バーバラは、理解を求めてスティーブの瞳を覗き込んだ。スティーブは、私がどうしても言わなければいけないことのすべてを完全には理解してくれないかもしれない。それでも、彼なら、いま自分が話していることと問題の関連性を分かってくれるのではないかと期待した。
バーバラは一度、深呼吸をした。
「・・・ちょっと前に戻ってもいいかしら? 話しているうちに、どこまで行ってたか忘れてしまったわ。・・・あなたが気にしているのは、私自身、悪いことだと知っていながら、ああいうことをすると決めた時点があったのかどうかということよね? なんであれ、私がやってしまうと決めたのはどうしてかと?」
スティーブは、その通りと言わんばかりに頭を縦に振った。彼は、こんな会話を始めるんじゃなかったと、ほとんど後悔しそうになっていたところだった。この会話で良い方向が見出せるとは思えなかった。
「信号機のことを覚えている?」 バーバラは、突然、問いかけた。
スティーブは、一瞬、バーバラが何のことを言ってるのか分からなかった。だが、急に思い出す。あれは、確か6年以上も前のこと。
「信号機?」 ヒューストン氏も口を挟んだ。
ヒューストン氏は、バーバラの言葉をすべて注意深く聞いていた。彼女が言ったことの大半は、不倫をしてしまった妻たちが典型的に語りそうなことばかりだった。たいてい、自分が混乱していたとか、孤独感を感じていたとか、どんな結果になるか考慮しなかったとかと語る。そのような行動パターンを取るようになってしまった経緯を本当に理解している者は、非常に少ない。だが、バーバラは、他の女性たちよりも、深く問題を掘り下げようとしてきた。それにしても、信号機の話はこれまで出てこなかった話だ。これは他に例がない。
「あれは、私たちがまだデートをしていた頃のこと・・・」 バーバラは、顔を半分、カウンセラーの方に向けて話し始めた。「・・・スティーブが車を運転していて、私たちの他にもカップルが2組、同乗していて、一緒にどこかに行こうとしていた・・・」
「州立公園だ」 スティーブが唸った。
「ええ、そうね。私たちピクニックをしに州立公園へ向かって、小さな田舎道を走っていたところだった。その途中、どこだったか、ある小さな町に来たところで、あの交差点に差し掛かったわ。そこは、道路の真ん中で、ただの、だだっ広いところだったけれど、信号機があった。そして、その時は、私たちの進行方向に対して赤信号になっていたので、スティーブはブレーキを踏んで車を止めた。でも、彼はブレーキから足を離し、アクセルを踏み込み、そのまま走りすぎたの。みんな、その町の巡査とか警官とかがいないかと、あたりを見回したわ。でも幸い、そういう人はいなかった」
バーバラは笑いながらスティーブを見た。
スティーブは遠い思い出を語るような口調で答えた。
「君や他のカップルたちに食いつかれて、僕はその行動の理由付けをしようとした。僕は、無意識的に他の交通はまったくないと判断したに違いなくて、だから車を走らせても大丈夫だと思ったと言ったと思う。良く分からないが・・・」
スティーブは長い時間、考え事をした。
「ああ、分かったよ・・・」 彼は溜息混じりに答えた。「君の言いたいことが分かった。あまり楽しいこととは思えないけど、君が言ってることは見えてきたと思う。人間というものは、自分の行っていることについて、いつもちゃんとした理由をもっているわけではないということなんだろ? 人間は自分が何をしているか分からないことがあると・・・ともかく、そういうことをしてしまうものだと・・・ちっ、くそ!」
スティーブはうんざりしたような口調だった。