彼女は書類をブリーフケースに入れながら言った。
「本当にありがとう、アンダーソンさん。あなたがいなかったら、これを全部できなかったと思うわ」
この時まで、彼女はずっと僕のことをアンダーソンさんと呼んでいた。
「どういたしまして。でも僕のことはジャックと呼んでください」
「じゃあ、これから私のこともアンジーと呼んでね。ねえ、一緒に出ない? 手伝ってくれたお礼に冷たいビールをおごってあげるわ」
「いえ、そんなお構いなく…」
そうは言ったものの、アンジーは諦めるつもりはさらさらなかった。両腕で僕の腕を抱え、資料室から引き連れ、外に出た。二人、それぞれの車に乗り、彼女が知ってるパブに行った。そして、それから2時間、僕たちはビールを飲みながら、お喋りしたのだった。
その夜、僕は彼女についていろいろ新しい情報を得た。アンジーは4年前にハーバード大学を卒業したばかりで、この会社の准法律士の中で一番若い。音楽や映画での好き嫌いについても知った。
彼女の方も僕についてたくさん知った。ビールのせいで僕は饒舌になり、ハイランダー・シリーズが大好きであることまで語っていた。そういうことは僕の場合、普通はないことだった。
2時間ほど経ったら、彼女が言った。
「ねえ、ジャック? 何か食べない? 家に帰る前にお腹に何か入れておいたほうが良いと思うの」
実はあまりお金を持っていなかったのだが、その誘いを断ることはできなかった。パブを出て、街を歩き、あるレストランに入った。
注文した食事を待ってる間、僕たちはさらにお喋りを続けた。その時、アンジーは、ちょっと重要なことを言う時など、僕の手を握るようになっていた。料理が届き、食べはじめたが、僕はどこかアンジーと特別な間柄になったように感じた。会社の他の誰も知らない秘密を分かち合ったようなものだから。
食事が終わり、外に出て、先のパブの駐車場に戻った。アンジーも僕もそれぞれ自分の車にもたれかかりながら、別れの挨拶をした。
「ほんと楽しかったわ、ジャック。こんなに楽しかったのはずいぶん久しぶり」
「僕も楽しみました。今度はぜひ僕におごらせてください」
「そうね…」 とアンジーは言い、突然、僕に近づき唇にキスをした。
そのキスは、映画などで見る情熱的なキスではなく、どちらかと言えば友だち同士のキスのようなものだったが、僕には何か別の雰囲気がそのキスに込められていたように感じられた。単なる僕の想像かもしれないが、何か、パッと燃えるような心が込められていた気がした。
その後、僕たちはそれぞれの車に乗り込み、別れた。僕はその週末、何度も、そのキスのことを思い出すことになったのだった。
つづく