「お父さん? このような事態になったのを容認したのはお父さんなんだよ。しかも、自分の息子を守ろうとも、助けようともしなかった。お父さんは、自分がこの状態を続けていきたいという理由から、僕を犠牲にし、僕にこの状態に合わせていくように期待したんだ。みんな誰も僕のことを考えていなかったし、これがどんな影響をもたらすかも考えていなかった。どの1人も、自分のことしか考えていなかった。まあ、そういうわけで、僕も、そろそろ自分のことだけを考える時期になったと思ったわけだよ。そして、僕が自尊心を幾ばかりかでも保持できる唯一の方法は、ここから抜け出し、僕のことを、こんなにも軽視したアバズレ女どもにいくらか仕返しをしてやることだと思ったわけだ。自分で乱したベッドは自分で直すことだね。やったことの責任は自分で。どんな戦争にも罪のない哀れな傍観者がいるものだが、この些細な戦争においては、ジョイスと彼女の子供たちが、それに当たるんじゃないかと懸念しているよ」
僕は最後にテッドに顔を向けた。
「テッド、君が、ここにいる哀れなウインプ夫と同じくらい男らしい男で、僕がしてきたように、ここにいる者たち全員を養い、医療費を払っていけるだけの経済力があるかどうか、お手並み拝見とさせていただくよ。ここにいる者の中で、結局、誰が本物の男だったか、すぐに分かるだろう。君は、この家族の知り合いたちの誰からも援助はもらえないし、父からも、ましてや僕からのお金ももらえなくなる。たまたま生まれの偶然からか、君は、人より大きなペニスを与えられていたかもしれない。だが、君は、これまで与えられてきたものを手に入れるためには、いっさい何もしてきていなかったのだよ・・・」
「・・・まあ、ここにいる3人の淫乱女たちを使って、彼女たちを街に立たせて、金儲けすることはできるかもしれない。毎日の支払いをしたり、ビールとワインを飲みまくるくらいのお金は稼げるだろう。だが、もちろんのことだが、それを続けていくとすれば、女どもを街に働きに追い立てなくてはならないだろうし、その後どうなるかだな。それに、近々、請求が始まる医療費のこともある。それはちょっと考えておいた方が良い額になるよ・・・
「・・・おっと、それから、テッド、君はお母さんをけしかけて、お父さんに、君を会社のパートナーにするよう仕向けただろう? とすると、会社の倒産に関しては、お父さんと一緒に君も責任を負うことになるよ。逆に、お母さんは、君の命令で、僕を会社のパートナーにはさせなかったわけで、その点では君に借りができたかもしれない。そもそも、君が会社のパートナーなどにならず、会社に首を突っ込まなければ、お父さんは僕をパートナーにするほか道はなく、こんなことにはならなかったんだがね。お父さんは、このことを君やお母さんに全部、説明しようとしていたらしいじゃないか。少なくとも、会社の秘書は僕にそう言っていた。ああ、そうだ、その点ではお父さんに感謝するよ。この秘書の話を聞いて、僕は今日のことを思いついたんだから」
僕は皆に背を向け、玄関へ向かった。
玄関に着いたとき、僕の後ろで、断末魔の大騒ぎが沸き起こっていた。互いに相手の悪口を言い、この出来事の責任を押し付けあっている。僕は苦笑いし、家を出た。
私が玄関に出た。夕食のすぐ後。マリアに挨拶をしたが、彼女は、ちょっと思わせぶりに微笑んでウインクをして私を見ているだけだった。そして、彼女は、ベンが座って待っているリビングに入っていった。そこで、彼女は、立ったまま彼を見下ろしていた。どことなく、何か期待している表情をしている。だが、笑みはなかった。ベンが顔を上げ、やあ、マリアと言ったけど、マリアは、まだ、突っ立ったまま彼を見下ろしていた。ようやく、ベンが立ち上がり、彼女の前に立った。そのとき、一瞬、マリアの口元に笑みが浮かんだような気がした。
「両手を頭の上に」
マリアがようやく口を開いた。小さな声だが、力がこもっていた。
「はい、女王様」
彼は命令に従った。体を硬直させ、気をつけの号令を受けた兵士のように直立した。マリアは、彼を検査でもしているように、彼の周りを歩きまわった。彼は、目すら動かさず、じっと直立していた。マリアは私に目配せし、微笑んだ。私と対面しつつも、彼に問いかけた。
「命令に従う心積もりはできてるか?」
「はい、女王様」
「私たちは映画に行く。ついてきなさい。2人とも」
マリアを止めるのは不可能のようだった。私とベンは、彼女に従って、外に出た。
私たちは彼女の車に連れて行かれた。助手席に男の人が座っていた。・・・前とは違う男の人だったが、この人も若くて、とてもハンサムだった。マリアは私たちに後部座席に座るように指示し、車を走らせた。近くのシネコンへと行く。誰も一言も話さなかった。
その映画は公開されてからかなり経っており、劇場にはほとんど客がいなかった。ベンなら、その映画は、ベンなら見たがらないと思われる映画だったが、私は、見ようかと考えたことはあった。マリアは、前の方に半分ほど行った、右の側席に行くように指示した。がら空きなので、中央部であれ、どこにでも好きなところに座れたのだけど、どういうわけか、壁に沿った側席を指示した。私が通路側、ベンたち男2人は壁側に座り、マリアが私と男たちの間に座った。
映画が始まると、マリアは男たちに何か言った。ちらりとそちらに目を向けて見た。すると、ベンたち2人は、椅子から降りて、床に座っている。しかも服を脱ぎ始めてもいる。そして、シックス・ナインの形で床に横になり、お互いに吸い始めたのだった。
マリアに、映画を見るようにと注意された。私は2人の方を見つめていたに違いない。彼らは床に横になったまま、黙々と、相手を吸っていた。やがて、ようやく、私は映画にのめりこんでいた。悲しい映画で、私は泣き出していた。マリアも同じだった。マリアは、また何か2人に話していた。映画が終わるまでには、2人とも元通り席に座っていた。映画館を出た後、私たちは建物の裏手の陰になっているところへ歩いた。そして、そこでもマリアは、2人に裸になるように命じ、さらに再びシックスナインをさせたのだった。アスファルトの上でである。家に帰った後、マリアは私に言った。
「しばらくベンとはセックスしないように。ベンは、誰がボスなのかはっきり知る必要があるから」
「報復」 第2章
6月第3週
その週が終わるまで、スティーブは、ピックアップに乗り込み、どこかに出かけようとするたび、そろそろ彼を連行しにパトカーが来るころだろうと、半ば予想しながら過ごした。あれから2日経っても、真夜中に玄関をノックする音がすることも、建築現場に制服を着た警官が彼を逮捕しに来たりすることもなかった。彼は次第に心が落ち着いてきた。あの日、バーバラと一緒にいた男に、通報しても構わないと苦々しく約束したものの、不安であるには変わりはなかった。地方検事がスティーブに罪を宣告した場合、彼には何ら合法的な弁解の余地がないのは分かっていたからである。
逮捕されるのを待つ間、スティーブは兄のジョンが推薦してくれた女性弁護士のところに通っていた。ジョンに言わせると、彼女は法廷ではブルテリア犬(
参考)のように攻撃的らしい。ついこの前も、ジョンの友人の1人を担当し、彼の妻が不貞を行ったという証拠がほのめかし程度しかなかったにもかかわらず、3人の子供の養育権をもぎ取ったという。スティーブは、当事者双方に責任を課さない、単純な離婚以上、何も求めていなかったが、それより先に進み、彼のために極度に攻撃的になってくれそうな弁護士を立てるのも良いかもしれないと思った。そうすることが彼の心境にピッタリするなら(
参考)、の話だが。
家の鍵は、金曜日までにすべて、交換した。バーバラの衣類の大半は、30箱程度の衣装箱に詰め込み、彼女の個人的な持ち物も小さな箱に詰めた。スティーブは、その作業にだらだら時間を掛けなかった。衣装棚や引き出しから、クローゼットの横棒に吊るされているものまで、ありとあらゆる衣類を一掃し、手当たり次第に、近くに置いてある箱に放り投げた。
衣類を詰めた箱はすべてテープで止め、ガレージにもって行き、積み上げた。間もなく、彼の元妻の身分になる女が、ここに来て、その箱を持っていくだろう。一応、片付けた後も、何度も箱に入れ忘れた物が出てきた。スティーブは箱を1つだけ開けたままにしておくことに決めた。新しい小物を見つけ次第、その箱に放り投げられるようにである。
土曜日になり、まだ彼は自由の身のままだった。スティーブは、バーバラとやっていたあの馬鹿男は警察に通報しなかったのだと判断した。この3日間、毎日、バーバラから数回にわたり電話が来ていた。だがスティーブは、それには出なかった。電話に表示される発信者の番号が彼女の携帯電話の番号だったり、彼女の親族の電話番号だった場合、いずれも彼は無視した。電話に出ないことでバーバラが怒っているに違いないのは分かっていた。だが彼は気にしなかった。
また電話が鳴った。義理の父親の持っている携帯電話からだと表示されていた。スティーブは、衝動的に、そろそろ沈黙を破る時期が来たと判断した。
「もしもし、ロイド?」
スティーブは静かな声で受話器に話しかけた。向こうでは、少しの間、沈黙があった。
「ああ・・・スティーブ!」
バーバラの父親は、スティーブが電話に出るとは、正直、予想していなかったようだった。
「はい。何か御用でしょうか?」
「ああ・・・スティーブ・・・えっと、今回のことについては私もただただ済まないと思っている・・・つまり、君とバーバラの間の問題についてだが。私は・・・いや・・・私たちは、一度、君に家へ来て、話をしてもらえたらと思っているんだ。私たちが、君の状態を考えているというのは分かっていると思うし、誤解したまま、もっと事情が悪くなるのは避けたいと思っているんだよ」
スティーブは、しばらくの間、何も言わなかった。このコードレスの受話器をテーブルに置いて、そのまま、立ち去ってしまおうかとも考えた。この電話は、受話器を下に向けておくと、自動的に通話を切るようにできている。そうしてしまいたい気持ちになった。
「スティーブ?」
スティーブはさらに少し沈黙したままだった。
僕は数秒間、ぽかんと口を開けてマリアに見蕩れていたと思う。彼女は僕に近づき、手を握って言った。
「ズボンの前の盛り上がりからすると、あなたが女の子を好きなのは明らかなようね。だから、多分、あなたは完全なゲイじゃないと。じゃあ、私についてきて。仕事をしなくちゃね」
マリアの後ろについて歩きながら彼女に言った。
「僕は全然、ゲイなんかじゃないからね」
「うふふ。でも、今朝、あなたが着ていた服を見たら、そう言われてもちょっと納得しにくいわよ。何と言っていいか、可愛いピンクのネグリジェ姿でうろついている男がいたら、ベッドの中でも喜んで女の子の役割をやっているはずと思うから。ひょっとすると、あなた、バイセクシュアルかも。それもオーケーなのよ。って言うか、私自身も場合に応じてどっちにも切り替えるし。私のボーイフレンドは気づいていないけど」
言い返そうと思ったのだが、その前に、僕たちはキッチンについてしまった。マリアは、夕食の準備のためにしなければならないことを説明し始めた。さらに、どこにワインが貯蔵されているか、夕食と一緒に味わうにはどのワインが良いかを僕に教えてくれた。
マリアは、僕が知っておくべき事項をすべて説明し終えた。
「私はそろそろ出発することにするわ。だから、あなたも、シシーしか着ないような服に着替えてもいいわよ。明日も、朝食に来る時、怖がらずにあなたの部屋にあるメイド服を着てきていいわよ。私も、あなたがすっかり着飾ったらどれだけ可愛くなれるのか、見てみたいと思っているの」
「どうして、あのメイド服のことを知っているの?」
僕は、マリアがどうしてあの服のことを知っているのか、すっかり頭が混乱していた。
マリアは僕の手を握った。
「あなたがミス・トレーシーのところにいる間に、あなたの部屋に入ったの。私は、あなたがシシーに振る舞うことを、私の兄の時のように、強く押し進めたいとは思っていないわ。ただ、あなたが本気でそれに進む気なら話は違うけど。あなたの部屋にあるあのたくさんの可愛い服を見て、私はあなたもシシーだと分かったの。そういう風にあなたのプライバシーに立ち入るのは良くないことだとは分かっているわ。だから私を許してね。さあ、もう行かなくちゃ。私、今日は彼氏にビーチに連れて行ってもらうのよ」
僕が何も言えずにいる間にマリアは出て行ってしまった。
マリアが出て行った時までに、僕はすっかり混乱してしまっていた。どうして寝室のあの服が僕のものだとマリアは思ったんだろう? 彼女は、僕の前のメイドたちがあのユニフォームを着ていたのを見て知っていたに違いないのは確かだ。あのメイド服は新品であるように見えるものの、彼女があの服を見たことがあるのは確かだ。それに彼女が僕のことをシシーと呼んでいたことも気に食わなかった。一晩、僕がナイティを着ていたというのは確かに認めるよ。でも、そうだからと言って僕がシシーだとはならないじゃないか。それに、どうしてマリアは僕をゲイだと思ったんだろう。着ている衣服で、その人がゲイかどうか決まらないじゃないか。例えば、女の子で男子服を着ている人がいっぱいいるけど、だからと言って、あの女の子たちはみんなレズビアンということにはならないんだから。