 64_a proper boy 「行儀のよい男の子」 「さあ、おいで」 とサオリーズは股間から突き出たディルドをさすりながら言った。巨大で、赤いディルドで、彼女の腰にストラップで固定された皮具につながっている。「これが欲しかったんでしょ? これのために、一生懸命、頑張ってきたんでしょ?」 ケリーは、どうしてよいか分からず目をそむけた。ふと、自分の格好、自分の女性化した体のことが意識の前面に浮かんできた。サオリーズが言ったこと。それは本当だ。彼は、この姿になるために驚くほど一生懸命に頑張ってきたのである。何時間もジムで鍛え、何万ドルも手術に使い、厳密にダイエットを守ってきた。それらすら氷山の一角に過ぎない。ホルモン治療も受け、数えきれない日々を化粧とヘアスタイルを完璧なものにするために頑張ってきたし、より女性的な身のこなしを学ぶために頑張ってきた。 でも、それら努力はすべて何のためだったのだろう? お金持ちの妻をつかまえるため? 彼女に養ってもらえるように? 彼女にセックスの時に、この自分の体を使ってもらえるように? 彼女の腕にすがりつく自分を、彼女が知り合いたちに自慢して歩いてもらえるように? それらすべて、とても間違っているように思えた。でも、世の中はそういうふうになっている。そういうふうにしなければ、彼のような男は少しも前に進めないのだ。 彼は作り笑いをしつつ、言った。「もちろん」 そしてドレスのチャックを降ろしていく。ドレスはするすると床に落ち、床にくしゃくしゃに丸くなった。そこから足を踏み出す。ハイヒールのかかとがタイル張りの床に当たり、カツン、カツンと音を鳴らした。「これこそ、あたしがずっと欲しかったものなの」 サオリーズは彼の微笑みを受けて、レザー張りのカウチに座った。巨大なディルドが天井を向いてそそり立っている。彼女はその根元を握り、安定させながら言った。「じゃあ、おいで。ママを待たせちゃだめよ」 ケリーはためらう気持ちをあえて表すことはしなかった。偽の笑みを顔に浮かべたまま、彼女の方に這い寄った。彼が彼女に背を向けたときだけ、彼の顔から作り笑いが消える。そして彼は彼女の上にまたがり、ゆっくりと腰を沈めていった。 それは簡単に中に滑り込んできた。なんだかんだ言っても、彼の体はすでに十分、その準備はできていたのだ。他のすべての行儀のよい男の子たち同様、彼もまた、自分の立場をちゃんとわきまえているのである。
 64_a new life 「新しい生活」 いつものカラーが首に巻きついている。それにつながっている紐がいつもより少し重い気がする。サイズに合わないブラ。そのストラップが肩に食い込み、自分がブラを必要とする体になっていることを絶えず私に思い出させる。ブラ以外は素裸。そういう姿でいることを忘れようと思っても無視できない。それは、アヌスから抜け出ようともがく玩具の太さを無視できないのと同じ。それは馴染みのある感覚だけど、馴染みがあるからと言って、その恥辱感が薄れるわけではない。 ご主人様が紐を引き、私は顔を上げた。笑顔で私を見る。その笑顔は持ち主が従順なペットに向ける種類の笑顔。「今日は良い子でいたな。ご褒美に値するな」 私はここで返事をするほど分別がないわけではない。じっと黙り続ける。そのおかげで、かえって今日一日の恥ずかしい出来事について考えることが簡単になる。私はほんのひとかけら残っている自尊心を胸に出社した。確かに私は変えられてしまった。それまでの定番服であったスーツの代わりにドレスを着て出社した。元の私の従業員で、私のことを認識した者はほとんどいなかっただろう。しかし、私を笑う者もいなかったし、私のことをじろじろ見る者もいなかった。彼らにとって、私は、まさに私の服装が示す通りの存在だったのである。つまり、今日一日の仕事にとりかかろうとしているキャリアウーマンだと。 ああ、本当にその通りだったらいいのに。彼らは、私が首に巻いているカラーが何のためにあるのか知ることはできない。彼らは、私が、スカートの中、アナル・プラグをあそこに心地よく入れていることを知らない。それに、彼らは、私の男らしさを示すものとして唯一残っているモノをソング・パンティの中に隠していることも知らない。彼らは私がまさにこの会社の持ち主であったことも知らない。彼らは、私が元の部下に奴隷化されたことを知りようがない。彼らは、その元部下が私の身分も自由も、そして、男性性すらもひとつ残らず奪ったことを知らない。 私は彼を見上げ、作り笑いをした。彼は私が嬉しそうにしているのが好きだ。私が笑顔を見せたお返しに、彼はスラックスのチャックを降ろし、立ち上がった。彼が何を期待しているのか私は知っている。そして私はためらうことすらしない。 彼の太い男根を唇で包みつつ、私は昔の自分の記憶を心の中の暗い片隅の奥へと追いやった。あの時の私は存在しないのだ。彼はずっと前に死んでしまったのだと。
 64_a dire warning 「不吉な警告」 「おい、おい、おい…なんだよ、これは。ええっ、何だ! マーク? マークなのか? 一体何が起きたんだ?」 「説明する時間がないわ。ただ……」 「どう見ても……何と言うか……乳房があるし…裸だし……」 「落ち着いて、お願いだから、話を聞いて。すべてを説明する暇はないの。そこはいい? あなたがとてつもない危険な状態にいることだけは理解して。行ってはダメなの…」 「お隣のバーベキューにかい? 危険って?」 「その通り。で、ちゃんと聞いて。ああん、もう。あたしのおっぱいを見つめるのはやめてよ。ちゃんとあたしの言うことを聞いてって」 「すまない。何と言うか、すごく、大きいから。何か服を着るとかできないのか?」 「いいえ、できないの。そこがポイントなのよ、ケビン。レニーが許してくれないの。彼女がどうやってこういうふうにしたのか、分からないわ。でも、この1年をかけて、彼女はあたしを女性化した。あたし、自分自身でも数日前まで気づかなかったの。一種の催眠術か何かだと思うわ。それに遺伝子治療も。よく分からない。でも、気づいたらこのカラダになっていて、言葉も女になっていて。そして、今日は、あたしが盛大にお披露目する日になっているの」 「おめでとう、でいいのかな?」 「イヤな人! 半分はその気が……いや、違う……あんたがバカだからと言って、こんな目に合うことはないわ。今日のお披露目は、概念が正しいということを証明する意味も兼ねているの。そんなわけで、女たちが集まっているのよ。みんな、レニーがあたしに何をしたか見たがっている。みんな、同じことを自分の夫にしたいと思っている」 「するって、何を?」 「んもう、ケビンったら! あんたの奥さんがあんたをあたしみたいな女に変えたいと思っているのよ! レニーが手伝ったら、本当に実現しちゃうわ。だから、あんたは……あ、ダメ。彼女、こっちに来る!」 「あら、ケビン、ここにいたの? どこかに行っちゃったのかと思ったわ。あたしのマーキーちゃんが何か陰謀論を語ってあなたを困らせていたんじゃない? この可愛い小さな頭で考えたことを?」 「え、ええ、まあ……」 「一緒に来なさい。パーティが始まるわ」
 64_a different world 「異なる世界」 「ケイシー、行くわよ」 僕のテントの入り口にふたりの姿が現れた。「遅くなるわ」 僕は、ぼんやりした意識を振り払おうと頭を振った。僕はこのふたりを知っている。それは確かだ。だが、ふたりを見ていると、意識がぼんやりしてくる。ふたりについて、何も詳しいことを思い出せないのだ。僕たちはずっとずっと昔から知り合いだったという漠然とした感覚しか出てこない。 そして、僕はアレに気が付いた。 僕が驚いたのは、ふたりが裸でいることではなかった。いや、裸でいることは、僕にとってそれほどアブノーマルなこととは思わなかった。実際、僕は子供の頃から、何も服を着ずに自然の中を歩き回るのが好きだったし、大人になってからは、文化のひとつとしてのヌーディズムに惹かれてきたのも事実だ。別にヌーディズムに僕の人生を支配されるほどのことではないが、休暇で自然の中に来るときは、服を着ることの方が少ない。 だが、彷徨うように視線を僕の「友人たち」の陰部へと向け、僕は大きな驚きに襲われた。 「な、何なんだ……」と僕はつぶやいた。怪訝の気持ちを声に出すことすらできなかった。目の前にいるふたりは、典型的な男女のカップルだ。しかし、ふたりの股間についてとなると大きな混乱があるように見えた。バギナがあるべきところにペニスがあり、ペニスがあるべきところにバギナがある。 「君が昨夜、目をつけていた女の子が来てると思うよ」と女性(あるいは男性?)が言った。「それに彼女、今回は愛用のストラップオンを持ってくるらしい」 「な、何だって……」同じ言葉を繰り返していた。何も言えない。その時、自分の胸に奇妙な重さを感じた。すぐに僕は両手を出して、自分の胸を押さえた。大きな乳房ができていた。「ぼ、僕に……おっぱいができている」 「それ、とてもいい形ね」と男性が言った。「自慢すべきよ。さあ……」 「でも、おっぱいがあるんだ。それに……」 「私にもあるよ」と女性が言った(男性なのかもしれない。僕はふたりをどう呼んでよいか分からなくなっていた)。「それに世界中、どの男にもついている。そんなに特別なことじゃないよ」 「ぼ、僕は……」 何と言ってよいか分からなかった。何をどうすべきかも。分かっていたのは、もし今、鏡を見たら、いつも見慣れている男性の肉体を見ることはないだろうという点だけ。何か女性的な、曲線が豊富な体を見ることになるだろうということだけ。 「一体、ここはどこだ?」 と僕はつぶやいた。
 64_a deal 「取引」 「マジで、このカスを着ろって思ってるわけじゃないよね? バカみたいになるじゃないか。それに僕を女の子と思う人なんか誰もいないよ」 「本気で言ってるのか? ジャック、鏡を見てみたか? そのウィッグと化粧のおかげで、君のことを少しでも男かもしれないと思う人がいたら、むしろ、その方が俺はびっくりするよ」 「それは誉め言葉と取るべきなのか、侮辱されたと取るべきなのか分からないなあ」 「誉め言葉だ。お願いだよ、ジャック。これをしてくれないと困るんだ。うちの母親がどうなるか分からないんだよ」 「君のお母さんは高圧的そうだからな。母親はたいていそんなもんだ。それでも、僕にはなぜだか分からないんだけど……」 「話したはずだぜ、ジャック。母親は止まらないんだ。年がら年中、俺に、ガールフレンドができたかとか、いつになったら結婚するのかとか、いつになったら孫の顔を見られるんだとか訊いてくる。それで、先月、母親に、女の子を家に連れてきて会わせるよと言ったら、すごく嬉しそうな顔をしたんだよ」 「だけど、その後、フェリシアとは別れてしまったと。ああ、それで理解できたよ。お前が計画していることが分かった。つまり、なぜ僕がここに呼ばれたのかの理由な。でも、どうしてお母さんに本当のことを言えないんだ? そのわけが分からない。お母さんは分かってくれるんじゃないのか?」 「説明しても、たぶん母は僕が最初から嘘をついていたと考えると思う。君は実際にうちの母に会ったことがないから分からないんだよ。ともかく、この夏の間、僕が正気でいられるには、これが唯一の方法なんだ。頼むよ、ジャック。僕たち親友だろ? 親友というのは互いに助け合うものだろ?」 「でも、これは親友の領域をかなり超えてるし、それは分かってるだろ?」 「さっきも言ったけど、大丈夫だよ、ジャック。それに、君も、案外、こういうの気に入るかもしれないし」 「ああ、それはどうかなあ」 「試してみる前に拒むのは良くないよ。ほんと、頼む。この夏だけでいいんだから。ひとつ僕に貸しを作ったと思ってくれていいから」 「貸しはひとつじゃ済まないと思うけどね。来学期はレポート課題全部、僕の代筆しろよな」 「いいよ」 「それも全部B以上」 「オーケー」 「あと寮の掃除も」 「何でも言ってくれ」 「よし。ソレならやろう。本当にうまくいくとは思えないけれど」 「うまくいくって。それに面白いって。やってみれば分かるって」
 64_a confrontation 「対決」 「ぼ、僕には……できないよ、アンバー」 ジョーイは口ごもりながら顔をそむけた。手で髪の毛を掻く。「どうしても、できないんだ」 アンバーは、裸だったので無防備状態だったが、カッとなって大きな声を出した。「何ですって?」 「できないよ」 ジョーイは繰り返した。 「ええ、それは聞こえたわよ。どういうことか理解できないということ。あんた、あたしとヤルためにどのくらいあたしを口説いてきたっけ? もう6ヶ月にはなるわね? それで、今こうして、事実上あたしから体を差し出しているというのに、あんたは引き下がろうとしているの? いったい何なのよ!」 「分からない」 ジョーイは小さな声になっていた。「もし前もって知ってたら……」 「何を知っていたら?」 アンバーは、彼がどう答えるか分かっているがゆえに、いっそう苛立った。そういう答えは前にも聞かされたことがあったし、今も、もう一度聞かされることになる。 「僕は知らなかったんだ。君が……その……男だったって。知らなかったから」 「男ですって? 本気で言ってるの? あんたにはあたしが男に見えてるわけ? あんたが3週間ぶっ通しであたしにまとわりついてデートに誘っていた時も、あたしのことが男に見えていたわけ? あたしがあんたのおちんちんを口に入れたときも、あたしのことが男に見えていたわけ?」 「でも君にはちんぽがある……ちんぽがあるのは男だよ」 「女の子の中にもちんぽがある人はいるのよ」とアンバーは反論した。「マジで、もっと大人になってよ。そもそも、コレがついてることが何で問題になるのよ? あんたはあたしが好き。あたしもあんたが好き。いや、あんたのことが好きと思っていただけかも知れないわね。あんたがこんな分からず屋だと分かった今は、もう。で、何が……」 「待ってくれ。僕は分からず屋なんかじゃない! ただ、何と言うか……僕は、その種のことには惹かれないというだけじゃないか? そのことを考えなかったのか?」 「あんたのズボンの中のこん棒は逆のことを言ってるけど? いい? ちょっと聞いて。これがショックだってことは分かってるわ。それにあたしももっと前にあなたに言うべきだったかもしれない。でも、あたしたちは今ここにこうしているの。あたしは素っ裸になっている。あなたにヤッテほしいと思っている。あたしには、何が問題だか分からないわ」 ジョーイは長い間、何か考えているようだった。そして、ようやく口を開いた。「誰にも言わないって約束してくれ。約束してくれたら、ヤッテもいいから」 「何ですって?」 アンバーの怒りはさらに高まっていた。 「誰にも言わないって約束してくれればいいんだ。いいだろ? 君のソコについてる小さなモノについて誰にも言わないって……君も、みんなに知られたくないようだし。そうだろ?」 「いいこと?」 アンバーは不快そうな笑みを顔に浮かべていた。「たった今、ここから出ていって。今すぐに! あんたの薄汚いちんぽなんか、1ミリでもあたしのそばにいてほしくないから!」 「でも僕は……」 「でもも何もないわ! ジョーイ、あたしはあんたに何も約束するつもりはないわよ。これがあたしなの。あたしは、屋根の上に上がってみんなにこれのことを叫びたいと思ったら、そうする。だから、とっととここから出ていって」 「君は僕のことを断っているんだよね? なんだかんだ言っても、僕と寝る気はないということなんだね?」 「お願いだから。あんたがあたしのご機嫌を取ってきたのよ。あんたが言い寄ってきたからこうなってるの。だから、さっさと出て行ってちょうだい。あたしが警察を呼ぶ前に」
 62_your useless opinion あんたがあたしに男になってほしいからといって、あたしが男だということにはならないのよ。
 62_well manipulated 誰も理解してくれない。家族も。友達も。同僚も。誰も分かってくれない。みんな、あたしをじっと見て、あたしが自分にしたことを見て、直ちに、何かが間違っていると思い込んでしまう。その理由を探し出す。文句を言い始める。何か邪悪な計画の一環だと思い込みたがる。でも、重要な事実は、これであたしは幸せだということ。これがあたしの本当の姿だということ。 今のこの姿と、とてもイヤだけど、かつてのあたしの姿。そのふたつが断絶してることについては理解できるわ。みんなにとっては、あたしは世の中の他の男たちと変わらない普通の男だったんでしょうね。スポーツが好きで、車が好きで、ひとっかけらも女性的な考え方をしていない、と。でも、みんなにはあたしの心の中までは見えなかったのよ。どれだけあたしが迷っていたか、みんなには分かっていなかった。実際、あたし自身も分かっていなかったし。ずっと長い間、分かっていなかった。 あたしが自分自身でそれが分かるようになるのを手伝ってくれたのは、あたしの彼女のおかげ。彼女は、あたしの中に女性が潜んでいるのを見つけてくれた。あたしがなれそうな女性。あたしがなりたいと思っている女性。あたし自身ですら知らなかったのに、彼女にはちゃんと分かっていて、あたしの背中を押してくれた。 もちろん、抵抗したわ。男ならだれでもそうするでしょ? でも、それは単にあたしが生まれてからずっと男らしさについて条件付けを受け続けていたせいで、それが泣き言を言っているだけだって、今となっては分かっている。あなたは男なのだよって、ずっとずっと言われ続けていたわけだから。そう信じ込まされていたわけだから。でも、アンナには真実が見えていた。そして、彼女はあたしに嘘の人生を続けるのはやめるようにさせてくれたの。 みんなはそれを「操作」と呼ぶ。まるで、あたしは自分で決めることができなかったみたいに言う。確かに彼女はあたしに最後通牒を出したわよ。つまり、あたしがなるべき女の子に変身しなければ、あたしと別れるってね。でも、それは愛情から生まれた言葉なの。彼女はあたしにとって最善のことを求めただけ。それを認識したことこそ、あたしの人生で起きた最も良いことだった。 それから3年たった今、あたしにはあたしのことを受け入れてくれる新しい友達もできた。本来のあるべき姿になったあたしを愛してくれる彼女もいる。それに、いつかは、あたしの家族も戻ってきてくれると思っているわ。みんな、あたしが幸せになってるのを知るでしょう。これの姿が、ずっと前からあたしの本当の姿だったのだと分かってくれると思うの。
 62_Visions of another world ああ、彼は完璧だ。理想的な男性。柔らかくほっそりしていて、あるべきところに曲線があり、そして美しい顔。彼は、すべての女性が求める理想形そのもの。本当に完璧だ。 シースルーのネグリジェの裾を恥ずかしそうにめくりあげるその姿は、とてもか弱そうに見える。だが、同時に、とても官能的だ。セクシーそのもの。 「綺麗だよ」との言葉が思わず口をついて出た。私は顔を赤らめ、つまらない言葉を発してしまったことを恥じ、視線をそらした。 「気を楽にして」と柔らかい声で彼は言う。その声にはほんの少し震える声が混じっていた。彼が少なくとも私と同じくらい緊張していることを示す、たった一つの証拠だ。私の腕に彼の手が添えられた。細い指で優しく愛撫してくれる。「いいのよ」 私は顔を上げ、彼と目を合わせた。そして、その瞬間、私はウサギに導かれて思考と記憶の穴に落ちていくように、想像の世界に吸い込まれた。どうなってしまったのか、自分でも分からない。ただ、頭の中に恐ろしいイメージが浮かんでくる。 巨体で毛むくじゃらの男性たちが見えた。現実の男性とは正反対の姿。逆に、女性たちは柔らかく曲線豊かな体をし、スカートを履きドレスを身にまとっていた。私は、その歪んだ想像の世界の泥沼で、のたうち回り、心は叫び声をあげていた。ありえない世界。あまりに間違いに満ちた世界。 ひとりの男が女の脚の間に割り入り、激しく腰を突いている。女は喘ぎ声をあげ、男は唸り声をあげていた。別のところでは、女が男の前にひざまずき、醜く勃起した男性器を吸っていた。長く固く、血管が浮き出ている醜悪な姿の性器。これほど間違った姿をしたものを私は見たことがない。男は、うめき声をあげると共に体を強張らせ、白い体液を染みひとつない女の顔めがけて撃ちだした。それを受けて女は笑顔になる。実に嬉しそうに微笑んだ。本来あるべき姿とは正反対の、あまりに間違いすぎた光景。 同じように恐ろしい光景が、頭の中いくつも次々に浮かんできては、私の脆弱な意識に襲い掛かろうと凶悪な姿で渦巻き続けた。私は気が狂ってしまうだろうと思った。いや、たぶんすでに気が狂っているのだろうと。 そして、次の瞬間、始まったときと同じく突然に、その光景が頭の中から消えていき、現実に置き換わった。彼の手が私の腕に触れるのを感じた。1秒も経たないうちに、すでに、男たちが巨体で毛むくじゃらの姿だったおぞましい世界の記憶は薄れ始め、もう1秒もすると、それは完全に頭の中から消えた。 「どうかしたの?」 と彼が訊いた。 「いや何も」 私はそう答えた。私は、美しい男性と一緒にいる。私とのセックスを求めて半裸になっている美しい男性と一緒にいる。すべてが完璧だった。あの妄想で残っているものは、ほとんど知覚できないほど薄ぼんやりとした恐怖感だけ。むしろこの現実の世界の方こそが、間違った世界なのかもしれないという恐怖感だけ。「いや何も。大丈夫。本当に」と私は嘘をついた。
 62_the goal これが目標。 これが、あなたがなりたい人。 それを認めなさい。そうすれば、あなたはずっとずっと幸せになる。
 62_taking her place 「ちょっと、アダム?」 とあたしはバスルームの中から呼びかけた。「あなたにお話ししたいことがあるの。見せたいものがあるというべきかも。でも、約束してほしいの。卒倒しないって」 「卒倒する?」 とアダムが訊き返した。ドアの向こうなので声がくぐもっている。「どうして僕が卒倒するの?」 「いいから、約束して」 「いいよ、約束するよ。で、お願いだから、何が起きてるか教えてくれるかな?」 あたしは気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。無駄だった。心臓が飛び出しそうになっているのを感じながら、ドアのノブを回し、バスルームから出た。素っ裸で、体のすべてを見せたまま。あたしはアダムの顔を見ることができなかった。 「こ、これって……一体、どうなってるんだ?」 アダムの声はかすれ声で、ほとんど聞こえないほどだった。顔を上げ、彼の顔を見ると、彼はまさにあたしが予想していたところを見つめていた。あたしの脚の間の部分。「ぺ、ペニスがある……な、なぜペニスがあるんだ。一体……ど、どうして?」 「説明するわ……」 とあたしは呟いた。 ふたりの目が合った。一瞬、彼に殴られると思った。あるいは彼が逃げ出すと。あるいは、叫び声をあげると。あたしは、すでに何百万回と頭の中でこの状況を予行演習していた。だけど、想像したシナリオは、どれも良い結果にはならないものばかりだった。でも、長い沈黙の後、彼はあたしを驚かせた。予想に反して、落ち着いた声で、「うん、いいよ。話してくれ」と言ってくれたから。 「弟のキースのことは覚えている?」 彼は頷いた。「それで、2年位前だけど、高校の時、SAT(大学進学適正テスト)を受ける前の頃、あたしたちあることを思いついたの。 キースは昔から頭が良かった。一方、あたしの成績がどんなだったかは、あなたも知っているでしょ? とにかく、キースはあたしの代わりにSATを受験することに同意してくれたわけ。そして、それはうまくいったわ。キースに女装させて、あたしそっくりに見えるようにするのは、そんなに難しくなかった。ふたりともそっくりだったから。背格好も何もかも」 「それで?……」 「あたしが……あたしはキースなの」 告白した。声の調子が変になっているのを感じた。「というか、かつてキースだったと言った方がいいかもしれない。ね、姉さんは、高校を出るとすぐ、消息不明になってしまったの。誰か男の人とヨーロッパに行ってしまったらしい。そこで、あたしが……何と言うか……姉さんの人生を乗っ取ったの。姉さんの人生はあたしの人生よりずっと良かったから。姉さんはいつも周りのみんなの人気者だったし。一度、姉さんの代わりになる味を味わったら、ちょっと……そのままで生きていこうかなと思っちゃって……」 あたしは目を背けた。「嘘をつくつもりじゃなかったのよ。……いえ、嘘をついてきたわね。でも、嘘をつきたくてついてきたわけじゃないの。あなたと一緒になるときまでには、あたし……」 「どこか変だなって分かっていたよ」とアダムは言った。「高校の時は、君は……いや、彼女はだな……彼女は僕とただの友達でいたがっていた。その点ははっきり言ってたんだ。でも、高校を出たら何もかも急に変わって……」 「ごめんなさい。あたし……あたし、もうこれ以上、嘘をつきたくないと思って……」 「でも、君がクリスティンじゃないとして、何て呼んだらいいんだろう?」 「わ、分からないわ。ここまでになると思っていなかったから。ずっと姉さんのままでいようと思っていたから……」 「でも、君はもう彼女になる必要はないよ。君は君のままでいればいいんだよ。それがどんな形であれ、そのままでいいんだ」
 62_Self improvement 僕は、彼らの視線に気づいていないふりをしようと、石鹸に目を落とした。あの、僕を見るときの男たちの変な目つきに気づいていないふりをしようと。そもそも、それを認めたいとすら思わない。とても気になって仕方がないから。ロッカールームでシャワーを浴びながら、ストレートだと思われている男たちにじろじろ見られること。こんなこと、無視したかった。でも、あからさますぎる視線だ。恥知らずすぎる視線。とても無視なんかできない。 それに、男たちの視線を浴びてしまうことにどうにか慣れたとしても、そもそも、どうしてそうなるのか理解できない。僕以外の世界が、実は一夜にしてみんなゲイになっていて、たまたま僕だけ、それを知らせたメモを見落としてしまったのだろうか? 街を歩くと、いつも、誰か男にひゅーひゅーと変な声をかけられる。バーに行けば、いつも僕をナンパしようとする男が現れる。そして、シャワーを浴びれば、いつも、何人もの男たちが僕の一挙手一投足にいやらしい視線を向けてくる。本当に悪夢の中を生きているみたいだ。 一度ならず、僕はこの問題の根っことなっている原因を辿ろうとしてきた。いつから、みんなは狂ってしまったのだろう? そして、その理由は? 僕が思いついた唯一の答えは、僕が新しいエクササイズのプログラムを始めたときからのように思われるということだ。 正直に全部話してしまおう。僕は以前は太っていたのである。病的な肥満というわけではなかったが、デブと呼ばれる状態だったのは本当だ。どんなに頑張っても、体を健康的な姿に変えるのに必要な意思の力を維持することができなかった。なので、僕は精神科医をしている友人のトムのところを訪ねたのだった。トムは催眠療法をかじっており、僕の問題は無意識領域にあるのかもしれないと言った。トムに相談してから2週間ほど行ったり来たりを繰り返したけれど、結局、僕は彼の治療を受けることに決めた。 驚いたことに、その治療は本当に成功したのだった。本当に、びっくりするほどうまくいった。気が付いたときには、何キロも溶けてなくなっていた。(トムが処方した)特殊な薬剤をちょっとは飲んだけれど、でも、それを除けば、治療の大半はハードなエクササイズだけだった。この効果に僕はとても満足し、何度も彼のもとに通い続けた。 その後、トムはちょっと「仕上げ」の手術をすべきと言ってきたけれど、その頃までには僕は彼を完全に信頼しきっていた。僕は彼と手術内容を具体的に話し合うことすらしなかった。僕が容姿について自慢したいからという感じではなく、むしろ、良い容姿についてある種の好みがあって、それを追求したいからという感じだった。もっと、見栄えが良くなりたかったし、是非ともそうなりたいと思っていた。僕にはおカネがあったし、問題は何もないと。 トムは友人のひとりに僕を紹介した。その人は胸部へのインプラントから、顔のわずかな整形に至るまでの一連の手術を行うべきと提案してくれた。トムはその人を信頼していたし、当然、僕も信頼した。僕は、何も考えずに彼の提案に従い手術を受けた。そして、とうとう、すべての処置が終了した時、結果を見て僕は大喜びした。すべてが完璧に整っていた。それをさらに完璧にしようと、僕は何千ドルも費やして、新しい体と顔をよりよく見せるための新しい服装を買いそろえた。タイトで露出気味の服なら、文句なしに購入した。 まさにその頃から男たちが僕に視線を向け始めたのだった。僕のことをじろじろ見始めたのである。多分、この世の中には、僕が思っていたよりもゲイの男たちがたくさんいたというのが真相なのだろうと思う。ただ単に、以前の僕は彼らの関心を惹かなかったということなのだろう。デブの男はその価値がなかったと。でも今は? 今は誰もが僕のことを欲しそうな目で見てくる。そして、正直言うと、その視線がそんなに嫌いではない。実際、僕自身ちょっと興味もあって、それは否定できない。何を言いたいかと言うと、ほとんどすべての男たちが僕のことが気になっているようだとすると、世の中には驚くほどゲイの男がいるということになるわけで、それだけたくさんいるということは、それなりに良いことがあるからなのだろうと。だから、ちょっと興味があると。間違っているかな?
 62_reunion 「こういうことが恥ずかしいことみたいに感じながら生きるのは、もうやめるべきだと思うの」 とハリーが言った。「あたしはあなたを愛しているし、あなたもあたしを愛している。重要なことはそれだけだと思うの」 「子供みたいなことを言わないで」とエリンは自分の衣装ダンスを引っかきまわしながら言った。「あなたはみんなに知ってほしいと言うけれど、でも、この種のことは、人々の中の最悪の部分を引っ張り出すことになるのよ。もし、みんなが知ったら……」 ふたりはこの手の話し合いを前にもしていた。しかも、何度も。ふたりとも、それぞれがずっと前から抱いてきた自分の考えを翻そうとはしなかった。 「みんな、あなたが思っているよりも、支持してくれると思うのよ。みんな、あたしたちのことを子供の頃から知っている人ばかりだわ。何と言うか、つまり、確かに、あたしたち変わったわ。それは確か。だけど、人生って、そもそもそういうもんじゃない? みんな、あたしたちのことを喜んでくれると思うの」 エリンは頭を左右に振った。どうして、ハリーはこんなに純真でいられるんだろうと、不思議でならなかった。ハリーは、人間は最悪になるときがあるという事実を信ずることをかたくなに拒む。その事実こそ、エリン自身が変身を始めた瞬間からイヤと言うほど体験してきた事実だった。これまで耐え忍び続けてきた人々の憎悪。その憎悪の激しさゆえに、エリンにとっては、万事をシニカルに見ることが、普通のことになっていた。 エリンはハリーの方に向き直り、自分自身の男性性を示す最後の印を指さした。「みんな、コレ以外の物に意識を集中できなくなるでしょうね。そして、あたしがどういう人間かを決めつけてくる。そこから拡大して、あなたのことも決めつけてくる。みんな、どうしても、そういう考え方をすることになるのよ」 「だから、どうしたと言うの?」 とハリーは尋ねた。「行きたくないだけじゃないの? 10年目の同窓会なのよ、エリン。行かなくちゃいけないわ」 「本当は行きたくないの。あの人たちがあたしについて何て言うか、あたしが気にするとでも思ってるの? あたしは気にしないわ。あたしは、あの人たちがあたしに投げつけてくる言葉や態度なんかより、ずっとひどいことを経験してきているの。あたしが心配しているのは、あなたのことなのよ、バカね。あの人たちがあなたについて何と言うか、ちょっと立ち止まって考えてみた? あの人たちがどんな反応すると思う? あんなたは、あの学校では王様だったのよ、ハリー。あなたはチアリーダーたちとデートしてた。女子は全員あなたと付き合いたがっていたし、男子は全員あなたのような毎日を過ごせたらいいなって憧れていたのよ」 「ええ、でも、だから?」 「それが今あなたは、みんながゲイだとみなしていた学校一番の気持ち悪い男子だった人と一緒になっているわけでしょ? 誰も理解なんかしてくれっこないわ」 「あたしたち、以前のあたしたちじゃないの。あなたも、あたしも、あの人たちも。みんな、前と同じな人は誰もいないの。それに、あたしのことは心配しないで。あたしは、あなたのことを誇らしく思っているんだから。今のあたしは、他の誰よりも幸せなの。それに、もし、あたしたちのことをおかしいと思う人がいたら、そんな人、直ちに地獄に落ちて当然よ」 「そう言うのは簡単だわ。でも……」 「でもも何もないわ。あなたはとても綺麗で、あたしはあなたを愛している。それ以外のことは、ただの、雑音。だから、同窓会に行きましょう。きっと楽しいはず。それに、この同窓会はあたしたちふたりにとってもきっと良い結果になると思っているの」 エリンはため息をついた。この議論には決して勝てないと思った。「いいわ。でも、あたしが忠告したってことだけは忘れないでね」
 62_Like your sister ライアンは、腰を曲げ、義母の趣味の悪い緑色のカウチに覆いかぶさった。これから起きることへの期待から、体をぶるぶる震わせていたと言っても誇張ではなかった。ピンク色のレギングスのぴっちりした生地の上から荒々しくお尻を撫でられ、その後、尻頬を揉まれるのを感じた。 「お前の姉さんと同じだな」とジョナは言い、ライアンの尻をふざけ混じりピシャリと叩いた。それを受けてライアンの尻頬はブルブルと震えた。その揺れ方は、実に女性の尻頬のそれにそっくりだった。「お前、男としてはクズだな。使い物にならねえ」 「こ、これ、気持ちいいことなのか分かりらないよ」 ライアンは泣き出しそうな声をあげた。しかしながら、彼は動こうとしなかった。いや、動けなかった。 ジョナは、何ら前触れもなくいきなりレギングスの腰バンドの中に太い指をひっかけ、引きずり降ろした。「少し脚を広げろよ」 ライアンは言われたとおりにした。冷たい外気が陰部に触れる。それに露わになったアヌスにも。避けられないモノが来る。それが来るのを待ちながら、心臓が激しく高鳴るのを感じた。だが、それはすぐには来なかった。その代わりジョナは彼の肌を撫で続けた。そして、ようやく、ジョナの手はライアンの入り口を見つける。彼の濡れた太い指が、ライアンのすぼまった肉穴に触れ、軽く力を入れるのに伴って、するりと中に滑り込んだ。 友人であるジョナに指でいじられ、ライアンは悶え声をあげた。ジョナの太い指が出入りを繰り返す。指の数は1本から2本になっていた。ライアンは自分から尻を突き返し、背中を反らせた。 「ほんとに、お前の姉さんと同じだな」 ジョナは夢中に指を出し入れしながら、同じことを言った。「エロ狂いのやリマンだ」 ライアンは反論できる立場になかった。彼は、たった2時間もしない間に、姉の元カレであったジョナに説得されて、姉の服に着替え、女の子のような言葉遣いと身のこなしをするようになったのである。しかも、今は、こうやってお尻を突き出し、ジョナとふたりっきりでいることで、やがて起こることになる避けられない結末を待ち望んでいるのだ。ジョナの言っていることを否定しようがない。ライアンは自分自身を普通の男と思っており、ゲイでもトランスジェンダーとも思っていない。だが、だからと言って、今の状況が変わるわけではない。彼は魔法にかけられたような心理になっていたのである。 「俺のオンナになったって言えよ」 ジョナの荒い息使いで囁いた。淫欲でかすれた声になっていた。 それを聞いてライアンは、またもや悶え声をあげた。「あなたのオンナよ。あたしの体を好きに使って。やって! やってください!」 その直後、ライアンは欲していたモノを授けられた。そして、その瞬間、彼は自分の人生を永遠に変えることになったのだった。
 62_leaving a little 「あたし、このふたりのことがとても誇らしいわ」 とトリッシュは、バーベキューをしている女性化した若い裸の男たちを見つめながら言った。「こんなに早く、こんなレベルまで達するなんて思ってもみなかったわ」 「あなた、ふたりのことを誇りに思っているの? それとも、あたしたちがふたりにしたことを誇りに思っているの? それって、大きな違いよ?」 とベッキーが言った。 トリッシュは肩をすくめた。「その両方って言っちゃいけない?」 「正確には違うわ。ふたりは、自分の体を変えられるというのに、事実上、一言もイヤだと言わなかったのよ? だったら、どうしてふたりを誇りに思えるかしら? 結果については誇りに思ってもいいけれど、ふたりを誇りに思うのは、誇りの気持ちを向ける先を完全に間違っているんじゃない?」 「でも、それって関係あるかしら? 結果は同じなんだし。以前のあたしたちには、性差別主義者の同僚がふたりいた。それが今、あたしたちには、完全に行儀のよいスレイブがふたりいる。その点を除けば、他のことは全部、意味論の問題じゃない?」 「まあ、確かにそうね」とベッキーは譲歩した。そして、少し間をおいて彼女は尋ねた。「ひょっとして後悔していない?」 「もちろん、後悔なんかしていないわ」 とトリッシュは即答した。「あのふたり、本当にひどかったもの。あのふたりがあたしたちのアイデアを自分たちの手柄にしたことが、いったい何回あったことか。あっちにいるトニーなんか、あなたのことを自分の秘書だと思い込んでいたじゃない? しかも、それが間違いだって気づいたのが、2週間も経ってからだったわ。だから、後悔なんかしていない。ふたりがこういう姿になったおかげで、世の中が良くなったもの」 「でも、あたしたち、ふたりから何もかも奪っちゃったわよね……」 「その代わり、ふたりには新しい考え方を与えたわ。それに幸せにもしてあげた。ふたりは、今の状態を本当に気に入ってるもの」 「そういうふうに思うように、あたしたちが仕向けたからでしょ? 今のふたりには、昔のふたりにあったものがほとんどなくなっている。全部、人工的なものになってる」 「全部じゃないわ」とトリッシュが言った。「今のようにバーベキューに夢中になっているところ、あれは前のふたりから残った点じゃない? 少なくとも、あの夢中度は大したもんだわ」 「確かにね」 とベッキーは皮肉っぽい声の調子で答えた。「あたしたち、ふたりを完全に女性化したけれど、バーベキュー愛だけは残してあげた。本当に素晴らしい交換条件と言えるわね」 「良かった」 とトリッシュはベッキーの皮肉を無視して答えた。「あなたとは意見が完全一致してて、あたし嬉しいわ」
 62_hiding in plain sight 「ダメ、こんなのできない。僕はまだ準備ができてないよ。本当に、まだだから」 「大丈夫よ、あなた。気を楽にして。深呼吸するといいわ。大丈夫だから」 「大丈夫? どこが大丈夫なの? どうすれば大丈夫になるの? みんな、もうすぐ、あと1時間くらいしたら、ここに入ってくるんだよ。そして、みんながここに来たら、僕の人生は永遠に変わることになるんだよ。ふう……。別の人生か。それに気楽にしてって言うけど、ほんとに正気で言ってるの?」 「本気よ。大丈夫だから。まず、ちゃんと残りのコスチュームも着たら、その胸が偽物だって分からなくなるから」 「ハンナ、おっぱいがあるのよ! 誰も信じてくれないわ、いくら言っても……」 「これは偽物だし、お化粧のおかげだって言っても? いや、信じてくれるわよ。残っているバニーガールのコスチュームを全部着たら、完ぺきになるから、大丈夫。テープとかを使って、わざと強調してもいいんじゃない?」 「そんなのうまくいかないよ。本当に」 「いえ、うまくいくわ。誰もその手のことを考えたいと思っていないから。みんなは大笑いするでしょうね。そして、すごいコスチュームだねって言うと思うわ。多分、明日はみんなあなたをからかうでしょう。それに、確実に噂話が広がる。でもね、本当の秘密は、わざとそれに似たことをバラした方が安全なの。あなた自身が胸を張って女装を誇れば、かえって、本当に女の子の体になっているという秘密は守れることになるのよ」 「本当にそう思う?」 「もちろん、そう思ってるわ。でも、分かっていると思うけど、別の道を選んでもいいのよ。つまり、ある時点で、本当にカミングアウトする道。いずれにせよ、じきに、あなたが変身した姿で公の場に出なくちゃいけなくなる時が来るわ。すでに、その胸の盛り上がりをスーツの下に隠すのに苦労しているでしょ? カミングアウトするのが早くなるか遅くなるかだけの違いよ」 「いや。今はダメ」 「じゃあ、いつなの?」 「分からないわ。でも、今はダメ。いいわね? 今日はダメ」 「分かったわ。でも、いつまでも先延ばししてるわけにはいかないわよ? いつまでもみんなに嘘をつき続けるわけにはいかないの。いつかは、みんなに本当のことを言わなくちゃいけない日が来るわよ」 「それは今は言わないで。ともかく、今日はカミングアウトしないからね。明日もしない。さっき言ってたテープを持ってきてくれる? 着替えをしてしまわないといけないから」 「あなた、とても素敵よ。自分でもそれは分かっているんでしょ? あなたは、何も隠すことなんてないの」 「今はそれが重要なことじゃないわ。分かってるくせに。ともかく、着替えを手伝って、ハンナ。これをやり過ごすのを手伝って」 「もちろんよ。手伝ってあげる。妻ってそういうことのためにいる存在なんだから」
 62_Good with it 「ずいぶん綺麗じゃない?」 「ふたりがこれほど素晴らしく変わるとは、思ってもみなかったわ。それに、ふたりがこんなに熱心になることも」 「おカネ、すごくかかったんじゃない?」 「この結果を見たら、文句は言えないわよ。倫理面についてはちょっと後ろめたい点もあるけど」 「倫理面? ふたりがマリアに何をしたか知っているでしょう? 犯罪者に、その犯罪の代償を払わせることのどこが悪いの? 何も後ろめたい点なんてないわ、リンダ。これぞ正義よ」 「バカを言わないで、ジャネット。これは正義じゃないわ。むしろ、復讐。正義じゃない。別に、ふたりがしたことは悪いことじゃなかったと言ってるわけじゃないのよ。でも、ふたりがしたことは違法だったとは言えないの。マリア自身が望んだことだから」 「彼女は酔っていたのよ!」 「それは、このふたりも同じだったわ。ふたりがネットに出した動画を見たでしょ? 彼女、抵抗していなかった。酔っぱらった3人が、酔った勢いで間違いを犯した。そういう内容だったでしょう? そういうわけで、このふたりは起訴されなかったのよ」 「このふたりが起訴されなかったのは、ふたりの父親が金持ちだったからよ。それに、ふたりとも高額の弁護士を雇うことができたから。この国の司法システムは、そういうふうになっているの。リンダ? あたし、あなたはあたしと同じ船に乗っていると思っていたのに。この計画についてあなたに話しに行ったとき、あなたは全面的に賛成してたでしょう? 一体、どうしたの、リンダ?」 「別に何も。あたしはまだあなたと同じ船に乗っているわ、ジャネット。ほんとよ。ただ、あたしたちの友達がひどい目に合ったからと言って、あたしたちがしてることは道徳的に正当化されていると思い込んで、自分自身をバカにするような真似はしたくないと言ってるだけ。あたしたちがしたことは悪いことなの。それは認めなくちゃ。でも、あたしはそれでいいと思っている。このふたりがこんなになってるのを見て、いずれ、あたしたちはふたりから条件付けを解除することを思うとね。解除後は、ふたりは、残りの人生をずっと、彼ら自身がひとかけらも敬意を払っていなかった存在のまま生き続けることになるわけで、それを思うと、あたしには、これをした価値があったと思うわけ。ふたりはそういう目に合って当然の人間だから」 「ということは……これは良かったことと思ってるのよね?」 「そうよ、ジャネット。良かったと思っている。それに、いずれ条件付けを解いて、ふたりに、あたしたちがふたりにしたことを、分からせる時が来るでしょう? その時のふたりがどんな顔をするか、今からそれを見るのを楽しみにしているの」
 62_fucked up 「そのポーズ、いいわよ」 カメラマンのカルメンが言った。彼女は年配の女性で、黒っぽいショートの髪と、刺すような青い瞳をした女性だった。「その格好で!」 あたしは溜息をつきたい衝動を抑えた。疲れていたし、寒いし、お腹も減っていた。何より、今すぐ自分のアパートに帰ってパジャマに着替え、面白そうな本とワインを1本抱えて、ごろりと横になりたかった。でも、撮影は重要なこと。この種の仕事がなければ、そもそも、あたしには帰るべきアパートすらないだろう。本も買えないし、ワインも買えないし、多分、パジャマすら買えないだろう。 だから、あたしは「セクシー・ルック」を顔に張り付け、カメラを睨み付けた。でも、そうしつつも、どうして自分はこんな状況に嵌りこんでしまったのだろうと思いを巡らしていた。 考えてみてほしいのだけど、あたしは、結構おカネを稼いでいるの。映画スター並みのおカネではないのは確かだけど、普通の仕事をしている平均的な人に比べたら、すごい巨額のおカネと言えると思う。それに、あたしには、あたしのことを愛してくれる何千人ものファンがいる。ファンたちは、あたしが、アレやコレやいろんなセクシーなことをするのを見るためなら、汗水たらして稼いだおカネを喜んで貢いでくれる人たち。外から見たら、これって素晴らしい人生と思えると思うし、あたしも不平を言うべきではないというのも分かってる。本当に。 でも、最近、ますますそう思うようになっているんだけど、そのおカネって、ポルノ・スターでいることに伴う頭痛の種と、本当に釣り合うのかなって疑問に思うの。巨額のおカネ? でも、そのおカネのうち、かなり大きい割合が、このカラダを得るための医療措置に消えちゃうのよ。ファンから愛されている? でも、ファンのみんなにとっては、あたしは結局、動いてしゃべる玩具であって、自分たちの家の暗くて狭い部屋の中で楽しむのが一番の存在でしょう? ファンたちは、あたしのことを好きと、あたしのような女が好みだと公言するのは恥ずかしいのよ。 時々、そういうことを思って、落ち込むの。自分は綺麗だと分かっている。実際、今のような女になるために、たくさん時間を使ったし、努力もしてきたし、おカネも使ってきた。それに男たちがあたしのことを魅力的だと思っているのも分かっている。あたしが世界で最も人気があるトランスジェンダーのポルノスターのひとりだという事実自体が、その証拠。でも、男の人って、あたしの脚の間にあるモノを見つけると、これ以上ないってくらい素早くあたしとの関係から逃げちゃうものなのよ。その人にとっては、あたしの脚の間にあるアノ小さなモノって、契約違反だとなるの。 そのタイプの男の人に加えて、もうひとつ、あたしのような「女」だけが好きな男もいるわ。正直、どっちのタイプが悪いかは分からない。そのタイプの男たちにとっては、問題はセックスだけ。その人たちにとっては、男と女が何かを分かち合って、関係を育てるってことは全然念頭にないの。頭にあるのは、いいカラダをしているシーメールの女とヤルことだけ。この手の考え方ほど、あたしは自分がモノ化されてると感じることはないわ。だから、あたしは、カメラの前ではおカネのためにセックスをする。だから、あなたたちとは、「いいえ結構です」と思うわけ。 多分、あたしが言おうとしてることは、こういうこと。確かにあたしは幸せだし、自分に自信をもって生きている。これがあたしの仕事だから。情緒不安定で、神経質なポルノスターなんて、誰も見たいと思わないもの。でも、あなたが、暗い部屋の中であたしを見て、あたしが何もかもちゃんとやってるように見えるからと言って、本当のあたしが本当にちゃんとやってるということにはならないの。本当のあたしは、この世の中のすべてと同じくらい、ぐちゃぐちゃなのよ。
 62_fallen タミーはびっくりしてフェラの途中で身を強張らせた。ドアの方をじっと見る。そこにはレイチェルが立っていた。邪悪そうにニヤニヤしながらタミーたちを見ていた。 「ダメ、ダメ、ダメ。やめないで。あたしのために。あなたがちゃんとしてるか確かめに来ただけだから」 タミーはためらい、動けずにいた。開けたままの口の先、1センチも離れていないところでペニスが特有の男性的な匂いを発している。自分は服をはだけ、下着をまったくつけていないことを露わにしている。豊胸した乳房を露出し、自分自身の小さくしなびたペニスも露わにしている。 レイチェルが声を荒げた。「やめるなって言ったはずよ。それとも、何? あなたは会社に背任してるって経営陣に言ってほしいの?」 タミーは心臓が喉奥から飛び出しそうに感じた。それだけはやめてほしい。そういうレッテルを張られるのだけは避けたかった。服従しないとどうなるか、タミー自身、よく知っていた。 かつて、タミーは男だった。しかも、権力を持った男だった。だが、それは、新しい規制が可決する前までのことだった。彼女がへまをする前までのことだった。 「あんた、いつも言ってたわよね。男は女より優れているって。男の方がいいんでしょ? 彼に、おちんちんがとてもいいって、感謝の気持ちを行動で示してあげなさいよ!」 タミーは、もはやためらうことはやめ、仕事を再開した。これが今の自分の人生なのだ。これが今の自分の姿なのだ。これに抗うのには意味がないのだ。
 62_disbelief 彼がプールから上がってきた時、僕は彼が自分の兄だとすら気づかなかった。ひどい言い方だと思うけれど、これだけ変わってしまったのだから、こんな言い方、悪いことだとは思うけれど、理解できることだと思う。 「ポール、元気?」 と兄は僕に声をかけた。女性的な裸を晒していることを恥ずかしがることもしないようだった。大きな乳房が揺れていた。彼は、男性とは無縁のあらゆる曲線の集合体と言えるような体をしていた。長い赤髪が濡れた重さで細り、体にまとわりついている。彼の顔すら、かつて僕が知っていた顔とはほとんど似ていなかった。以前よりずっと柔和で、丸みを帯び、そして女性的な顔になっていた。 自分で言うのも恥ずかしいが、僕は兄の姿に目をくぎ付けにされていた。突然、僕の背後から女性の笑い声が聞こえた。僕の様子に思わず笑ってしまったような声だった。「この人、新しいあなたのことが気に入ったみたいね」 僕は素早く振り返った。恥ずかしさに頬が赤くなっていたと思う。兄の姿を見て思った事柄は、決して僕の本心ではない。けれども、その思いはなかなか頭の中から消えなかった。それがとても不快だった。 僕の背後にいた女性は、僕の義理の姉のカイリーだった。カイリーは馴れ馴れしく僕の肩に触れた。僕は肩を揺すり、その手を振り払った。すべて、この女のせいだ。この女が兄に何かをしたんだ。兄に無理強いして、この姿にさせたのだ。どういう方法か分からないが、兄を女の姿に変えてしまったんだ。そう思ったし、僕の兄は、事実上、姿を消してしまい、その代わりに、その曲線美にこれから何ヶ月も僕は悩まされることになる女性化した肉体を持った別の人が兄に取って代わったのだとも思った。 「あ、兄に何をしたんだ?」 僕は小声で囁いた。幸い、兄は少し離れていて、僕の声は聞こえていない。 「何をしたって?」 とカイリーは訊き返した。彼女の方を向くまでもなく、彼女が顔に自己満足しきった笑みを浮かべているのが分かる。「彼には何もしていないわよ。ただ、彼がどうなったら私が嬉しいかを教えてあげて、それを達成する手段を与えただけ。こうなるように決めたのは彼自身よ」 「そんなの信じない」 と僕はつぶやいた。僕のつぶやきが彼女に聞こえていたかは分からない。それほど小さな声で呟いていたから。兄とは1年しか歳の差がなかったけれど、僕はいつも兄を尊敬していた。ずっと、兄のようになりたいと思っていた。賢くて、格好よい。スポーツマンタイプではないけれど、兄は昔から人気者だった。 カイリーが僕の背中に体を近づけ、耳に顔を寄せ、囁いた。「信じようと信じまいと、これが今の彼。この方がずっと素敵だと思わない?」
 62_creative punishment 「おや、おや、おや! これは、これは!」とジェレミーは偉そうに椅子に座り、言った。「まさか、巨根のリックじゃねえよな」 「いらっしゃいませ」と裸のウェイトレスが答えた。「私の名前はリッキーです。今夜は私がこのテーブルのお世話をいたします」 「リッキー? はぁ? お前、俺たちのことを覚えていねえのか? お前、ずいぶん変わったが、俺には分かるぜ」 リッキーは周りを見回した。「今はやめて。あの人たち私のことを見張っているから。マニュアル通りにしないと、罰を受けるのよ。ここでは、できないの」 「何だよ。俺のことを誤解しているようだな。俺はリックに会いに来たわけじゃねえぜ。俺はリッキーに会いに来たんだ。連中がお前をどんなふうに変えたか、見たくなってな。で、実際見てみたら、どうしても言わずにいられねえぜ、連中、お前にとんでもねえ、いい仕事をしたんだなって、よ」 「な、何ですって?」 「俺は、やるなって言ったはずだぜ? 覚えているよな? えぇ? 俺はお前に、あの件はほっとけって言ったよな。だが、お前はタフガイ様にならずにいられなかったってわけだ。喧嘩してカタをつけずにはいられないと。その結果が、このザマだ。自分を見てみろよ」 リッキーは目を背けた。彼はかつては、普通と言ってよい男だった。確かに、怒りを抑える点に関して問題はあったが、そういう男は他にもたくさんいた。彼は、怒りを抑え続けた。それが重要な点だったからだ。少なくとも、彼は怒りを手なずけようとしていたが、その時、あの男たちが彼の弟をバカにし始めたのであった。その瞬間、彼はキレてしまった。その結果、男たちのうち3人が病院送りになり、リックは留置所送りになったのである。 リックは罪を認めた。どう頑張っても、罪状を否定することはできなかった。そして、判決が下されるとき、その時の判事(女性判事)は、彼が新しい更生方法の最初の適用例になるだろうと言ったのであった。「良い話は、あなたは最小の期間だけ刑務所にいればよいということ。悪い話は、あなたは遺伝子操作により男らしさを失うことになるということ」 女性判事はそう告げた。 「退治すべき敵は男性ホルモンなの。あなたのような男性には、そのせいで暴力に駆られてしまう。暴力の触媒となる男性ホルモンを取り除けば、暴力衝動も消えるわ。単純なアイデアでしょ?」 もちろん、リックは反対した。誰だって男なら反対するだろう。だが、彼には選択肢がなかった。彼は、法を犯した瞬間に、自分の権利をすべて放棄したようなものなのだ。そして、それからおおよそ6ヶ月をかけて、彼はしっかりと変身させられたのだった。すべての処置が終わったときには、彼は、他の若く可愛い女性たちとほとんど変わらない姿になっていた。ただ1点、過去の自分を思い出させる脚の間の小さなモノを除いては。当局の人たちは、彼が自分の犯罪を否定しないようにと、それを残すことにしたのだった。 彼は釈放後、保護観察の対象となった。その期間では、ある特殊なレストランに勤務することが条件となっていた。そこでは、リッキーと同じような女性化した男たちが働いており、みな裸でウェイトレスをしている。その姿を彼らの昔の仲間たちに見せることが目的である。犯罪を犯すとどうなるかの見せしめでもあり、刑罰の一部となってもいた。気まずく屈辱的に感じるよう意図されていた。まさにその通りのことだと言える。 「ご、ご注文は? 今日のスペシャルは……」 とリッキーは説明し始めた。 「いや、今はビールのお替りでいい」とジェレミーは言った。「あと、それから。厨房に戻るときは、ちゃんと、その可愛いお尻を振って歩くのを忘れるなよ!」 「か、かしこまりました。すぐにお持ちします」とリッキーは言った。
62_Confusion 「お前が誰だろうが、俺にはどうでもいい」 ビーチで男が怒鳴った。「お前が俺の邪魔をするなら、後悔することになるだろうよ。いいから、俺の息子がどこにいるか教えるんだ!」 カウンセラーは、どうしてよいかわからず、ためらった。そもそも、この男がどうしてこのリゾートにやって来たのかからして謎だった。「ちょっと落ち着いてください」と彼は、降参するように両手を宙に掲げて言った。「私のあとについて来てくれたら、すべてがはっきり理解できると思いますから」 「理解できるだと?」 男は苛立ち、叫んだ。「俺をバカにしてるのか? 俺の息子は、俺の元妻に、この忌々しい女性化キャンプに送り込まれちまったんだぞ! なのに落ち着けだと? 俺の知るところでは、お前たちはすでに息子をオカマみたいなのに変えてしまったそうじゃないか! もう、手をこまねいているわけにはいかんのだ。さっさと俺を案内しろ!」 「お、お父さん?」 海から現れた人物が彼に声をかけた。彼女は素っ裸だった。豊かな乳房を誇り、ただ一つ、脚の間に残る男性性の名残を除いては、完ぺきに女性的な身体をしている。「ここで何をしているの? どうして、デイさんに怒鳴っているの?」 「コ、コーリーなのか? な、何てことだ。ありえない。コーリーなのか? あいつら、お前に何をしたんだ?」 「あたしに何かした? 誰も何もしてないわ。あたしが自分で望んだことなのよ」 とコーリーは海の水滴を体から滴らせながら言った。 「そんなはずはない」とコーリーの父は言った。息子が近づくのに合わせて、その声は前より和らいでいた。「お前はちょっと頭の中が混乱しているだけなんだ。あいつらに洗脳されてしまったから。今のその姿は、本当のお前ではないよ。お前であるはずがない。お父さんと一緒に帰ろう。帰ったら全部元通りに直そう。お父さんは、いくらかかっても気にしないよ。一緒に元に戻すんだ……」 「直す? お父さん、冗談言ってるの? このカラダを手に入れるのに、一年近くかかったんだから。お父さんに無理強いされてジム通いしたけど、その時についたゴツゴツした筋肉を落とすの、どれだけ大変だったか。『直す』なんて絶対にイヤだからね、お父さん」 「な、何を言ってるんだ。理解できん……」 「理解しなくちゃいけないことって何? あたしは女の子。ずっと前から女の子なりたいと思ってきたの。あたしがずっと反抗的な行動をとってきたのも、それが理由。イジメをするとか、学校をサボるとか、わざと男尊女卑の態度をとるとか、ドラッグに手を出すとか。あたしは救いを求めて叫び声をあげていたのよ。そして、ママは、そのあたしの声を聴いてくれて、あたしを助けるためにここに送り込んでくれたの。そして、本当にうまくいったわ。だから、もし、お父さんが、昔のあたしのような人間を忘れられないのなら、お父さんはここから去る必要があるわ。あたしの人生には、そういうネガティブな考え方を受け入れる余裕はないから」 「だけど……」 「だけどはナシ。単純なことよ。お父さんが、今のあたしの姿を受け入れることができるか、できないか、それだけ」 「わ……分からない。本当に分からないんだ」 「じゃあ、分かったとき、また、ここに戻ってきて」
62_Codependence 事実関係は分かっている。あの出来事を、まるで昨日の出来事のように思い出せる。あたしが心から納得できないでいるのは、どうして、その出来事が起こるのをあたしは許してしまったのかということ。どうして抵抗しなかったのか? どうして逃げなかったのか? どうして文句を言わなかったのか? 恐怖からだろうか? 確かに、そう考えると理屈が通る。姉が死んだとき、母は、たったひとり残った子供に、死んだ姉を結び付けた。母はそうせざるを得なかったのだろう。ジェシカを失ったことは、母にとってそれほど辛いことだったのだ。そして、あたしも母を助けたかった。母のために、母が望む形でそばにいてあげたいと思った。だから、母が、あたしに姉の服を着てほしいと言ったとき、あたしは素直にその求めに応じた。そして、それは実際、良い効果をもたらした。それから2ヶ月ほどの間、ジェシカの服を着たあたしをじっと見つめる母は、その時だけは、以前の母を取り戻したように見えたのだった。でも、あたしが元の自分、すなわち、母にとっては、冴えない退屈な息子に戻るとすぐに、母はまた元の状態に後退してしまうのだった。 あたしは、心が引き裂かれる気持ちだった。母のことはとても愛している、だから、母には、本当に、心から、幸せになってほしいと思っていた。どうすれば母は幸せな気持ちでいられるか、それははっきりしていた。そして、あたしは、はたから見れば気が狂ってるとしか見えないだろうけれど、その方法を受け入れることに決めたのだった。それから間もなく、あたしは、家にいるときは、母の可愛い娘になっていた。服装の選び方、お化粧の仕方、髪の毛のまとめ方、そしてダンスの仕方などを学んだ。母は、丁寧にあたしに教えてくれた。でも、一度も、あたしが本当は息子であることは口に出さなかった。 思春期になり、問題が生じた。その頃までには、あたしも思春期がどういう事態をもたらすか理解できるようになっていた。もし、このまま思春期を迎えたら、母の可愛い娘でい続けることはできないと。ジェシカ姉さんが死んでから2年以上たっていたけれど、あたしは、母が、また、ぶり返すことを死ぬほど恐れていた。男の子に戻ったら、母にとっては、またも、娘を亡くすことになるだろう。だから、あたしはネットに接続した。ホルモン治療の予約を入れるために。 一線を越えているという自覚はあった。それに、後戻りはできなくなることも知っていた。でも、どうしても母を幸せにしたかった。どうしても。なので、ホルモンを飲み始めた。そして、その時から、あたしは他の女の子と同じような体に成長したのだった。 あたし自身はそれで良いと思っていた。本気でそう思っていた。そもそも、本当の意味での男らしさというものを知らずに育ったわけで、大きなロスは感じなかった。女性的な人格で十分、居心地がよかったし、母が幸せである限り、自分も幸せでいられた。だけど、他の男の子のことを知ると、いや、むしろ、他の男子たちがあたしのことを知ると、あたしを取り巻く世界が一変し、混沌状態になってしまった。 高校時代、あたしは、母が極度に厳しい人だからと言って、かたくなにデートを避け続けた。それはそれでうまくいった。女子の中には両親が同じくらい厳しいルールを課する人もいたから。でも、そう言い続けることによって、実際に男子とデートをしなければならない局面から逃げることができていたとしても、男子の方はそうはいかなかった。実際のデートは拒み続けていても、だからと言って男子から何かとちょっかいを出されることは避けられなかった。 高校を卒業したばかりの頃、母はまた別の問題を出してきた。母の友人の息子ジャックをあたしに紹介したのである。彼の場合だと、あたしは母が厳しいからと言う言い逃れはできなかった。母からの紹介なわけだから、あたしがジャックとデートすることに母が反対するわけがないはずで、母のことを言い訳に使うことができないのだった。それに、いくら、彼とのデートを断ろうとしても、いずれは、言い訳の理由が底をついてしまうだろうと思った。彼と最初のデートをした。デートの間、あたしはずっと上の空でいる演技をしたし、彼に送られ家に戻るときも、彼が玄関先まで来ないようにするための理由を考え続けたのだけど、結局、家まで送られ、彼と一緒に玄関に出た。あたしたちを出迎えたときの、母の嬉しそうな顔はなかった。あんなに幸せそうな母の顔は見たことがなかった。 どうしてもやめることができなかった。とりわけ、彼とデートすることによって、母があれほど幸せそうになるのだと知ると、なおさらだった。そういうわけで、あたしはジャックとデートを続け、1年後、彼があたしにプロポーズした時、あたしは「イエス」と返事した。拒み切れなかった。もし拒んだら、母はそのショックを耐えきれなかっただろうと思う。それにあたしもジャックとなら悪くはならないだろうとも思っていた。彼は、将来は医者になろうとしているハンサムな青年で、優しい人だったし、何より、あたしの秘密を知っていた。彼より良い将来の夫は見つからないだろうと思った。 そんなわけで、あたしは彼と結婚した。結婚式自体はとても素晴らしかった。母はあたし以上に式を喜んでいた。ウエディングドレスを着て立つあたしを見る母の目。その母の顔を見ただけでも、こうして結婚式を挙げられてよかったと思った。あの母の顔を見て、あたしは正しい選択をしたのだと自信を持つことができた。 でも、今、こうして横たわってジャックが来るのを待っていると、自分でもどうして母の望むとおりにさせてきたのだろうと不思議に思うところがある。これまでの人生ずっと、あたしは死んだ姉の代わりを演じることに費やしてきた。母が少しでも正気な状態でいられるようにと、あたしは女の子であるフリをし続けてきた。この状態にがんじがらめになっているとも言える。でも、もはや引き返せない。これが今のあたしの姿なのだから。あたしにできることは、できるだけ最高の妻になるよう努力すること。今は彼を幸せにする、それを頑張るほかない。
 62_Choices 「チャック、これが最後だからね」と、あたしは四つん這いになった。「こんなこと続けるわけにはいかないんだから」 「分かってるよ」と彼はあたしの後ろに立った。大きなおちんちんが完全に勃起している。そしてあたしは、はやくそれを中に入れて欲しくて痛いほど疼いている状態。彼が欲しくて欲しくてたまらない。 もし、あたしの妻がこんなあたしの姿を見たら、即刻、この場であたしと離婚しただろう。そうでなくても、あたしたちの夫婦関係はすでに破局に差し掛かっていた。あたしの態度の変化がそれを確実にしていた。でも、こんなふうにお尻を高々と掲げ、親友におちんちんを突っ込んで、激しくヤッテとせがんでるのを見たらどうなるだろう? 最後の一線がぷつんと切れることになっただろう。 これは良くないこととは分かっていた。本当に。でも、やめられなかった。本当のところ、自分が本当にやめたがっていたかも分からない。単なる肉体的な快感だけではなかった。確かに、そういう側面もある。それは否定しないけれど、それより、もっとずっと大きな意味があった。 チャックがあたしを見るときの目つき。あの目を見ると、自分が特別な存在のように感じられた。彼は、あたしの「女っぽい大きなお尻」のことをバカにしたりはしなかった。彼は、あたしの小さなペニスのことや女性的な振る舞いをからかったりもしなかった。彼は、あるがままのあたしのことを好きになってくれていた。確かに妻もそうだと言えるけれど、チャックのそれは、妻に対して言えるよりもずっと本気で言える。妻は、あたしが抑えきれない振る舞いについて、そのひとつひとつについて、すかさず文句を言う人だった。 とは言え、そう言うのは妻に対してフェアじゃないとは思う。あたしは選択をする必要があったのだ。妻と別れて、新しい人生を歩み始め、それに伴うあらゆる周りの評判に対処する道。それと、今まで通り妻と一緒に仮面夫婦を続ける道。チャックとの関係を断つこともあり得て、その場合、あたしは死ぬまで楽しかった思い出で満足しなければならないだろう。 あたしは自分が取る道をすでに知っていたと思う。これまで何百回も心に決めてきたこと。いや、むしろ、あたしが取らなかった道と言い換えた方が良いかもしれない。あたしは、これからも、今までの生活を続けるだろう。いつの日か、どういう形でかは分からないけれど、この人生の道を変える勇気を手にできるようにと願いながら、今後も今までと同じ生活を続けるのだろう。
62_choice and consequences 私は決断した。そして今、その決断の結果を受け入れている。少なくとも、そういうふうに私は自分に言い聞かせている。それに、その決断は正しかったのは確か。そもそも、選択の余地はなかったし、論点も意味がなかったし。ともかく、引き返すことはできない。自分で望んでいたかというのもあり得ない論点。ともかく、望みどおりに生活させてほしいというだけの話しだった。今は、ただ、前のように生活させてくれればいいのにと願っている。それは、そんなに悪いことなのだろうか? 私たち夫婦は、ずっと子供が欲しいと思っていた。でも、それは問題だと思わない人は山ほどいると思う。そういう人は、ゲイの人というのは、テレビによく出てるようなお笑い担当の人だろって思ってる。でも、私たちはそんな人たちとは違う。一生を一緒に暮らしていきたいと思った、ごく普通の人間。だから、この世界に子供たちを連れてきて私たちと一緒に暮らしてほしいと思っても、別にびっくりするようなことじゃないはず。 私の人生で一番幸せな日は、ゲイ同士の結婚が合法化された日。まさにその翌日、彼と一緒に裁判所に行って、私たちふたりのことを合法としてもらった。二番目に幸せな日は、トーマス機関のことを知った日。その機関の助けを得れば、ポールとあたしの間で子供を持つことが可能になると知った日。 どういう仕組みでそうなるかは分からないけど、私の体の中で成長している卵子が、私のDNAで成長しているのを知っている。この子は遺伝子的にも私たちの子なのだ。奇跡のような技術。 私たちのどっちが子を産むか、その選択は難しくなかった。ポールの収入は私のよりずっと多かったから。私たちのどっちが子を産む負担を背負うかとなったら、私がその役割になるのが理にかなっていたし、私も喜んでその仕事を受け入れた。私は、とても現実とは思えない、自分が妊娠するという考えにロマンティックな気持ちを持っていた。 でも、私がつまずいた点は、その点ではない。いや、私は妊娠して気分の浮き沈みが激しくなるとか、強い欲求が出てくるとか、出産時の痛みとか不快感とか、全部、心づもりはできていた。私が予想していなかったこととは、体の変化だったのである。 私は決して女性のような体になることを欲したことがなかった。私は男なのだ。乳房も大きなヒップも、何もかも欲していなかった。単にお腹が膨らむだけだろうと思っていて、それはそれで構わないと思っていたのだった。でも、実際はそういうふうにはなっていないのだった。 周りの人々が私たちに接する態度がすごく変わった。可笑しいくらい変わった。みんな、私が女性のように見えるため、私を女性だとみなすようになった。私たちは「ノーマルな」カップルだとみなすようになった。怪訝そうな眼差しや、決めつけるような眼差し。それがすべてなくなった。このようにして、私たちは受け入れられる存在になったのである。私たちは問題ないと。そこが嫌な点。「ノーマル」だとして受け入れられる感覚を享受している自分が嫌い。これまでずっと必要ない、欲してもいないと言い続けてきた承認を与えられていることが大嫌いなのである。 だけど、今はそれが私の生活の一部になっている。もはや元に戻ることはできない。再び男性に戻ることはできない。妊娠し、子供が生まれた後も、私の体は元の体形に戻らないだろう。それが、母親になるために私が払った代償なのだし、私はそれを受け入れている。ではあるけれども、だからと言って、時々、自分の決断が正しかったのかと迷わないわけではないのだ。
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