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56_Battle buddy 1 「戦友 その1」
実に長い間、俺は玄関ドアを見つめたまま立っていた。明るい黄色の光に引き寄せられているのだろう、小虫が照明器具の周りを羽音を鳴らし飛んでいた。だが、それはほとんど気にも留めなかった。玄関チャイムのボタンのすぐ前に指を止めたまま、ためらっていたからだ。ボタンを押したかった。押さなければならなかった。だが、ドアの向こう側で目にするもの、つまりは、俺の人生の反対側で目にするもの、それが恐ろしく、俺は動けずにいた。
装具バッグのストラップを直した後、両肩を動かし、バッグをきちんと整えた。両目を閉じ、勇気が湧いてくるのを待った。俺は2度の中東地域への出征を生き延びてきた。だから、これも生き延びることができる。そう自分に言い聞かせた。そんな言い聞かせなど馬鹿げているとは知りつつも、心を落ち着かせることには役立った。だが、ドアの向こう、俺の前に横たわるものは、中東の戦場を渡るときに要する勇気とは異なった種類の勇気を要することは避けられない事実だ。無事に向こう側に行ける不屈の精神が自分にあればと願った。
目を開け、大きく息を吸い、そしてチャイムを鳴らした。返事はなかった。もう一度、同じ行動を行った。急に心の中に安堵感が侵食してきた。家には誰もいなければいいと。そうなら再会を先延ばしできると。
突然、ポケットの中、振動が始まり、驚きからビクッと体が震えた。電話をつかみ、メッセージを読んだ。「中へ」とあった。バッグを整えなおし、俺は指示に従った。威厳を保ったままでこの場から逃げることができたならば、確かに、そうしたことだろう。だが、俺の状況はそれを許さない。俺は、手を伸ばしドアノブを回すほか選択肢はほとんどなかった。家の中に入ったが、まるで、自分の破滅へと歩いている気がした。
再び電話が振動した。「寝室へ」とあった。
バッグを床に降ろし、玄関ドアを閉めた。「クラーク?」 俺は戦友の名前を呼んだ。「どういうことだ?」
返事はなかった。頭の中、昔の日々についての記憶がよみがえっていた。小さな家の中を進みながら、どうしてもジェームズ・クラークと共に生きた歴史のことを思わざるを得なかった。前回の徴兵で戦場に戻されるまで、俺と彼はずっと一緒に行動していた。それは、彼が軍を除隊する前の話しだ。彼が俺の妻と寝る前の話しだ。
俺は、彼を許すために彼の家に来たのである。ビビアンは悪女だった。彼女はクラークを操っていたのだ。ビビアンとクラークの関係を知った当時ですら、俺は彼を咎める気はほとんどなかった。だが、それでも裏切りには変わりなかったし、俺は怒って当然だと思っていた。それから2年が過ぎ、その間に、俺も少しばかり寛容な見方をするようになった。そして、もっと大きな男になろうと決めたのである。
それらすべての記憶を捨て去り、俺は寝室のドアを開けた。
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56_A son's vengeance 「息子の復讐」
ディーンの頭の中、1000もの疑念が駆け巡った。いま彼は、街で最も危険な男の前、素っ裸で、外見的には自信にあふれた様子で立っている。彼は笑顔を作って見せた。
「おじさま? あたし、おじさんがちょっとお楽しみをしたがっているって聞いたんだけど?」 ディーンは緊張で声がかすれ気味になっているのを隠そうとしながら訊いた。
男はビクター・ウィームズという。彼は嬉しそうな顔で、この官能的なシーメールをじっと見つめ、その後、ねっとりとした笑みを浮かべた。「確かに、いやらしそうな娘だな。ジュリアが言っていた通りだ」と彼は危険な香りがするかすれ声で言った。
ディーンは心の中、安堵のため息をついた。受け入れられた。難しいところをクリアできた。後は、これまでのトレーニングの成果を発揮すればよい。そしてビクターの警戒心が解けたら、一気に襲い掛かれる。バッグの中に持ってきた小瓶入りの毒が素早く仕事をするだろう。そして、ディーンの父の敵討ちが達成する。
今は、ディーンにとって3年にわたる努力の終結点にあたる。その始まりは、ビクター・ウィームズがウルトラ・フェミニンなシーメールに弱いということをディーンが発見したことから始まった。ディーンは全身を女性化し、その後、最高級のエスコートサービス店で働き始めた。そして、その数か月後、ようやく、お呼びがかかったのである。店の女主人のジュリアは、ディーンを推薦してくれた。賞賛に満ちた推薦だった。ディーンは何ヶ月にもわたって、ジュリアから様々な誉め言葉を勝ち取っていた。彼は卓越した娼婦になるというモチベーションがあったのであるから、それも当然と言えた。
そして今、ようやく、すべての完結に差し掛かっている。彼は、内心、興奮していたが、それを隠し続けるのは簡単ではなかった。後は、この男に触られるのを我慢するだけでいい。この男を喜ばせれば、それでいい。そして、そうするだけの体も能力も自分には備わっている。もうすぐ、復讐が達成されるのだ。
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56_A series of choices 「一連の選択」
「アハハ、面白いジョークだね」
「ジョークじゃないわ、ジェイコブ。あたしはマジで言ってるの。それをやるか、さもなければ、あんたが知ってる人みんながあの写真を見ることになるか。そのどっちかね」
「でも……」
「学校もね。あんたが教授のひとりと何をしたかを大学側が知ったら、大学は何て言うと思う? あの教授は確実に解雇されるでしょうね。でも、あんたはどうなるかな?」
「あれはボクが望んだことじゃないよ、テス! 君がボクにさせたことじゃないか!」
「あら? ちょっと、いい? あたしがあんたに何かさせたことなんかないわよ。あんた、知ってるわよね?」
「本当に? マジで? 自分で言ってておかしいと思わないの? ボクはこんなことを続けてしまって……。君はボクの人生をめちゃくちゃにしたんだよ」
「ふーん、そういうふうに思ってるんだ?」
「そういうふうに思っているよ」
「じゃあ、いいわ。でも、こうなる決まっていたと思うのよ。あんたは、いつでもやめたいときにやめることができたはず。でも、あんたはいつも楽な逃げ道の方を選び続けた。全部、あんたが自分で選択したことじゃない? ホルモンも、ちょっとしたネット・チャットの見世物も、あの男たちも、ラモス教授も。全部、あんたが選んだこと」
「君が仕向けたことじゃないか! いったん、ボクに君のパンティを履かせて、それをビデオに撮った後は、もう……何から何までエスカレートしてって、手に負えなくなってしまった。君がいつも、次から次へと過激なことをボクにさせ続けてきたんだよ。こんなこと、親に知られるわけにいかないよ。それは君も知っているよね? 親が知ったら、どんな反応するか、君も知ってるはず。それに……」
「そんなの、あんたの問題でしょ。でも、選択権はあんたにあったの。そしてあんたが選択した。毎回、いつも。そして、今も、また新しい選択肢が出てきたってだけじゃない? 今回はどうするつもり? その大きなディルドをお尻に入れて、あんたのファンにサービスする? それとも、あんたが知ってる人みんなに知られてるって状況に慣れるほうがまし? あんたが……」
「いいよ、分かったよ! やるよ。それでいいんだろ? でも、これが最後だって約束してよ」
「約束はできないわね。知っての通り」
「でも……」
「カメラが回ってるわよ。3…2… ちゃんと笑って……1…スタート!」
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56_A secret 「秘密」
あたしが、彼女のために、あたしたちのために、これをしたことを彼女が理解してくれるのを願ってる。あたしがこれを軽々しく決断したわけではなく、単なる気まぐれでしたわけでもないことを彼女が受け入れることができることを願ってる。あたしたちふたりが求めていたものを考えると、これが唯一の選択肢だった。あたしは、あの状況でできる、唯一の決断をしたのだ。このことが表す偽りの印象を無視することができるなら、これはすべてを変えることになる、しかも、より良い方向へと変えることになると思わざるを得ない。
ちょっと、いい? あたしはこれが間違ったことだと理解しているのよ。あたしがどこへ向かおうとしていたか、何をしていたか、彼女にちゃんと伝えるべきだった。でも、伝えても彼女は賛同しなかったと思う。同意しようとしなかったと思う。だから、あたしは、どうしてもしたいと思ったことを自分でやったわけ。あたしは嘘をついた。しばらく出張に出ると、1年近く不在にすると彼女に言った。でも、本当は、あたしはメキシコにある隔離された研究室に行ったの。そこは男性の妊娠にまつわる驚くべきことを研究している施設だった。
彼らは、彼女の卵子とあたしの精子を用いて、複雑な処置を行い、あたしに子を産む能力を与えてくれた。正確にどのようなことが行われたのか、あたしにはいまだにちゃんと理解できていないけれど、最終結果として、あたしは彼女があれほど切に求めていた子供を彼女に授けることができるようになったのだった。
でも、それはまだ完璧ではなかった。とはいえ、そもそも完璧なものなど、どこにもないものでしょう? その処置を受けた結果、あたしの体に劇的な変化が生じて、あたしは完全に女体化してしまったのだった。多分、それは、ホルモンと遺伝子レベルの配置換と関係してると思うけれど、正確には分からない。ともかく、あたしはかつてのような男性には二度と戻れなくなってしまった。でも、子供を授かるという褒美に比べれば、そんなことは小さな代償にすぎないと思っている。
気になっていることは、彼女がこれにどう反応するかだけ。前と変わらずあたしを愛してくれるだろうか? 彼女が、あたしの新しい体にまだ何らかの愛情を感じることができることを願うだけ。そうじゃない場合のことは、落胆がきつすぎて想像することすらできない。