パンティは『ビクトリアズ・シークレット』で。でもだからと言って、これが女の子しか着れない服ってことにはならないでしょ」 「お、おい、お前、パンティを履いてんのか?」 「もちろん! このドレスにトランクスはありえないでしょ? でも、あらヤダ、そろそろお買い物に行かなくちゃいけないわよ! あなたの下着関係が今すごく安いの……」 「お、俺、何がくそ起きてるのかくそ分かんねえよ。なのにお前は全然……こんなの、くそ分かんねえ……つか、俺はただ……まあ、しょうがねえからついていく他ねえか」 「何でもいいけど、自分に素直になれば? どっちにせよ、あたしは出かけるわ。で、できれば、ちゃんとストラップ・オンの使い方が分かる女の子を見つけるつもり。あたしが言ってる意味、あんたが分かるか分からないけど」 「お、俺は何を言っていいのか分からないよ。マジで分からん。俺は家に帰ってベッドにもぐりこむよ。こんなのただの悪い夢だったと思って。目が覚めたら、お前はいつもの俺のダチに戻ってるって思いながらな。ああ、そうだよ。これは、そういうことなんだ。これは全部、夢の中の話しなんだ」 「はっきり言うけど、これは夢では決してないわよ。これが夢なら、もっとキラキラ楽しいことがあるはずじゃないの?」
 66_Deserved 「当然のこと」 あなたは、あなたのあるがままの存在のまま人から愛される資格がある。これは単純な言葉だけど、この世界では、これほどの真理はありえない。今日、この言葉を忘れないだけではダメ。いつも忘れずにいてほしい。性差別やヘイトがあなたを睨み付け気落ちさせるこんな悪意に直面した時、あなたは愛される価値があることを思い出すこと。それを忘れないこと。そして、人があなたを傷つけることがあるかもしれないけれど、その痛みはいつまでも消えないわけではないことを忘れないこと。間違いなく、あなたは、あなたが憎悪よりもっと良いことを得る価値がある存在であることを知っているのだから。 あなたは受け入れてもらう価値がある存在。あなたは間違っていない。間違っているのは彼ら・彼女らの方。それを忘れないこと。そうすれば、時にあれほど残酷になりえるこの世界でも、あなたは幸福を見つけることができるかもしれない。 バレンタインズ・デイ、おめでとう。
 66_Defiant 「反抗的」 「彼、ちょっと憮然としてるようだけど。抵抗してるの?」 「いえ、いえ、そんなことは。彼はただ状況に適合するのに苦労してるだけですよ」 「どんな苦労? 反逆したとか? 当局に連絡する必要があるかしら?」 「いえ。全然、そんなことではありません。少し気落ちしてるだけでしょう。ご存知の通り、彼にとっては大きな変化ですから。あれだけ力があったのに、今は、この姿ですから。多少、気落ちしても驚くほどのことではありませんよ」 「でも、気になるわねえ。気落ちすると不服従の状態になりえるの。そして、不服従はずっともっと大きな問題につながる可能性があるの。ちゃんと彼をコントロールできてるの?」 「私ども、ちゃんと法律を順守しております。彼は完璧な男性のまさに見本となっております」 「態度に問題を抱えた完璧な男性。そういう存在は私たちは許さない……」 「是非とも思い出していただきたいのですが、あの法律が可決された時、ある一定の状況は特例とされるとなったはずでございます。パワーを持っていた男性を従順にするのには困難が伴うという理由から、私どもにはある程度の自由裁量が認められております。彼は、『メン・ファースト』運動のリーダーなのです。彼がそういう自由裁量の資格があるのは確実ではないかと」 「誰も彼が資格がないとは言っていません。ただ、懸念があると言ってるのです」 「どうか、ご心配なさらぬように。彼がどれだけ変わったかご覧ください。体はご覧の通り。もう何ヶ月も、服を着ずに過ごしています。完全に従順と言える態度です。それに比べたら、態度の点での小さな問題など、取るに足らないことですよ」 「取るに足らないことが、大きなインパクトを持つことがあるけど?」 「存じております。でも、その点でも彼は進化しておりますよ。じきに、彼は他の男たちと同様、充分に適応しハピーに生きるようになりますって。ちょっと時間がかかってるという、それだけですよ」 「あんた、本当でしょうねぇ。小さな反抗ですら私たちが打ち立てたバランスを覆す可能性があるのです。私たちが作り上げたすべてを崩壊させる可能性もあるんですから」 「私にご講義なさる必要はありません。そのために彼を調教するよう私が選ばれたのですから」 「分かっています。だが……」 「ご視察は以上でよろしいかと。それでは、今日はこれで」 「だが……」 「今日はこれで」
 66_College boys 「男子学生」 「ねえ、ボクたちとうとう大学生になったんだよ、信じられる? とうとう、ここに来れた。これから楽しくなるよね?」 「ああ、そうだよね。気づいていたか分からないけど、最近、ジャネットがうざくて困ってたんだ。ボクの着る服を選ぶとかいろいろ。ボクが自分で服を選べないみたいに、うるさく付きまとってさ」 「分かるよ。マリアも同じだった。でも、今はボクたち自由さ。少なくとも、しばらくは自由。故郷の女の子たちのことは、話題にしないことにしようよ。いいね?」 「女の子と言えば……」 「ああ。あの廊下にいた彼女たちだろ? すごく可愛いかったよね? 間違ってボクたちを女子寮に案内しようとしてた。あれ、ボク、ちょっと嬉しかったんだ」 「ちょっと? 彼女たち、ボクたちにその気まんまんだったんじゃ? これから、ヤリタイ放題できるよ。ボクたちと付き合うために、女の子たち、行列を作るんじゃない?」 「あ、行列を作ると言えば、思い出した。オリエンテーションの時に何が起きたか、話したっけ? あのね、ボクにしつこく言い寄った男がいたんだよ」 「最悪。お前、何したの?」 「それとなく伝えようとしたんだけどね。でも、心の中では、ボクはゲイじゃないよって叫び続けていたようなもの。なのに、あの人、全然、分かってくれなくって」 「最低だよね。それじゃあ、高校時代の再現になっちゃうじゃない?」 「そうよ。ここでは同じことはしないよ。あの男と遊びに出ても、ボクは絶対、何もしないつもり。高校の時のようにはしないつもり」 「フェラもしてやらないの? それじゃあ、あんまりぶっきらぼうすぎない?」 「まあ、フェラくらいならしてあげるかもしれないけど。夕食をおごってくれたらね。少なくとも、それくらいはしてもらわないと。そうでしょ?」 「そのくらいは、ね」 「でも、それ以上はダメ。その男、すごくキュートなんだけど、ダメ。賭けてもいいけど、彼、すごく大きなおちんちんしてると思うの。……だから、もし本当に大きかったら……うーん……その時は、それを味わわないのってバカっぽいと思わない?」 「でも、どれくらい大きいかによるんじゃない? マイク・ジェイムズソンは大きいって話したっけ? カイル・アダムズが大きいって話は? もし、カイルのくらい大きかったら、その場合は……」 「カイル? あれくらい大きかったら、その場で彼を押し倒してエッチしちゃうよ。ボクだって、バカじゃないんだから」 「ちょっと確認しただけよ……」 「ええ、分かってる。大学生活は高校とは違うよね。ボクたちも高校の時とは違うんだから」 「本当にそうよね。全然、違う」
 66_Closing the sale 「売買契約の締結」 あたしは、不安と恐れを感じつつ、ふたりの男の前に立っていた。ひとりは高価そうな縦縞スーツを着た男。この男をあたしは知っている。もうひとりは知らない男。知ってる男と知らない男でどっちがよりひどいかは分からない。でも、どっちにせよ、これから何が起きるかは知っている。 「いいぞ、その調子だ、ナタリー」と、服を脱ぐあたしを見て、知ってる男が言った。脱いだドレスが床に落ちる。「恥ずかしがることはねえぞ。お前は服を着てたら、事実上、仕事にならない人間なんだからな」 「ずいぶん、躾けができてるようだな」と知らない男が言った。 「みっちり仕込んだからな。俺自身が躾けたんだ」とあたしを調教した男が言った。 「それは安心した」 おそらくあたしの新しい所有者になる男が言った。「この女の経歴は?」 「他のと同じだよ。のめり込みすぎた若者さ。最初は一時的なことだろうと思ったのだろう。マゾっぽい嗜好を満たすためだけだと。すぐに元の普通の生活に戻れると思っていたのだろう。だが、俺は、こういう極上の獲物が来たら、絶対、手放さないのさ」 「その理由、分かるぜ」ともうひとりは言い、あたしの乳房を握り、乱暴に揉んだ。「チューン・アップもよくできてるな」 「というわけで、あの価格だ」 「普段は、俺はケチな男なんだが、これは……これは、あんたの言い値を払うだけの価値は充分にある。代金は今夜にもあんたの口座に振り込んでおくよ」 あたしの持ち主は笑顔になり、買い手に握手を求めた。買い手の男も手を出し、ふたりは握手した。「取引完了だな」そう言い、男はあたしの方を向き、言った。「おめでとう。お前はこれでこの会社のあたらしい玩具だ。俺に奉仕するときと同じように、喜んで仕事に励むんだぞ。分かったか?」 「はい、ご主人様」 「よろしい。俺は返品されるのが大嫌いなんだ」
 66_Apology 「謝罪」 「あのね……ケビン?」 レニーはドアのところに立ち、彼に声をかけた。「お話があるの。あたし、告白しなくちゃいけないことがあるの」 ボクは腰に手を当てながら、微笑んだ。「何だい?」 ボクは裸でいることは気にしていない。 かつてのボクなら、素っ裸でいることを恥ずかしく思ったかもしれない。でも、レニーと付き合い始めてからは、そんな恥ずかしさはすっかり捨て去っていた。 彼女も笑顔を返してくれたけれど、彼女の顔にはどこか悲し気な表情が浮かんでいた。レニーはパティオの椅子に腰かけた。「告白しなくちゃいけないことがあるの。それを聞いたら、あなたは怒ると思うの」 「なんか大変なこと?」とボクは彼女の向かい側の椅子に座って、彼女の手を握って、顔を寄せた。「それがどんなことであれ、ボクと君なら乗り越えられるよ」 レニーは大きな声ですすり泣きを始めた。そして、手で涙をぬぐった。「あなたは、そう言ってくれるけれど、いったん真実を知ったら……あたしがあなたにしたことを知ったら……」 ボクは彼女の顎に指をかけ、上を向かせて、彼女の瞳を見つめた。「大丈夫。ボクに言って。怒ったりしないから」 「あなたは自分が何を言ってるのか分かっていないのよ」と、彼女は急にボクから離れ、立ち上がり、ボクに背中を向けた。「あ、あたしは……良い人間じゃないの。ずっと前から悪い女だったの。でも、それはあたしのせいじゃないわ。あたしは、ただ……ただ……あなたに分かってほしかったの。あなたに、あたしが望む人になってほしかっただけなの」 彼女は滝のように言葉を吐いた。ほとんど狂信的な声の調子だった。正直、それがとても怖かった。ボクは立ち上がり、震える彼女の肩に手を添えた。「大丈夫だよ」とボクは繰り返したけれど、内心、ボク自身が大丈夫じゃないかもしれないと不安になっていた。彼女がこんなに取り乱しているということは、本当に大丈夫なことではないのだろう。ひょっとすると、ボクたちには乗り越えられないことかもしれない。「どんなことなの? ボクに話して」 レニーはくるりとボクの方に向き直った。「あたし、あなたを変えてきたの、ケビン!」と彼女は叫んだ。その叫びの異様さに驚き、ボクは思わずたじろいだ。その後、彼女は話しをしだしたが、その時はずっと落ち着いた感じに戻っていた。ほとんど囁くような声になっていた。「ごめんなさい。本当に、本当にごめんなさい。ここまでするつもりはなかったの。ああ、それに加えて……あなたは自分が変えられていることすら知らないでいる。あなたは自分がどうなっているのかすら知らないでいる」 「ボクは前から少しも変わっていないよ。まあ、ちょっと露出好きになっているかもしれないけど。だけど、ボクは前と同じケビンだよ」 レニーは笑い出した。情け容赦ない、引きつった笑い方だった。「まさか、あなた、本気でそう思ってるの?」 「もちろんだよ。き、君は違うの?」 とボクはつぶやいた。 レニーは手を頭にあげ、指で髪の毛をひと掻き、掻いた。「あなたにどうやって分からせたらよいかすら、分からない」と、またすすり泣きを始めた。ぼろぼろと涙が彼女の頬を伝っている。「そこが一番酷いところなの。あなたには、あたしが何をしたかすら分からない。あなたは何もかも問題ないと思ってる」 「本当に何もかも問題ないよ。ボクたちは一緒で、幸せだよね? ボクは君を愛してるんだよ」 「ほんとのことを知ったら、愛してはくれなくなるわ。あなたが本当の自分の姿を見れたなら、あたしを憎むことになるわ」 「決して、君を憎んだりなんかしないよ」 とボクは優しい声で言った。 「あなたのお友達がみんなあなたに話しかけなくなったの、変だと思わない? あなたの家族があなたにセラピーに行くように言い続けてることも、変だと思わない? あなたのことを女の子に間違える人が、あんなにたくさんいることも、変だと思わない?」 「ボクは、家族のことについては話したくない」 ボクは、かつては家族と親密にしていたけれど、それはほぼ一夜にして変わってしまった。今のところ、ボクは家族と接触することを避けている。さもないと、メンタルヘルスについてしつこく話しを聞かされることになるから。「それに、他の人がどう思おうと、ボクにはどうしようもできないよ」 「みんながあなたのことを女の子と間違えるのは、あなたが女の子のように見えてるからなの。それはあたしのせい。あたしがあなたをそうしたの。あたしはあなたに催眠術をかけて、ドレスを着るようにさせたし、ホルモンを摂るようにさせたの。……それに、あたしを愛するようにもさせたの。全部、あたしがしたこと。本当に……本当にごめんなさい」 「そ、そんな、バカな……バカなことを言って……」 突然、こめかみのあたりに爆発的な激痛が走った。ボクは、血を絞り出すようなうめき声をあげて、コンクリートの床に倒れ込んだ。高速で様々な光景が目の前に現れた。幾千もの記憶が走馬灯のように目の前に展開した。極限の激痛が永遠に続いているように感じたけれど、現実には激痛は一瞬で終わっていた。気が付くと、ボクは床の上、丸くなって赤ちゃんのようにすすり泣いていた。 レニーはボクのそばにひざまずき、なだめるようにボクの腕をさすっていた。「戻ってきたのね? 全部。この2年間のことすべてをフィルターなしで見ているのね。本当に……本当にこんなことしなければよかったのにと思ってる。ごめんなさい、ケビン。本当に……ごめんなさい」 そう言って、彼女はその場を離れた。ボクに人生に加えられた変化をひとりで考えさせるためだろう。何時間か経ち、ボクは起き上がった。ガラス戸に映った自分の姿を見た。2年ぶりに見た自分の本当の姿をしっかりと見た。かつての自分は背の低い小太りの男だった。その代わりに、ガラスには小柄の女性が映っていた。ボクの過去を示す唯一の証拠は、脚の間にぶら下がる萎えたペニスだけだった。 ボクは、自分が失ったもの、変えられてしまった自分、自分が行ったことを思い、号泣した。
 66_A gift from a friend 「友人からの贈り物」 「お、おい、なんでお前のウチのバルコニーに裸の女がいるんだよ?」 「彼のことか? だったら気にすんな。ただの俺の飼ってるヤリマンだから」 「ああ。つまり、その……なるほど。でも、あの男の肩を持つつもりはないけど、あいつらを男性の代名詞で呼ぶべきじゃねえんじゃないか。彼女が動物のように四つん這いになって全裸でいる事実を脇においても、あいつらは性別を間違って認定されるのは好まないんじゃないかと思うぜ。別に俺は政治的正しさを訴えようとしてるわけじゃないんだが、でも……おい、ちょっと待てよ、なに笑ってるんだよ?」 「あ、いや、別に。ただ、お前がこの状況を完全に読み間違えてるんで笑ってしまったんだよ。いいか、あいつは女じゃない」 「それは分かってるよ。生物的には違う」 「いや、まだ誤解してる。彼はトランスジェンダーでもないんだ」 「でも……つまり……何言ってるのか分からないよ」 「明らかに、な。お前、彼が誰か分かっていないだろ? 違うか?」 「俺が知ってるやつなのか?」 「ブロック・ケネディという名前を聞いたらどうだ?」 「何だって? 高校の時、俺たちをイジメてた、あのブロックか? なんで、こんなふうに…ああ、なんて……ああ……」 「分かったようだな。ようやく、つながりが見えたようだな」 「待ってくれ。俺は……こんなのって……でも、どうやって?……どうやってこんな? 彼はどう見ても……あまりにも……」 「オンナだろ。そうだよ。そこが重要な点だ。念のために言っとくが、あいつもこんなふうに変えられてしまって、嫌悪してるんだぜ。だが、あいつは、どう足掻いても変えられないと分かってる。ようやく、今の事実を受け入れたようなんだな、これが」 「でも、どうやって? どうやってこんなふうに? 俺が覚えてるブロックは、お前がチラッとあいつを見ただけで、こっち見るなって言って、お前をしこたま殴ってたじゃないか。それが、どうやって、こんな?」 「綺麗だろ? で、どうやってについてだが、実際、ちょろいと言っていいんだ。ブロックは法律違反関係でちょっとトラブルを抱えていて、長期間、牢屋暮らしになる判決が下されそうになっていた。で、俺のところにあいつの事件が回ってきた時、俺はあいつに裏取引を持ち掛けたってわけだ。俺の命令通りにするなら、この事件は却下してやるとな。もちろん、あいつは俺を相手にした方が簡単だと思い、俺の条件を受け入れた。だが、あいつは考えてなかったんだよ。俺があいつに電気ショックの首輪をつけることとか、あいつの元の仲間たちが、あいつがお咎めなしで釈放されたので、あいつが寝返ったと思ったこととかをな。結局、あいつはここから外に出られなくなってしまったわけだ。今は、あいつもそれを分かっている。あいつを崩壊させるのに、半年しかかからなかったよ」 「で、でも……でもそれは……」 「分かってるよ。ひどい話だって、そう言いたいんだろ? でも、きっぱり言えるぜ。俺は、微塵も、後悔していないって。ちょっとでも、あいつについて可哀想だなと思ったら、いつでも、俺は高校時代にあいつが俺たちにどんなことをしたかを思い出すことにしてる。あの頃のことを思い出せば、元の決心を取り戻すのはあっという間だ。だが、最近、こいつは毎日のルーティンに慣れっこになってきてるようなんだ。ちょっと変化をつけて、あいつを慌てさせる必要がある。そんなわけでお前にここに来てもらったわけなんだ。2ヶ月ほど、あいつを預かる気はないか?」 「あいつを預かる? 預かって何をする?」 「何でも好きなことをしていいさ。好き放題に犯してもいいし、メイドにしてもいいし、毎日、輪姦パーティを設定してもいい。俺は、あいつをビーチに連れて行って、遊びに来てる学生たちをからかうのを見るのが好きだな。いったん海に入らせる。だが海から出てくると、いつも水着のトップが脱げてるわけだ。その後どうなるかは想像に任せるよ。ともかく、お前があいつをどう使うかは、完全に、お前に任せる。どうだ? この種の責任を担ってみる気はないか?」 「俺が何て言うか知ってるだろ? いいとも、しっかり責任を取ってやろうじゃないの」
 66_A friendly wager 「友好的な賭け相手」 「ほら、見て」とダミアンはポーズをとった。「このハイヒール、ちゃんと履きこなせるって言っただろ!」 「ええ、そうね」とアンナはつまらなそうな声で言った。「つまずいたりせずに2分間、歩き回れると。おめでと。良かったね。毎日、それを履いて職場に行けるようになったら、またあたしに言いに来て」 「そういう言い方、やめろよ!」とダミアンは応じた。「賭けは賭け。このハイヒールを履いて、尻もちつかずに10歩も歩けない。そう言ったのはキミなんだよ。だが、ボクはできた。さあ、賭けの清算をしようか」 「はいはい、お見事!」と彼女は降参の格好をした。「あなたの勝ち。おへそのリングの時もあなたの勝ち。お化粧もあなたの勝ち。でも、力づくで擦りこまなくていいのよ」 「擦りこんだりなんかしてないよ。でも、賭けは賭け。君は言ったよね。ボクが飼ったら、休暇に行く場所をボクに決めさせるって。いいかい、NBAのオールスター試合だよ! やったー、とうとう行けるぞ!」 「それとも……倍賭けをやってみない? もちろん、休暇で行く場所はあなたが決める。それに加えて、休暇の間、丸1週間、あなたがしたいことを何でもするわ。あなたが好きな場所で賭けのことを持ち出して、あたしに何かさせてもいい。どんな格好でも、あなたが望む格好をするわ。制限なしで」 「で、ボクが負けたら?」 「まるで負けるかもしれないみたいな言い方ね? いままで一度も負けていないじゃない?」 「でも、どんな賭けなのか知らなきゃ」 「まあ、あなたが負けたら……まあ、そんなことはありえないと思うけど……ともかく、あなたが負けたら、真逆のことになるというのは? 休暇の場所はあたしが選ぶ。あなたはあたしが望んでいることを何でもする、と」 「イヤだ」ダミアンはきっぱりと言った。「勝ったんだから、今、約束を果たしてもらうよ」 「もう、何を怖気づいてるの? オトコでしょ? たいした取引じゃないじゃない? それに、あなたは負けてないのよ!」 「もう、ボクのアヌスに何か突っ込んだりとか、絶対にさせないからね。あれ、気持ち悪すぎるんだよ。それに……」 「あら、でも、あなたがあたしに同じことをやりたがるのは、問題ないって言うわけ? ひどい、あなたって、性差別主義者なのは知ってたけど、でも、これって……」 「ん、もう、分かったよ」とダミアンはアンナの言葉をさえぎった。「何でもいいよ。何でも言うがいいさ。ボクは負けないから。それで? 何をしてほしい?」 「あたしとお出かけすること」 「ええ? でも、いつも一緒に出かけてるよ」 「ドレスを着てね。着飾ってというか。2週間前のときのように。ミニの黒いドレスを着て、ヒールを履いて、お化粧も、他のこともいろいろ施して。そして、ふたりであたしのお気に入りのクラブに行くの。もし、あなたがパスしたら、つまり、あなたが女の子じゃないと気づいた人が誰もいなかったら、あなたの勝ち。もし、バレたらあたしの勝ち。単純でしょ?」 「確かに」とダミアンは頭の中でいろいろ考えながら言った。「それで、そのクラブってどこ?」 「コック・ピット。あのクラブには、職場の女の子たちと一緒に2週間に1回は行ってるの」 「ちょっと待って。あそこは男性ストリップのクラブだよね?」 アンナは頷いた。 「ダメだよ。だったら、やらない。絶対に。君と一緒に出掛けるのはいいよ。ただお店に行って見て回るだけとかだったらいいんだよ。でも、ボクがあの手のことに興味がないのは知ってるじゃないか?」 「何言ってるのよ、ダミアン。あなたって、本当に憶病虫なのね! ああいうお店、知ってるでしょ? 男の人が何人か、ビキニを履いてステージの上でダンスしてるだけじゃないの。たいした賭けじゃないわよ。それに、普通のストリップ・クラブなら、あたし、あなたと行ったことがあるじゃない? あなたもああいうのはセクシーだと思うでしょ?だったら、一緒に男性ストリップのクラブに行くのとそれと、どこが違うって言うの?」 ダミアンは途方に暮れた。それと言うのも、原則的には、このふたつの間に違いはないと思ったからだ。「いいよ。やるよ。でも、ボクが勝ったら……勝つに決まってるけど、もし、ボクが勝ったら、すごく、すごく、ヤラシイことをすることになるからね。この賭けをしたことを絶対に悔やむことになるんだからね?」 「ええ……」と彼女は笑みを浮かべて言った。「多分、そうなることになるかも」
 65_What now 「今はただ」 「マジで言うけど、そんなジロジロ見ることないんじゃない?」 僕は素早く目をそらした。どう反応してよいか分からない。僕の親友が目の前に立っている。どこを見ても、彼が言う通り、女の子そのものだ。なのに、じろじろ見るなと? さらに悪いことに、彼は一糸まとわぬ素っ裸でいるのだ。男性を指す代名詞を使っていいのか迷ってしまう。 「じゃあ、服を脱いだりしなきゃいいのに」 僕はウッド・デッキに目を落として言った。 「ある意味、脱ぐ必要があったんだよ」それが彼の、いや彼女の返事だった。「そうでもしなきゃ、分かってもらえなかったと思うから」 「分かるって、何を?」 「これが一時的な気の迷いではないということ。今は迷っていない。これが本当のボク。君が理解してないのは分かってる。自分でも、本当に理解するのに、去年までの自分の人生まるまるかかったんだから。何と言うか、自分が他とは違うのは分かっていた。誰でも他とは違うものだし。でも、この点にたどり着くまで、本当にたくさん、悩みに悩みぬいたのよ。君がたった数分でその境地に至るとは期待してないよ」 「教えてくれてありがとう」と僕はぶっきらぼうに言った。彼と最後に会ったのは去年の夏。高校3年になったとき、彼の一家はよそに引っ越してしまった。あれからの時間をかけて、彼はすべてを変えたのだと思う。 「何か言えよ」と彼は言った。彼の言葉で僕は1分以上、黙って水面を見つめていたのだと気づいた。 僕は顔を上げ、彼の裸の体を見た。どんだけ女性的になったか冷静になって確かめた。彼女と言うべきなのかな、僕には分からない。「僕に何て言ってほしいんだよ、ボビー? 君のそんな姿をどーんと僕の前に見せて、それでも僕に……僕に……。何を期待してるのか分からないよ。どう反応していいか分からないんだ。本当だよ。お願いだから、何か服を着てくれないか?」 「ゴメン」と彼女は言って、大きすぎるTシャツを取り、それを着た。「本当は、こんなふうにしたいわけじゃなかったんだけど」 「そうか? 僕もだよ。どうして僕に言ってくれなかったんだ。あんなにメールをやりとしていたのに。ケータイでも。どうして、起きてることを教えてくれなかったんだ?」 彼女は肩をすくめた。「分からないよ。本当に分からない。今がその時って思える時がなかった。これって……絆創膏を剥がすタイミングみたいなものじゃないかなあ。早く剥がせば早く治るって、分かるよね? 愚かなことだと思ったことは一度もないよ」 僕はデッキに腰を下ろした。「夏になると毎年、ここで遊んだよな。君とふたりで。泳いだり、カエルを捕まえたり。それが全部変わってしまった。どういうことか僕は分かっていなかったよ。でも今は分かった気がする」 彼女は僕のとなりに腰をおろした。「ボクも分からなかったんだ。自分が何者かって。それがどういうことか君には分からないと思う。ボクはずっとこういう感情を持っていた。自分自身についても、君についても。それに、その感情をどこに置いたらいいか分からなくなって。どうしたらよいか分からなくなって。だからボクたちは引っ越したんだ。一度、、すべてから離れなくちゃいけなかったんだよ、リアム。全部考え直す場所が必要だったんだ。だけど今はもうボクには……」 彼女が何か期待するようにして僕を見てるのを感じた。僕から何かをすることを求めている。僕がしたかったことは彼女に腕を回し、ぐっと抱き寄せることだけ。彼女は僕の友達だ。彼女の声には何か切実な感情がこもっていた。彼女は僕を求めている。 「僕に何をしてもらいたがっているのか分からないよ。何を言ったらいいかも分からない」 「正直言うと、ボクも分からない」 彼女は僕に体を預けるように傾いてきた。僕は彼女を止めなかった。腕で彼女の肩を抱き寄せた。そして、ふたり、ただ水面を見つめ続けた。
 65_Vanessa 「バネッサ」 ケネディは玄関ドアのカギ穴にカギを挿し込みながら、お腹のあたりがソワソワするのを感じていた。父とは1年半近く会っていない。彼女は父親とメールのやり取りはしていたけれども、生身で会いたいと思っていた。父親とはいつも目と目を合わせる付き合い方をしていたわけではない。特に彼女が高校3年の時に母親が亡くなってからは、そういう感じではなくなっていた。だけど、ふたりは仲の良い父娘として、親密になっていた。そして彼女は、20歳を過ぎ、家を巣立った。アマゾンのジャングルの奥地に旅立つことを決めたのだった。それは難しい決断だったけれど、彼女の研究ではそれが必要だったし、父を一人残すことは心苦しかったものの、そのチャンスを断ることはできなかった。 とは言え、雨が降りしきるジャングルの奥地で、ひとり夜を過ごしながら、彼女は自分が正しい決断をしたのだろうかと何度も悩んだ。父は母が亡くなった後、ひどく落ち込み、以前とはすっかり変わっていた。どうしても父のことが心配になって仕方がない。生身で父親の顔を見て様子を知りたい。そんな心配をしていたことを思い出しながら、彼女は子供時代を過ごした家の中へと入った。 「あたしはここにいるわ!」 家の奥から女性の声が聞こえた。だけど、なぜかどこか聞き覚えのある声だった。「準備ができるまで待ってて。そうねえ、あと2分くらい」 ケネディは何も言わず、声のしてくる方へと行くことにした。しかし、彼女の心の中は穏やかだったわけではない。いろいろな可能性が頭の中で渦巻いていた。父は結局デート・サービスの世界を頼るようになったのだろうか? とうとう、前に進むことにしたのだろうか? ほとんど足音を立てずに廊下を進みながら、彼女は「これは良いことなの。お父さんは誰かと知り合えたのだから」と自分に言い聞かせた。もちろん、裏切られた気持ちもないわけではなかった。そんな気持ちは非合理的とは知りつつも、気持ちの中に、父が母の代わりを見つけたことを嫌悪する部分もあった。その嫌悪感は抑えつけたものの、完全に無視できてるわけでもなかった。 ケネディは部屋の前にたどり着いた。父と母が共有していた寝室である。彼女は一度、深呼吸した後、ドアを開けた。 見知らぬブロンド髪の女性が背中を向けていた。ベッドの上にドレスを並べているところだった。素裸だった。素晴らしい体つきをしていることは、簡単に見て取れた。特に、割と年配の女性にしては、目を見張るようなプロポーション。 「もう少し待っててね」とその女性は振り返らずに言った。「すぐに来ちゃうわ。悪い印象を与えるのだけはイヤ」と独り言を言っていた。 ケネディは咳ばらいをした。「あの……あたし、もう、ここにいるけど……」 女性はびっくりして、向き直った。その結果、彼女の圧倒的にゴージャスな体がケネディに見せた。豊満な乳房、曲線美豊かな体。まるでポルノスターのような体をしていた。しかし、その体をしていても、ケネディにはその女性が誰であるかを認識するのを妨げることはほとんどなかった。 「お、おとうさん? え、ええ? ……ど、どうして……ああ、……何てこと……」 ケネディは言葉に詰まった。その目は、この女性の生物上の性別を示すモノに釘付けになっていた。 「ああ……こんなっ……」と女性的な声で彼女の父は声を出した。「こんな形で知らせるつもりはなかった」 「わ、分からないわ……おとうさんは……今は……」 ケネディはちゃんと喋ろうと必死だったが、過呼吸状態になっているのを感じていた。 「今は女性になっている」と彼女の父は言った。「前もって言っておくべきだったのは分かってる。でも、これって、メールで伝えられるようなことじゃないでしょ?」 「あたし、理解できない」 そうは言ったけれど、彼女にしてみれば、その言葉は控えめな言葉だった。父親は、これまで女性的なことに嗜好がある素振りを少しも示したことがない。これまでの人生を男らしい機械工として過ごしてきた父親だった。「本当に、理解できないわ」 「お前の気持ち、分かるわ。あたしは、お前が生まれる前から女装をしていたの。自分でも、つい最近までフェチにすぎないと思っていたのよ。最初から女性になりたいと思っていたわけじゃないの。少なくとも自分ではそう思っていたの」 「じゃあ、何が変わったの?」 「ミッシェル叔母さんよ。お前が家を出る2ヶ月ほど前、偶然、ミッシェルと出会ったの。お前に言っておくべきだったけど、お父さんはミッシェルと付き合い始めたのよ。そして、お前が家を出た後、ふたりの関係の方向がちょっと変わったの。お父さんは最初から女装のことについてミッシェルに言っていた。そして、そのことがどんどん積み重なって、今は……」 「今はこの姿になったということ? オンナに?」 「女性よ」と彼女の父親は訂正した。「でも、そう。単純化しすぎた見方だけど、核心としては、オンナになったということ。そして、今、お父さんは幸せなの。本当に。お前のお母さんが天国に行ってから、初めて、感じられたの。つまり……何と言っていいか分からないけど……つまり、初めて、未来に向けて希望があるというふうに感じられたの」 「そう……」とケネディは言った。「でも、あと、ひとつだけ、言っておきたいことがあるわ」 「何?」 「今はお父さんをどう呼んだらいいの? もう、おとうさんと呼ぶことはできないわ。そういう体になった以上、もう、それは……」 彼女の父親は笑顔になった。「今はバネッサ。あたしのこと、バネッサと呼んで」
 65_Understand 「理解せよ」 人生は偽りの生活を続けるには短すぎる。 ありのままの自分になれ。理屈の点では、これは実にシンプルな考え方。ありのままの自分になれ。人生が、本当に、この考え方のようにシンプルなら、どんなに素晴らしいだろう。でも、ここは現実の世界。差別や偏見やヘイトに溢れている世界。ありのままの自分になれという考え方は、場合によっては、人を死に追いやることもあり得る。 これは、落ち込ませるような事実だけれど、現実だ。 しかしながら、私たち人類にはパワーがないわけではない。私たちには世界を変えることができる。世界を、私たちみんなが誇りをもって生きていける世界に作り直すことができる。人によっては、そうすることができるとは言わず、そうしなければならないと言う人もいるかもしれない。 そう、私たちは皆ひとりひとり違っている。しかも、その違いはたくさんある。性も人種も政治的立場も。その違いはあまりに多くの点で問題に思えるが、これら細かな点で私たちはひとりひとりみんな異なる。その相違点の多さに、越えられない壁のように感じられるかもしれない。そのような他との数々の相違点。でも、それらは私たちを分断させる。私たちを孤立させる。私たちを世界から疎外する。その結果、私たちは今よりずっと不幸な状況に追い込まれる。 違いがあることは重要だ。違いがあることにより私たちは他とは異なる私たちとなっている。しかし、それにもまして、私たちは、みんな、突き詰めればある集団の一部になっているということを忘れてはならない。私たちはみんな、人間性というパズルのひとつのピースなのだ。 だから、私はこう言う。単に、ありのままの自分になるだけではだめだ、と。それでは充分ではないと。周りの人々を理解しようとせよ。周りの人々を愛そうとせよ。友にせよ、敵にせよ、家族にせよ、人は誰も、あなたが思っているよりずっと複雑な存在なのだ。あなたの人生、意見、あなたを形成している様々な細かな点。それらは重要だ。だが、それはあなた以外の誰にとっても同じことなのだ。 人間として、このことを理解するのが早ければ早いほど、私たちは、早く、私たちひとりひとりのあるがままの姿を互いに受け入れられるようになれる。
 65_Unashamed 「後悔ナシ」 後悔するのは簡単だろう。所詮、俺は怪物ではない。俺はふたりの人生を完全に変えてしまったことは分かってる。破滅させたと言ってもいいだろう。俺がいなかったら、ふたりはどんな人生を歩んでいただろうと思う。ふたりはどんなことを成し遂げたことだろうと思う。運命がふたりにどんなことを用意していたか、俺がふたりをそれから脱線させてしまった事実から俺は逃れることができない。だが、俺は後悔していない。むしろ誇りに思っている。ちなみに、誇りに思ってるのは、結果についてではない。そうではなく、ここに至るまでの過程についてだ。旅路と言うか。良いときも悪い時もあったが、今となって思うと、すべて価値があったことだと思っている。 ふたりは小学校時代からの知り合いだ。俺が知ってる子供時代のふたりと、今の、俺が作り上げたスレイブのふたりを結びるけるのは実に難しい。ふたりとも、今は俺に対して実に献身的で、嬉しそうに俺のことを称賛してやまない。だが、ふたりとも、最初から従順だったと言える。初めて、彼にパンティを履くように命じたときとか、彼女に裸で男子のロッカールームに行くように命じたときとか、その頃からずっと、ふたりとも俺の言いなりだった。 多分、誘導が必要な人もいるだろうし、俺が特別なのかもしれない。正直、俺には分からない。だが、ふたりとも俺の言うことに従わないなど、一度も思ったことがないのは本当だ。崖から飛び降りろと命じたら、ふたりとも本当に飛び降りただろう。別に誇張してるわけではない。適切な言葉使いをすれば、ふたりを完全に100%コントロールできる。必要なのは時間をかけること。それと毅然として良心を持たないこと。それだけだ。 それでも、このふたりが俺に出会わなかったら、良かったのかというと、そうでもないんじゃないかと思う。俺自身も、このふたりを手に入れてよかったのではないかと思う。操作し、コントロールできる誰か他の人間を見つけられただろうか? 多分、見つけただろうとは思う。その場合、このふたりは俺が用意する曲に合わせて踊ることはなく、自分自身の夢を追って生きていただろうとは思う。 確かに、俺がいなければ、彼はこの変身を享受することはなかっただろう。彼に出会ったとき、彼は普通の男の子が持つ興味を持った、ごく普通の男の子だった。スポーツとか車とかアクション映画の人物とか。だが今はどうだろう? すっかり成長して、今は俺の奴隷だ。今の状態からもっと過激な状態へと変えるのは、本当に簡単だ。ちょっと甘いこと、キツイこと、優しいことを織り交ぜて与えればいい。彼自身がそれを望んでいるからではない。俺がそれを望んでいると彼が思うからだ。俺が彼にどうなってほしいか望む。彼はそんな、俺が望む存在になりたいと必死に頑張るのだ。ちょっと気ままにコメントを言えば、彼はそれに合わせた存在に変わろうと必死になって努力する。 そして彼女。ああ、女神だったのに、ずいぶん変わってしまったものだ。とは言え、彼女の変身は彼のように身体的なモノとは言えない。そうではなく、ほぼ純粋に精神的なものだったと言える。成長した彼女は、いつも完璧だった。可愛い王女様。人気があって可愛い女性。大きくなると、その人気はますます増大するばかりだった。彼女は自分が特別だと分かっている。どうして分からないはずがあろうか、みんながあんな風に彼女に接していたのだから。 正直言って、彼女については不必要に弄んでしまったと思う。高校3年の時、俺は彼女を男勝りのレズビアンもどきに変えてしまった。可愛いドレスもスカートもゴミ箱に捨てさせた。チアリーダーに所属していた彼女だったが、それも辞めさせたし、付き合っていた彼氏とも別れさせた。化粧も辞めさせ、体毛の処理も辞めさせ、髪の毛も切らせた。その時の彼女の多くの「お友達」の反応に俺は狂喜した。俺がフォローしきれないほど素早く、彼女のお付きの女友達も男友達も、彼女の元から離れていったのである。実に見事な離れようだった。だが、俺だけは彼女のそばにとどまった。俺は彼女のたった一人の友達になった。 高校卒業に際し、俺は彼女を普通の状態に戻るのを許した。俺の指示の範囲内で。元に戻っても彼女はすべてを覚えていた。仲間たちが離れていったことを忘れてはいなかった。俺だけが、彼女の元を離れなかったと覚えていたのである。その記憶は彼女の献身を促進することにしかならなかった。彼女は俺を愛するようになった。彼が俺を愛するようになったのと同じくらいに。 ふたりに苦痛を与えたことは知っている。ふたりが秘かに涙を流すところも見ていた。だが、その苦痛も、より大きな喜びのための準備だったと俺は思ってる。苦痛が大きければ大きいほど、後の喜びは増大するのだ。ふたりとも人間として弱く、俺は強いのだ。ふたりは、俺を喜ばすために人生を生きる。それがこのふたりにはふさわしいのだ。それがこの世の中の自然な秩序にすぎないのだ。
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