トリスタとトリスタの母親、そして俺が雑談をしている間に、父親は仕事に戻って行った。壁に掛ってる時計を見たら、もうすでに8時を過ぎていた。すぐに、クラブ・カフスに行かなければ。グラフ先生とのショーを登録しなければいけないからだ。
「もうそろそろ帰ります。お会いできて楽しかったです」 と俺はトリスタの母親に手を差し出した。
トリスタの母親は俺の手を取り、握手した。
「こちらこそ楽しかったわ。良いことがありますように、ジャスティン」 と最後にもう一度、俺の手を握った。
挨拶をしようとトリスタの父親を捜したが、どこにもいなかった。
「私、車まで送るわ」 とトリスタがドアを開けた。
二人で外に出て、俺の父親のバンに歩き始めた。先に歩いてたトリスタが、肩越しに俺を振り返り、手を出して俺の手を握った。俺は優しく彼女の指を揉んだ。指が冷たくなっている。
「終わってほっとしたよ」
「どうだった? うちのお父さんはひどい人だって、前に私、言ったわよね?」と、にんまりしながらトリスタが言った。
車に乗り込み、ドアを閉めて、ウインドウを降ろした。
「今夜、来てくれてありがとう、ジャスティン。とっても嬉しかったわ」
「いやあ、たいしたことないよ」
次の瞬間、何が起きたか分からないうちに、トリスタは車の窓の中に顔を入れ、俺の唇にキスをしていた。軽く唇を触れるだけのキスだったが、柔らかい唇の感触が素晴らしい。彼女の温かい鼻息が顔にあたる。
2秒ほどしかなかったキスだったが、何時間も続けていたように思われた。
キスを解いた後、トリスタと俺は、黙って互いに瞳を見つめあっていた。そして彼女は、とてもゆっくりと、再び俺の唇に唇を近づけてきた。
今度は、俺は少し口を開き、彼女の上唇を唇で挟み、自分に引き寄せた。そして舌を出して、軽く彼女の上唇をなぞった。唇の皺のひとつひとつを堪能するように舌を滑らせた。
トリスタもベルベットのような舌を伸ばし、俺の下唇をなぞっていた。
ようやくキスを解いた後、長い沈黙の時間が続いた。その間、俺たちは互いの気持ちを確かめあうように、互いに見つめ合った。
「わーお」 と、トリスタは小さな声で呟いた。「私たちこんなふうにキスするなんて、思ってもいなかったでしょう?」
俺は微笑んだ。彼女は身体を起こし、二人にとっての最初の公式的なキスが済んだことを示した。
「もう帰っちゃうのね」 と、トリスタは車から1歩ほど離れた。
俺はエンジンをかけ、車を動かし始めた。
「明日の午前中、コーヒーショップに立ち寄るから」 とハンドブレーキを緩めながら言った。
「待ってるわ」 と彼女は下唇を噛みながら手を振った。
車をゆっくりと動かしながら、ミラーでトリスタの姿を見つづけた。そして、教会の駐車場から通りに出た。
まだ時間は早いのだが、ステージ・ショーのリストに名前を登録するため、クラブに行かなければならなかった。