次の週末、僕はアンジーの家に引っ越した。それほど荷物があったわけではない。もちろん自分の衣類はあったが、その大半はアンジーに買ってもらったものだ。ほんのわずかな個人的持ち物の他はすべて、同じアパートに住んでいた人に譲ったか、ただ捨てたりした。アンジーは、僕が敷金を回収できるようにと、アパートを清掃するサービスを雇った。
引っ越から2週間後のことだった。土曜日の午後で、僕はひとりで家にいた。アンジーは会社のパートナーとの大変重要な会議があるとのことで不在だった。会社の誰もが知っていたことだが、その日は前年度の収益を分けあい、下級職員も含めて、全社員にボーナスとして分け与える日だった。
家には僕だけだし、夕方遅くまでその状態であるのを考え、その日は家の掃除をすることにした。家の中はそんなに汚れていたわけではなかったが、塵払いや掃除機がけは充分にしなければならない状態だった。一階部分はあっという間に終わり、寝室を掃除するため、二階に上がった。
寝室の床に掃除機をかけていたら、ベッドの下にアンジーのハイヒールが転がっているのを見つけた。そこで、それを彼女のクローゼットに戻そうとそこに入ったのだが、改めて考えると、彼女のクローゼットに入ったのはその時が初めてだった。
そこは大きなウォークイン・クロゼットで、ドアの左右にいろいろなものを吊り下げる空間があった。クローゼットの奥には、畳んだものを置く棚がいくつもある。
彼女の靴をあるべきところにしまった後、ふとその棚の方に目をやった。棚の一つに、アンジーのストラップオンのベルトと偽ペニスがあるのが見えた。その棚には、まだ見たことがないディルドが他に3本置いてあった。皮で縁取りされた手錠が一つと雑誌も数冊置いてあった。
その雑誌を一冊とって見てみたら、女装を扱ってる雑誌だと分かった。表紙を見ると、男性がメイクをするときのコツを扱った記事の特集号だった。多分、アンジーが情報を仕入れたのはこの雑誌からだったのだろうと思った。他の雑誌も合わせて3冊ほど取り、寝室に戻って、それを読むことにした。ひょっとすると僕自身も何か得るところがあるかもしれないから。
最初の2冊はとても情報量が多かったけど、そこに書かれていることはすでに大半知っていることだった。三冊目の雑誌も情報量が多かったが、最初の2冊とは別の意味でである。その雑誌は「シシー・ワールド」という雑誌で、男性を泣き虫のシシー(オンナ男)に変える方法を扱っていた。
その雑誌には、実際の言葉より写真の方が多かった。女性の服装をした男たちが写っている写真。かなり淫らな写真もあった。その女装男性たちは、他の男や自分たちの妻や恋人たちに強要されて様々なことをさせられていた。妻や恋人たちと言ったが、この雑誌での言葉使いで言うと、女王様たちと言うらしい。
記事の中では、その女王様と呼ばれる女性たちが、自分が調教したシシーとセックスしたり、シシーに他の男とセックスさせたりする様子が描かれていた。女王様は他の男と、シシーを役立たずと罵り、あざ笑いながらセックスすることもあるらしい。
いずれにしても、どの記事もシシーと呼ばれる男たちに対して非常に侮蔑的なものだったし、どうしても僕はそのシシーたちと同類ではないかと思ってしまうのだった。どんなことを言っても、アンジーは僕にかなり似たことをしてるんじゃないか? 彼女は僕をシシーに変えようとしているのではないか?
でも、本当に不思議なことではあったのだが、僕は、その写真を見て不快感を感じていた一方で、奇妙に興奮してもいたのである。その雑誌を開いて、身体を縛られたシシーを見た瞬間から、ペニスが勃起していた。ページを捲り、新しい写真を見るたび、僕の両手は震えていた。そんなふうにしていた時、僕はアンジーに見つかったのだった。
僕は二階にいたので、アンジーが家に入ってきた時の音は聞いていなかった。彼女は、僕がお昼寝をしてるのかもしれないので、音を立てずに二階に上がってきたのだと言っていた。彼女に見つかった時、僕はAライン(
参考)のミニスカートとカシミアのクロップ・トップ(
参考)のセーターを着てベッドに横たわっていた。
というわけで、今回、車でサバンナの病院に向かう時、ディ・ディもドニーもお馴染みの結果を予想していた。4人の可愛い女の子の赤ちゃんだ。だが、実際には生まれてくるのは2人の可愛い男の子だ。僕は、これはサプライズにしておきたかったので、ふたりには言わないでいた。
確かに、大変なサプライズだった! ふたりともいつまでも泣き続けるのではないかと思った。その「ふたり」とは赤ちゃんの方ではない。赤ちゃんは全然泣かなかった。取り乱して泣きじゃくったのは、ドニーとディアドラの方だった。ふたりとも赤ちゃんを抱きたがり、いったん抱くと、決して離そうとしなかった。
それに男の子の名前も選んでなかった。僕は、次の女の子たちにはエディスとエーテルを加えようと言い張ったのだが、実際は、僕はその名前はまるで大嫌いで、あの時、事実をばらしてしまおうかと思ったほどだった。
それより前に、僕はディアドラから点を稼いでいた。彼女は「イブ」という名前が良いと言ったのだが、僕は「イブ」はダメだよと答えたのである。だって、君がすでに、アダムの僕にとっては「イブ」になっているんだからと。僕は、適切な刺激さえあれば、時々、とてもロマンティックになることがあるのである。
そんなこんなで新しい男の子たちの名前はエリックとイーサンになった。僕はエルビスがよかったんだけど、ディアドラは頑強に抵抗した。性別が違うだけで、同じ話しだ(僕がすでに彼女にっとってのエルビスだと)。EボーイたちはEガールたちと同じ能力を持っている。6人の子供たちが声に出さず互いにコミュニケーションできるというのは、今後、僕たちを待ち構えているトラブルになるだろう。
娘たちは男の子たちを愛している。エマはただ顔を見るだけで男の子たちを笑わせることができる。僕の考えでは、エマは、1歳に満たない子でも猥雑に面白い思うようなことを話してるのだろうということだ。多分、トイレ関係のユーモアだろうな。エマはその手のジョークが得意だ。「おなら」を意味する表現を100個、思いつくことができるのだから。もちろん、男の子たちは1歳にもなっていない。ディアドラが、僕は子供の教育に対して悪い影響を持っていると思うなら、彼女はまだ何も見ていないと言うことだ。エマが最悪なのに。
子供たちが、何か厳粛な行事で他の人がいる時に、真面目な顔をしてようと頑張ってくれるのは、一体いつのことになるのだろう。今は期待すらできない。特にエマときたら困ったものだ…。
だが、ともあれ、息子たちはまだ11カ月だ。やっと歩き始めたばかり。いつも笑っている。僕にとっては、一番子供たちが可愛い時期だ。
ドニーの話し幼い時期が言語習得に最適であるのはよく知られた事実だ。5歳くらいまでは、脳はあらゆる言語について非常に柔軟に習得できる。ディ・ディと私はその事実を活用することに決めた。
まあ、私たちは多少おカネがあった(アンドリューのビジネスはかなり順調に発展していた)し、時間もあったし、子供たちもとても知能が高かったから。子供たちの能力をどこまで高められるか、試してみようと決めたのだった。
毎日、ある言語の教師が家に来て、娘たちにある言語を教えている。言い換えると、毎週、毎日、異なった教師が来て、娘たちに異なった言語を教えている。月曜日はフランス語、火曜日は日本語、水曜日はドイツ語、木曜日は中国語、金曜日はスワヒリ語だ。私たちは、本当に言葉が簡単に習得できるものなのか、特にうちの早熟な娘たちにそれができるのか、確かめたいと思っている。アンドリューはフランス語を混ぜることを特に望んだ。外食しに出かける時、メニューで助けてくれる人が欲しいらしい。
私は、言語に関してはそれは正しいと確信している。特に、エマはこの世に生れてたった3年なのに6つの異なった言語で「ファック・ユー」を言えるのだ。彼女があのとても保守的な教師たちからどうやってその情報を得たのか、私の理解を超えている。アンドリューは全然驚いていないけど。
言語が幼い時期は簡単に習得できるという点については、アンドリューも同感している。彼がちゃんとポイントを捉えているとは思わないが。簡単に習得できるのは人間言語だけのはず。彼は娘たちにコンピュータ言語を教えている。毎日、今日はパスカルだ、今度はビジュアル・ベーシックだ、次はCだ、HTMLだ、そしてジャバだと。他にもあったけれど、そんなの誰が知ってるというの。アンドリューは、彼が知ってるたいていのプログラマーたちより娘たちの方が優れていると言っている。
僕は、大丈夫だよと安心させるような感じでダイアナの手を握った。実際は、僕はそんな気持ちではなかったけれど。笑って見せたけど、ちょっと作り笑いになっていた。
「君のコートは僕がちゃんと見守っておくから」
彼女はいろんな感情が混じった表情をしていて、それを読み取るのは難しかったけど、言葉には出てなかったものの、唇の形から「ありがとう」というメッセージを読み取るのは難しくなかった。
その時、妻のスーザンに浮気されたことを受け入れるのはとても難しかったことを思い出していた。浮気の事実を知り、僕は自分の荷物をまとめ、玄関を出て、8年間ほとんど幸せな思い出しかなかった家を飛び出したのだが、それは不可能に近いほど苦しいことだったのである。
いまの僕の感情は、その時の僕の感情とはまるで異なっている。いま、僕は、僕の「バービー」がひとりでドアを出て行き、その二分くらい後に彼女の「ケン」が上品に後を追ってでて行くのを見ている。
この時も、ダイアナは僕に隠れて浮気しようとしているのではないということを改めて思い出さなければならなかった。ダイアナは自分がこういう女だと僕に正直にそして率直に伝えていたし、僕もその点では彼女のことを認めていたのであるから。もっと言えば、僕たちはまだ結婚すらしていないのだから。
「まだ」って? あなた、何を考えているの、リサ?
僕は、そんな考えに没頭しながら、ただ座っていた。無意識にダイアナの豪華な毛皮コートを撫でていた。このコートがこんなに極上の手触りだったとは気づいていなかった。僕は、ダイアナが座っていた隣のスツールに席を替え、その柔らかく、ふわふわした毛皮に身を包んだ。それにくるまると、極上の快感で心が贅沢になる感じがした。
僕は、これまで長い間、どうしてこの贅沢な快感を味わおうとしてこなかったのだろう?その答えに気づいて、思わず微笑んでしまった。女になろうとしなかったから、というのが答えだ。単にそういう見方をしようという気がなかったからにすぎないのだ。
だとすると、いま僕がこんなふうに感じているということは……。ひょっとすると、これまでの見方を変えるのはあまり難しいことではないのかもしれない。何か適切な…何か適切な刺激があれば、それで簡単に変えられるのかもしれない…。
「ハーイ、可愛い子ちゃん! 隣に座ってもいい?」
顔を上げた。今回は、作り笑いでなく、純粋な温かな笑顔になった。
「チャンタル! どうぞ、是非!」
リッチーの目を見た。彼は僕の心を読んで、素早く3個目のフルートグラス(
参考)を出した。僕はそのグラスに残っていたテタンジェを全部注ぎ、乾杯をしようとグラスを掲げた。
「私の…私の新しい人生に…」 と小さな声で言った。
「乾杯!」と彼女も合わせ、優しく僕のグラスにグラスを当て、そして一口啜った。
「まあ! あなた趣味が良いのね…」 チャンタルは驚いた。
それから僕の身体を包んでいる、罪深いほど高価で贅沢な毛皮をちらりと見て、「…しかも、いろんな点で」と言った。
僕はゆっくり頷いて、落ち着いた声で「ありがとう」と言った。
「ところでダイアナは?」 と辺りを見回しながらチャンタルは尋ねた。
「デート!」
そっけない声、それに僕の身体が強張った様子から察したのだろう、チャンタルは即座に事情を理解したようだ。小さな声で言った。
「あら、そう…。どういうことになるか私には分かるけど…。それについて、いま、あなたに話してもいいかしら? あなたも話しをしたい?」
僕はゆっくり頭を縦に振った。