俺は昨日と同じ席に座った。トリスタはどこかむなしそうに働いていたが、俺が座ってることに気づくと、満面に笑みを浮かべて、近寄ってきた。
「こんにちは」 と俺にコーヒーを注いでくれた。
「調子はどう?」
トリスタはあたりを見回した後、俺のテーブルに腰を降ろした。少しムカついている雰囲気だった。
「昨日の夜、お父さんと大喧嘩したの」 悲しそうな顔で言った。
「どうして?」
「帰るのが遅すぎるって」
トリスタは緑色の瞳を輝かせて話した。それを見て俺も思わずドキドキしてしまった。
「ちょっと良いことを考えたの」 とにっこり微笑む。
「どんなこと?」 と俺も微笑んだ。
「今日、この後は仕事の休みを取ったの。でも、お父さんは私は午後4時まで仕事してると思ってるわ。 …それで、だけど… 一緒にモールに行って、何か食べない?」
「もちろん! …でも、俺、クルマ持ってないよ」
「バカね。私が持ってるわ」 と言ってトリスタはブースから滑り出て、立ち上がった。
「パンチカードを押してくるから、ちょっと待っててね」 とカウンターの方へ歩き出し、エプロンの紐をほどいた。
「ジョン、じゃあ、お先に!」
トリスタが雇い主に挨拶する声が聞こえ、そのすぐ後に彼女は俺のテーブルに戻ってきた。そして、「さあ、行こう!」 と手を差し伸べた。
二人で手をつないでコーヒーショップを出て、彼女のカマロに乗り込んだ。汚れひとつなく飾り気のない車で、芳香剤がミラーからぶら下がってるだけ。
「モールで何かお昼を食べましょう」と、彼女は車を駐車場から出しながら言った。
車の中ではお喋りを続け、互いのことをさらに知り合った。モールに着き、駐車し、店内に入った。そして、フードコートに直行した。
二人ともハンバーガーとポテト、それに飲み物を注文した。二人とも腹をすかしていたので、食べてる間はほとんど会話をしなかった。ようやく食べ終わり、お互い満腹になったと言いあった。
「腹ごなしに、少しモールの中を歩かないか?」 とトレーや紙くずを片づけながら訊いた。
「ええ、そうしよ」 と、トリスタは勢いよく立ち上がった。
二人で歩きはじめると、トリスタは柔らかな指を俺の指に絡ませて、手を握ってきた。俺も握り返し、二人で手をつなぎながらモールのメインの通りを歩いた。
途中、ホット・トピック(
参考)の前を通り過ぎた。この前、グラフ先生の首輪と鎖を買った店だ。次に、ジュエリー・ショップの前を通った。先生にセクシーなアンクレットを買った店だ。さらにぶらぶら歩いていると、今度はフレデリックス・オブ・ハリウッド(
参考)が出てきた。驚いたことに、トリスタはこの店の前で立ち止まり、ウインドーの中を覗き込んだ。
「うわー、あれすごくセクシーね」 とセクシーなブラとソング(
参考)をつけたマネキンを見て言った。
「それにあれも!」 とストッキングやガーターを指差して言う。
ちょっと勇気を出して言ってみた。「ああいうの、家に持ってるの?」
トリスタは、いきなり高笑いした。ちょっとヒステリック気味に。
「アハハ、どうかしら? あなた、うちのパパがどんな人か忘れちゃったんじゃない?」
「まあ、でも、お父さんは下着姿の君を見るわけじゃないだろう?」
トリスタは頭を左右に振りながら、別のウインドウのディスプレーへ俺を引っ張った。
「あの靴、すごく素敵!」 とスパイク・ヒール(
参考)の靴を見ながら言った。
「いつか、ああいうのを履いてみたいわ」 と呟きながらトリスタはゆっくりとランジェリーショップから離れた。
さらにしばらく歩くと、モールの中央の噴水があるスペースに来た。俺たちはその端に腰を降ろした。トリスタは俺の隣に座り、頭を俺の肩に持たれかけた。
「今日は一緒にここに来れて良かったわ、ジャスティン」
「僕もだよ」 と俺も頭を彼女の方に傾けた。彼女のきれいなブロンドの髪の毛からイチゴの香りがした。
~ * ~
イサベラは、レオンが父の居城の深部に通じる秘密の通路を発見していたと知っても驚くべきことでもないとは分かっていたが、それでも、どうしても驚いてしまうのだった。レオンは、イサベラの部屋の奥の壁を覆っていた大きな埃っぽいタペストリーを捲りあげ、石壁を押し、その奥の狭い通路をあらわにした。それを見て、声にならない驚きのため息を漏らすイサベラだった。
「どうやって?」 イサベラは、ゆっくりと暗い通路を進むレオンのリネンのシャツをつかみながら尋ねた。
「お前の父親は、この城に住んでいた家族を殺し、城を乗っ取ったとき、ひとつ過ちを犯したのだ。家族の執事を生かしておいたという過ちだ。その執事は、俺の名前を知り、俺に近づいてきた。そして、城の秘密を教える代わりに、お前の父親を殺してくれと約束させたのだ」
「どうして、その執事は助けを国王に求めなかったのです?」 イサベラは、父親の行動の卑劣さを理解しようとしながら、無邪気に尋ねた。
「お前の父親は、その執事の妻と娘たちを人質として地下牢に閉じ込めていたのだ」
イサベラは、執事とその家族が味わったに違いない恐怖を想像し、体を震わせた。
「レオン、私は戻らなければいけません。その人たちを解放しなければ…」
「彼らはもう自由の身になっている。俺自身でしたから確かだ」 レオンの声は、それはすでに片付いたこと、これ以上、考える必要はないとでも言いたげな声の調子だった。
それでもイサベラは、レオンが自分の部屋に忍び込んできた夜のことや、父の馬が逃がされたことなどの断片的な出来事を考えた。それをつなぎ合わせると、レオンがその執事の求めに応じて取った行動だったのだと悟る。自分の命を危険にさらして約束を果たしたレオンに、イサベラは圧倒される思いになった。
レオンは、イサベラを抱えながら、手さぐりしつつ暗闇の通路を進んだ。いつまでも続く長い暗闇。だが、やがて通路は少し開けた雰囲気になっていた。頭上にはいくつも鉄格子が張ってあった。それを通して、月明かりが優しく差し込み、レオンの足もとを照らすようになっていた。
レオンは、その鉄格子の一つの下で立ち止まり、片手で横にずらし、隙間を作った。そして、イサベラを抱えあげ、その隙間の向こうへと押し出した。
地上に押し上げられたイサベラは、大地に立ちあがりあたりを見まわした。そこは木々の茂みの中だった。
彼女の前、林の向こうには、苔に覆われているように見える開けた土地が広がっており、満月の光を受けた木々の枝が、手の指を広げたような形の黒い影を落としていた。地面は湿って柔らかく、足の指が地面に食い込むような感じだった。空気も湿っている。
レオンも這い上がって彼女の横に立った。そしてイサベラの手を握った。
イサベラは、横で何かが動く気配を感じ、レオンにしがみついた。
「心配ない。あれは俺の手下たちだ。お前に危害は加えない」 とレオンは手をイサベラの背中にあて、優しくさすった。レオンの手下たちは静かに二人の周りに集まった。