「二階に上がって、そこで担当している旦那さんを見つければいいんだよ。その人が教えてくれる」
その2分後、ブルースは二階に通じる階段を登っていた。二階は静かで、非常に薄暗い照明だった。廊下の突き当たり、影のところに、小さな椅子に座る人物を見た。近づくと、その男の首にBCのペンダントがぶら下がっているのが見えた。
「私の代わりの人?」 とその男が訊いた。
「ええ、どうすればよいか教えてくれますか?」
「もちろん、いいですよ。私の後に続いてください」
男は廊下の中央にあるドアへブルースを連れていった。
「ここが補充品を入れてあるクローゼットです。シーツ、タオル、毛布などがあります。一番上の棚にはろうそく、石鹸、枕カバーがあります。一番下のここには、冷蔵庫があって、シャンパンやミネラル・ウォーター、ソフト・ドリンクが入ってます。グラスはここ」
「ありがとう。実は、今回、初めてなんですよ。それで、誰かが部屋を出たら、私は…」
「その人たちが廊下を過ぎて階段を降り始めるまで、待つのです。その後、シーツと枕カバーとタオルを持って、部屋の中に入る。シーツを新しいのに交換します。タオルもおなじ。ぐずぐずしないように。新しいカップルが上がってきて、部屋の準備ができていなかったら、マズイでしょう? 必要なら、
グラスも交換。ろうそくもです。その後、汚れものを持って、待機しているときに座る椅子の下にあるかごに入れるのです。角のところには、使ったグラスや空きビンを入れるものがあります。分かりましたか?」
「ええ、たぶん…」
「廊下を向いて椅子に座る。二階に誰か上がってきたり、部屋から出てくるときは、目を伏せるように。カップルたちの顔を見てはいけないのです」
「ありがとう」
「いいえ、別に。大丈夫、うまくできますよ。現在のところ、空いてる部屋は一つです。他の4部屋は埋まってます。カップルが二組、30分ほど前に入って行きました。他の二部屋は、私が担当についたときに、すでに埋まってました」
「あの… 実は、私の妻が二階に来てるかもしれないのですが」
「本当ですか? 誰と一緒でした?」
「マイクという名前」
「ええ、ええ。奥さんなら来てますよ。左側の一番奥の部屋です。どうやら、ずいぶん楽しんでるようですよ。すでに、少なくとも2回はイってますね。奥さんの叫び声が聞こえましたから。ああ、マイク! やって、やって、イっくうぅぅ!って」
「ったく!」 とブルースは呟いた。
「ここ15分くらいは、あの部屋、静かになっていますね。マイクはいつも、何ラウンドもやれますから、たぶん、もう少ししたら奥さんの声を聞けると思いますよ。それにしても、あなた、運が良いですよ。ところで、男性とそのお連れの女性に対する呼び方は知ってますよね?」
「ええ、知ってます」
「良かった。奥さんに恥をかかせたり、連れの男性を怒らせたりしないように。そこが一番大切な点です。それじゃあ、また」
ひとりになったブルースは小さな椅子に腰を降ろした。15センチから20センチくらいの高さしかない椅子だった。子ども用の椅子に座った大人のような感じだった。
私たちはアンドリューに顔を向けた。たぶん、二人とも食ってかかりそうな顔をしていたと思う。アンドリューもそう感じたのだろう、半歩くらい後ずさって、自分を守ろうとしてるように両手をかざした。
「二人とも、本当にすまない。正直なところ、君たちは避妊してると思っていたんだよ。これまで誰かを妊娠させそうになったことなど一度もなかったんだ。そういうことを考えすらしなかった。僕の責任だよ。紳士というものは、常にご婦人のことを気遣うべきなんだから」
ドニーが言った。「そのとおりよ、アンドリュー。まさに、ものすごく気遣ってほしいと思ってるご婦人がここに二人いるんだからね」
アンドリューは混乱してる顔をした。「どういう意味? 君たちは僕に怒っていないの?」
私は思わず笑ってしまった。アンドリューはとても繊細な気遣いができるのに、時々、明らかなことに気づかないことがある。
「アンドリュー? あなたは、両手に花の状態なのよ。しかも、その両手の花は、どちらも極限までににエッチな気持ちになってるの。どうしてそうなってるのか分からないわ。あなたは、もうすでに、私たちが知ってる中では最高に魅力的な男性になっている。でも、それに加えて、あなたが容易く私たちを妊娠させることができるかもしれないと、分かったわけでしょう? 私たちすでに妊娠してるかもしれないのよ! これって、ものすごくエロティック!」
アンドリューがショックを受けてるのがはっきり見て取れた。「き、君は妊娠がセクシーだと思ってるの?」
ドニーが言った。「あなた、賢すぎるというわけではないのね。そういうところがある男の人って好きだわ」
ドニーはアンドリューに近づき、両腕を回して抱きよせた。そして、ものすごいキスをした。魂の根幹に触れるような、心臓が止まりそうなキス。
ようやくドニーがキスを終え、彼を離したあと、今度は、私が彼を私の方を向かせ、同じことをした。私も、この体でできる限りの最大級に情熱溢れたキスを彼にしてあげた。私が空気を求めて唇を離したら、またドニーが彼を引きよせた。再び、官能的なキスをたっぷり彼にする。
アンドリューは、顔を赤くさせ、ハアハアと息を荒げながら、後ずさりした。ズボンの前に、はっきり勃起してる姿が出ている。
「も、もし、これが前戯だとしたら、僕は死んでしまう!」
私は、彼が可哀そうになって、正直に話さなければと思った。
「アンドリュー? ここには女が二人いて、男はひとりしかいないの。そういうのを夢にしている男がたくさんいるのは知ってるわ。でも、実際に、この状態をやってのけられる男がたくさんいるとは思えない。少なくとも、女の子二人とも満足するようにやってのけられる人はほとんどいないと思う。でも、あなたは、大好きなあなたは、その例外よ。実は、私、この週末は、あなたにドニーと過ごすように頼むつもりだった。少なくとも、彼女が飛行機に乗るまでは一緒にいてあげてと言うつもりだった。でも、ごめんね、ドニー。私、とっても興奮しちゃって、それはできなくなってしまったの。分かってくれるわよね、ドニー?」
ドニーは頷いた。「ディ・ディ? たとえ、あなたが、今の私の半分くらいしかエッチな気持ちになっていないとしても、彼を共有したいと言ったからって責めたりしないわ」
「ねえ、アンドリュー? 普通の私たちは、二人とも、感情を完璧にコントロールできる、仕事を持った冷静な女だわ。でも、この数日間、あなたは私たちの中にある感情を叩きこんでしまったの。その感情のために、私たち二人とも間抜け笑いをするおバカになってしまってるのよ。なのに、今度は、これ! 子供が産めるという可能性! でも、少なくとも、いまは私たち大声でわめいたりはしないわ。とりあえず、そのことだけは感謝して」
「でも、昨日の夜、君たちは破ることのできないルールを立てたはずだよ。君たちがセックスに関していうことはすべて注意深く聞いていたから、ちゃんと覚えているんだ。そのルールとは、1対1のみというルール。あのルールを変えるつもりなの?」
ドニーが答えた。「いいえ、変えないわ。あなたはシステムアナリストだから、算数はできるでしょ? この部屋にはベッドが二つあるのは見えるわよね? 私は、そのひとつに入るわ。ディ・ディはもう一つのベッドに入る。あなたは好きなように、ふさわしいと思ったベッドに渡り動けばいいの。確かに、これは普通に行われていることじゃないけど、でも、アンドリュー、私たちどちらも今すぐあなたが欲しくてたまらなくなっているのよ!」
ドニーは服を脱ぎ始めた。脱いだ服を手近な椅子に放り投げている。私も同じことを始めた。二人ともアンドリューの瞳を見つめながら。
アンドリューは魚のような顔をしていた。口をアルファベットのオーの字にして、パクパク開けたり閉じたりして呼吸をしている。ずっと私たちを見つめたままだった。彼にとっては、見なければいけないところがたくさんありすぎたようで、どこに視線を固定してよいか決められないようだった。
ドニーが一つのベッドに乗って、ゆったりとした姿勢になった。私ももう一つのベッドで同じ姿勢になった。ベッドのシーツを捲りあげて、全裸の体をあらわにして恋人が来るのを待った。
ドニーがアンドリューに手招きした。「ねえ、アンドリュー、ボールはあなたのコートに入ってるのよ」
「ジャッキー」第2章
これまでのあらすじ
ジャックは結婚して半年になる妻のアンジーが浮気をしている現場を見てショックを受けながら、二人が知り合った頃を回想するのだった。バイトをしている法律事務所で勤務時間外の土曜に仕事の残りをしに来たジャックは、すご腕の上司アンジーの仕事を手伝った。仕事を終えた二人は一緒に食事をし、楽しいひと時を過ごしたのだった。
次の月曜日、土曜日に仕上げた仕事を提出した時、ランディ・サベイジがロバートソンさんのオフィスに駆け込んできた。
「あの女に格下げされたよ。信じられるか? あの女、俺が1回だけ週末に休んだからって、そんな理由で俺を格下げしやがった」
「今朝、朝いちで電話をしてきたから、知ってるわ」と、ロバートソンさんはランディに言った。そして僕の方を見て、続けた。「ジャック、次の標的はあなたね。というわけで、今朝、彼女はあなたを個人的にご指名してきたわ。実際、他に選択肢がなかったというのもあるわ。すでに、この部局では、あなた以外の全員を一度は試してきてるから。彼女と2週間以上もつかしら? お楽しみだわ」
誰のことを話しているのか聞くまでもなかった。ランディは、この2週間、アンジーのもとで働いていたからだ。それに、この会社でバイトするようになってからの半年間に、何人も他の人が彼女のもとで働いては、追い返されてきたのを知っている。誰もが、彼女を罵りながら帰ってきていた。
自分の持ち物をまとめてアンジーのオフィスに向かうのに、たいして時間はかからなかった。個人の持ち物を入れた箱をアンジーのオフィスのミーティング用テーブルに置き、軽く彼女のオフィスのドアをノックした。どうぞ、と声がかかり、僕は中に入った。
アンジーは僕の顔を見るなりパッと顔を明るくさせ、笑顔になった。デスクの向こうから歩いてきて、僕の手を取り言った。
「おはよう、ジャック。あなたを選んだこと、気にしていないと嬉しいんだけど」
「もちろん、光栄に思ってます」 と応え、僕しか選択肢がなかったことについては触れなかった。
アンジーは僕の手を握ったまま続けた。「なぜあなたを選んだかは、知っているはずよ。あなたなら私のところで恒久的に仕事を続けられるのじゃないかって感じがしてるの。でも、もちろん、職場のアバズレ女王は、なかなか満足させるのが難しいわよ。この仕事に立ち向かう覚悟はできてる?」
アンジーが自分のことをアバズレ女王と呼んだことに、僕は思わず微笑んでしまったし、アンジーも笑顔を返していた。「はい、あ… ぜひがんばってみたいと思います」と僕は答えた。
アンジーはぎゅっと僕の手を握った。「これだけは、最初に言っておくわね。あなたは、これから3ヶ月間は見習い期間を続ける。ここで、それだけ長く続けられたら、正規の助手に昇進し身柄は恒久的になるわ。当然、それに応じて給料も増える。その場合の給料は、もちろん、今日の日付までさかのぼって増額される。以上。もし、まだ、この仕事をやれると、私ともちゃんとやれると思ってるなら、さっそく仕事に入りましょう」
それだけだった。すぐに分かったことだが、アンジーは僕に調査の仕事ばかりでなく、秘書としての仕事や、個人的な助手としての仕事も求めていた。毎朝、僕はアンジーに面会の約束や、何時にどこに行かなければいけないかを伝えなければならなかった。それに書類や顧客への手紙のタイプもした。彼女と一緒に裁判所に出向き、一般席に座り、アンジーが情報を求めた場合、すぐにそれを渡せるように待機することもあった。
彼女と仕事を始めてすぐに分かったことだが、アンジーは、法律のことになると、非常に粘り強いのだった。決して敗訴することはできないと感じてるらしいし、裁判所に行くのを楽しんでいるようだった。アンジーは、自分自身で、よく自分をアバズレ女王と呼んでいたが、弁護士たちの中には、そのアバズレ女王と戦うことになると知ったときに露骨に嫌な顔をする者が、一人ならずいた。一度、ある弁護士が別の弁護士に、彼女はフレンチ・プードルの顔をしてるが、ブルドックの性格だと言うのを小耳に挟んだことがある。アンジーは、その言葉を褒め言葉と受け取っていた。
3か月の見習い期間はあっという間にすぎた。週末も働くのが普通で、まれに週末に仕事を休んだことがあったが、その時を除くと、僕とアンジーはほとんど常に一緒にいたと思う。ランチも夕食もいっしょに食べるのが普通だった。たいていは、アンジーのオフィスの外側のオフィスにあたる会議室で食べる。でも、時々、レストランに行くこともあった。その時はアンジーが支払ってくれた。