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67 Good girl 「行儀の良い娘」
「ヘザー、お願いだから……」
「もう、ケビンったら。そんな大したことじゃないでしょ? あたしのお友達にあなたの可愛いウインナーを見せてあげるだけじゃない? みんな、あなたがあたしの元カレって信じないのよ。信じられる?」
「でも……」
「どうしてほしいか言ったわよね? だったら、言われたとおりにすること。そうじゃない?」
「わ、分かったわ……」
「みんな、見て。ここにいるのがケビン。あたしの高校時代の彼氏。信じてくれるか分からないけど、元クオーターバックのスタメンだったのよ!」
「ええっ、マジで? あんなにちっちゃいのに!」
「今はね。でも、前はずっと大きかったわ。でも、そのために彼はすごくトラブルを起こしっちゃったの。あんまり何度も浮気をしたので、彼も、何回やったか忘れてると思う。で、あたしは現場を押さえちゃったのね。そうでしょ、あなた?」
「お願いだから、パンティを履かせて?」
「ダメ。そのまんまでいなさい。とにかく、あたし、現場を押さえて、彼を捨てたのね。でも、それだけじゃ気が済まなかった。ダメ、ちゃんと償わせなくちゃって思ったの。その頃、催眠術のことを知ったのよ。これ、他の人には秘密なんだけど、あの催眠術、ちゃんと使うと、すごく強力なのよ。完了した頃には、この可愛いおバカさん、新しい服を買いにショッピングに連れてってって、もう、ウルサイくらいおねだりしてたわ。彼のご両親にはトランスジェンダーだったとカミングアウト。そして、近づいてくる男たちとは、誰かれ構わずエッチしまくりになったの」
「あたし、そんな悪い娘じゃないわ……」
「いいえ、あなたは行儀の悪い娘だったわ。で、その後、あたしは大学に通い始めて、正直、彼のこと全部忘れたのよ。まあ、飽きてきたのだと思う。じゃあ、どうして今ここにいるのかって? 彼、いきなり現れて、元に戻してくれってあたしに頼んだのよ。ほんと、残念なんだけど」
「ほんと? ほんとに元に戻してくれるの?」
「ダメ。あたしたちみんながちょっと楽しむまでは、ダメよ。ケビン、どう? あたしのお友達とちょっと楽しみたいと思う? 約束するわ。もし、行儀の良い娘でいたら、元通りにすることを考えてあげてもいいわよ」
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67 Getting through the day 「今日一日を生き延びる」
時々、将来のことと同じくらい昔のことについても考える。そんなふうに生きるのはイヤなことなのは分かってるけど、でも、私たち誰でも、時々、罠に落ちてしまうことがあるものよね? 自分がどうして今のようになってしまったか、振り返りたくなるのは誰でもあることだと思うの。これまで達成してきた自分を誉めて、大成功したと大喜びする人もいれば、反対に、過去の失敗を嘆いて、逃げる人もいる。正直に言うけど、私は自分が本当のところどっちのグループに属しているか不確かな気持ち。
ここまで、ずいぶん頑張ってきたのは確か。成長期のかなりの部分を、イジメられることを恐れて毎日ビクビクしながら生きていたやせっぽっちで友達がいない少年から、美しく、自信に溢れた女性へと変わった私は、かなり長い旅路を辿ってきたと言える。その途中には、でこぼこ道もあったし、道に外れたことも山ほどあった。でも、私はここまでやって来た。昔は、可能性がないと思えていたけど、何とかして、私は自分が憧れていた人間になることができた。この事実には、少なからず誇りを持っている。
でも、その誇りの上に覆いかぶさっているのが、迷いと恐れの影。男の子だったかつての自分の名残。それは、ほとんど透明で、気にならない時もあるけど、逆に100%に近いほど不透明になって、私の精神全体を脱出できない暗黒へと投げつけることもある。そういった時、私は、むかし私をイジメていた人たちが突然現れて、私に憎悪の言葉を投げつけ、私を地面に押し倒し、私を散々殴りつけてくるのではないかと、半ば本気で思ってしまう。
そんなことを思うなんてバカげているのは分かっている。あの時の男子たち……今は成人した男たちだが……まさに同じ彼らが、今は、私に話しかけるために、少しだけでも話しをさせてと、それだけのために床にひれ伏しているのだから。私とベッドを共にするチャンスが得られるかもしれないと淡い期待を抱きながら、甘いたわごとを私の耳に囁きかけてくるのだから。そして、そんな男たちの期待に、私は応じてしまう。ああ、本当に、私はそんな自分が大嫌い。でも、私が、そういうふうに承認されることを心から求めているのも事実。これまでずっと、そんな承認を求めてきたし、これからも、ずっとそうだろう。そう思うと怖くなる。
この承認要求、燃えるようなこの要求。これは、憎しみによってさらに燃え上る。自分の心の中にそんな憎しみがあるのが分かる。私は、自分が自分の心にふさわしい肉体を持って生まれてこなかったことを憎んでいる。だからこそ、女性になった自分を男たちが求めることで、自分が承認された気持ちになれるのだ。
自分が心にふさわしい肉体を持って生まれなかったことを憎んでいる。それに関しては、私自身と性差別主義のモラル戦士たちの意見が一致する点だ。皮肉だとは思う。私も彼らも同じことを求めているのだから。つまり、私が普通になることを求めているのだから。私は「普通」の女性になることを求め、醜悪な性差別主義者たちは、私に女性でなく、「普通」の男性になることを求める。
この気持ちを跳ね除ける戦いは常時続く。私は、意識的に自分を強いて、現実の楽観的な側面に心を集中させるようにしている。この世界はどんどん良くなっているのだと。口汚く怒鳴り散らす性差別主義的な考え方は弱体化していくのだと。私には、私を愛してくれる人々がいるし、私もお返しに彼らを愛していると。
かつて、私は、いま私が当然と思っている生活を夢見て過ごしていた。ツインベッドに仰向けになりながら、キーキー鳴る天井ファンを見つめ、いつの日か美しい女性に成長するのだと夢見ていた。いま私はそんな女性になっている。そして、結局のところ、それだけあれば、私は今日一日を生き延びることができるのだ。
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67 Fruition 「結実」
ハーベイは驚いた。「バリーか? 一体どうしたんだ? なんで裸になってるんだ? それに、お前、なんかオカマみたいに見えるぞ」
「あら、ハーベイ、あたしもあなたに会えて嬉しいわ」バリーはサングラスを鼻梁に沿って、ちょっと押し下げた。「あなたは少しも変わっていないわね」
「お前の方は変わりすぎだろ」ハーベイは以前の仕事仲間を見ながら言った。
「気づいてくれて嬉しいわ」と女性的な声が聞こえた。ハーベイは振り返り、後ろからケリーが大股で歩いてくるのに気づいた。ケリーはバリーの妻である。ケリーは、ありきたりのショートパンツとTシャツの姿だが、そんな普段着姿でも彼女の夢のようなボディの素晴らしさは隠せない。ケリーはバリーたちのところに近づくと、腰を曲げて、バリーの頬に軽くキスをした。「何か飲み物が欲しいわ。ねえ、あなた? お願い、あたしのために何か飲み物をもって来てくれない?」
ハーベイは、こんなに素早く動くバリーを見たことがなかった。それに、こんなに女性的にいそいそと動くところも。大勢のパーティ客たちの間をするり、するりと通り抜けていくバリーの姿。歩くときの、くねくね揺れる腰つきは明らかにセクシーな女性の腰つきに他ならなかった。
ハーベイはケリーに顔を向けた。「一体、これはどういうことなんだ? バリーに何をしたんだ?」
「あたしが? あたし、何もしてないわよ。彼はただ目覚めただけ」
「何言ってるんだよ、ケリー。君は前から人を操るのが好きなビッチだったじゃないか。俺は、君が俺の親友に何をしたって訊いてるんだ」
「親友?」 ケリーはうふふと笑った。「ハーベイ、あなたたち友達なんかじゃなかったわ。一度も。同僚ですらなかった。あなたはバリーを利用したでしょ。あなたも知ってるんじゃない? あなたが彼を追い出した後、ビジネスはどうなったのかしら? それが理由で、あたしの招待に応じて、ここに来たんじゃない?」
「仕事は順調だよ」とハーベイは嘘をついた。実際には、惨憺たる状態だった。バリーは会社のイノベーションの裏方として、ずっと会社を支えてきたエンジンだった。当然、彼が抜けた後、会社は停滞状態になっていた。
「ビジネス・ニュースを読んだわ。あなた、もがき苦しんでいるんでしょう。だから、金の卵を産むガチョウを取り戻しに、ここに来たんじゃない? まあ、がっかりすることになるでしょうね。今のバリーはあの可愛い頭の中に、何のアイデアも持っていないと思うわ」
「お前、彼にいったい何をやったんだ?」 とハーベイは声を荒げた。
「あれこれ、ね」 とケリーはあいまいな返事をした。「元々、彼はあんまり自己主張するタイプじゃなかったし。天才的なのは確かよ。でも、チカラで仕切るタイプじゃなかった。あたしは、彼のそんなところをちょっと強化してあげただけ。彼はあたしを愛していた。今の彼は完全に献身的になってる」
「それに、なんで裸に?」 ハーベイは、少し小さな声になって訊いた。
「ええ、そこが重要なところ。昔のバリーは、プールに来てもシャツを脱ごうとしなかった人よね? 覚えている? でも今は、どう? もう、彼ったら、今は完璧に露出狂になっちゃってるの」
「お前、彼を変えたんだろ……」
「忠実な可愛いシシーに? ええ、その通りよ」
「お、お前、モンスターか? ひどすぎる!」
「あら、お願いよ。そんな大げさに言わないで。以前の彼はみじめだったの。でも彼は今は幸せなのよ。みんな、幸せになるべきでしょ?」
「幸せだって?」
「訊きたいようだから教えてあげるけど、あたしも幸せだもの。あたしには可愛い奴隷ちゃんができたし、あなたの会社は下火になった。白状するけど、こんなに完璧に計画通りになるなんて思ってもいなかったのよ。あたしがあなたの秘書だった当時は、とても難しいだろうなって思っていたもの。最終地点がすごく遠く見ていたもの」
「お、お前がすべてを計画したのか?」
「あんた、バカ? 当り前じゃないの。女性化の件は違うかもしれないけど。それって、生理的に起きちゃったことだから。でも、その他のことは、そういうこと。あたしはバリーを誘惑した。あなたを操って、バリーを会社から追い出すように仕向けた。あたしにとっては、そんな悪いことじゃないわ。あたしのこと、あんた何て呼んでいたっけ? 電話に出るしか能のない、頭の悪いカラダだけの女だっけ? その頭の悪いカラダだけの女があんたを破滅させたのよ、ハーベイ。もうあんたが這い上がる道はないわ」
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67 Fear 「恐怖」
これまでの人生、私は傍観者だった。時が私の横を通り過ぎていく間も、私は横に立ち、その流れの仲間に入ることを夢見つつも、次々に流れ去るのをただ見ているだけだった。でも、私は決してその夢を現実にしようとはしなかった。もちろん、自分の夢を追求しないのには理由があった。おカネの問題。生まれつきの性別の問題。社会的な圧力。それらを私がどう呼ぼうとも、せんじ詰めれば、それらはひとつの単純なコトに帰着する。私は恐れていたのだ。
恐怖は障壁である。恐怖は私たちが進むのを阻止する門番である。門の向こう側が見えているし、そこで暮らしたいと思う。だけど、たとえ自分がなりたいと夢に思うものに触れられそうなほど近づいた時ですら、私たちは手を伸ばすのをためらってしまう。理想をつかむのをためらってしまう。そして、「もし、あの時、ああしていたら」という気持ちに苦しめられ、行動を起こさなかった結果をいつまでも思い悩んでしまう。追求すべきだと心の奥では分かっていたのに追求しなかったことを後悔し続けてしまう。そういう点で言えば、私もその例外ではなかった。
自分が追求すべき道だと思ったのに、その道から目を背けてしまった最初の時のことを覚えている。小さかった頃、多分7歳か8歳の頃。私は姉の持ってる人形で遊びたいと思った。本当にあれで遊びたくてたまらなかった。だけど私は我慢した。人形遊びは男の子がする遊びじゃないと考えたのだった。無意識にそう思ったのではなく、意識して、そう思い込んだ。私は、ティー・パーティごっこやおままごとをしたいなんて全然思っていないというフリをして、外に遊びに出たのだった。
あの時のことがその後の私の人生を決めた。頭の中、女性になりたいという声が聞こえてきても、その声を心の奥底に押し込んだ。その声は消えることはなく、しょっちゅう私の耳に囁きかけ続けていたけれど、たいていの時は、その声は迷惑な雑音以外のものではなかった。その間も、私は姉の服などを試着し、女装に手を出し続けていたが、それは短時間で終わる行為で、いつも最後は後ろめたさを感じ、後悔するのであった。
しかし、ついには、そんな生活も次第に深化し、行為が現実化していった。他の人にとっては、私は普通の男性にしか見えない。妻を持ち、子を持ち、仕事も友人も得た。誰も私の秘密を知らない。誰も、私が心に隠し持っている憧れを知らない。
夢遊病状態で生活していたと思う。ネットにつなぎ、怖さのあまり自分ではできないことをすべて行ている人たちの話しを読む、そんなわずかな空き時間のために生きているような毎日。動画を見たり、話しを読んだり。その間もずっと、昔からの夢と現実を一致させることができるだけのチカラが自分にあったらと願い続けた。
そんなある日、あのことが起きた。まるで脳の中の堰が一気に壊れたかのように、私は突然なにも気にしなくなったのだった。自分がしあわせになるにはどうしたらよいか分かった。そして、私はそれを実行したのだった。
あの日、私は変身することに決めた。そして、以来、私は一度も過去を振り返ることはなくなった。今はどうなっているのか? 私は自分が生きたかった人生を生きている。確かに、後悔はある。その後悔とは、どうしてもっと早くこの決断をしなかったのだろうという後悔だ。確かに、中傷されることもある。私もそれなりにヘイトを経験してきた。だが、それは、ずっと前から自分がなりたいと思い続けてきた人間になったことに比べれば、小さな代償にすぎない。