 56_Losing a bet 「賭けに負けたら」 「せめてパンティとかだけでも履けないかな? フェリシア、下のところが丸出しなんだよ」 「何? あなたはパンティなんか履きたくないと思っていたわよ? あなたは男だと思っていたけど。男はパンティなんか履かないものでしょ?」 「マジで言ってるの? そんなやり方するわけ? あのバカげた賭けに勝つだけじゃ足りないのか? ボクがこんなバカげた服装して、みんなにじろじろ見られるだけじゃ足りないのか? ボクの古傷をえぐって喜んでるだね」 「ええ、マジで言ってるわよ。あたしがあなたをからかうことが『古傷をえぐってる』ってなるわけ? よしてよ。それに、ちゃんと考えなさいよ。だれも、あなたのことをその外見通りにしか思わないわよ。学生生活の初日のデビューを飾ったキュートで可愛い1年生って。多分、向こうにいる男子学生たちの中には、あなたをデートに誘おうと思ってる人もいるんじゃない?」 「やめてくれよ、フェリシア。こんなの狂ってるよ。お願いだから、こんなことさせないでくれ。そうしてくれたら何でもするから。君の奴隷になってもいいよ。君の代わりに課題レポートを書いてもいい。それとも……」 「まず第一に、賭けは賭けなの、カイル。こういう条件だったの。もし、あなたが勝っていたら、あなた、あたしに罰ゲームさせてたでしょ? 簡単に許してくれたか怪しいと思ってるわ。第二に、あたしは『奴隷』なんかいらないわ。それに、あなたにレポートの代筆を頼むなんて、一番、望んでいないことよ。あなたが書いたレポートを見たことがあるわ。是非ともパスさせてほしいところ。まあ、申し出は感謝しておくけど」 「でも……」 「『でも』も何もないの。もう起きてることなの。あなたが何と言おうとも、もう始まってるのよ。あなたは女子学生として登録したわけだし。女子寮であたしと一緒に部屋を共有するわけだし。それにあたしはあなたを解放するつもりはないわ。1セメスターだけの話しよ。この機会を利用して、女性の心についての洞察を学ぶくらいのつもりでいればいいのよ」 「ボクは……うーん……分かったよ……」 「あなたなら、あたしの立場になって考えられると思っていたわ。さあ、写真を撮りましょ! あなたのちっちゃいのもちゃんと見せてね! それから笑顔になるのも忘れずに!」 「これって、すごく屈辱的だ。ちんぽを撮りたいなら、そこだけを撮ってよ。いい?」 「そんな聞き分けのない娘みたいにならないの。素直になったら、明日、パンティを履かせてあげてもいいわよ。キュートなソング・パンティとか……」 「このセメスター、長いセメスターになりそうだな……」
 56_Lesbian by design 「作られたレズビアン関係」 「ああっ……」 彼女にゴム製のファラスを突き立てられ、あたしは喘ぎ声をあげた。 「このおちんちん、大きいでしょ? あなた、大好きよね?」 彼女があたしの耳元に唸り声で囁く。それに応えて、あたしはまたも喘ぎ声をあげる。「やっぱり好きなのね。あたしの大きなおちんちん、大好きなのね!」 「うん、大好きなの!」 甲高い、喜びの声があたしの口から洩れる。あたしは小さなバイブを持って後ろに手を伸ばし、ふにゃふにゃのペニスと今は役立たずになっている睾丸の間の場所に押し当てた。あたしが女なら、この場所に快楽の入り口があるはず。ホルモンが効果を発揮して、あたしの男性器は何らかの化学的薬剤を飲まなければ機能しなくなっている。代わりにバイブが刺激の手段になっていた。あたしは、このようにしてアナルを犯されることでもオーガズムを得る方法を獲得していた。 あたしと彼女の関係は不思議な関係と言える。ふたりは普通のカップルとして付き合い始めたのだけど、ふたりの関係は、急速に、レズビアンの関係に似たものに変わっていた。今やあたしは女として生きている。女のようにセックスをしている。それに正直言ってしまうと、自分は女だと思っている。女でいるときだけ、正気でいられるようになっている。 実際は、あたしは女になるよう自分から動いたわけではなかった。女性になりたい願望を心の奥深く眠らせていたといった人間ではなかった。ごく普通の男だった。彼女に会うまでは。 彼女はあたしが望むすべてだった。彼女が望むならどんな人間にでもなりたかった。そして、今のあたしがいる。これがあたしの本当の姿。
 56_Just once 「いちどだけ」 「ダイアン、マジで居心地悪いんだよ。それ、分かってほしいんだけど、いい? いや、マジで……」 「分かったわ。でも、真面目でよ、ジャック。大したことじゃないわ。単に服装の問題じゃないの?」 「それに化粧も。美容院通いも。脚の脱毛も」 「オーケー、それくらいにして。でも、それであなたが変わるわけじゃないでしょ? あなたは前と同じ男。ただドレスを着ているだけ。なによ、全然、大したことないじゃない」 「ああ、大したことないよ。確かにね。だけど、ボクは……」 「ちょっといい? 本当にやりたくないなら、別に無理強いしないから。でも分かってほしいのは、これってあたしにとって一番萌えるシチュエーションなの。いい? あなたがやりたいことに、あたし、付き合ってあげてるでしょ? 今度はあたしの番よ」 「ボクの方はそんなに大したことじゃないのに」 「ええ、まあ、あんたは縛られる方じゃないからそう言えるかもね。あたしにとっては大したことなのよ。だから、これ。あたしたち、ここまで来てるのよ。あなたはすでにすっかり女の子の外見になっている。だったら、一晩くらいあたしの彼女になってくれててもいいんじゃない? 約束するわ、あなたもきっと楽しめるから」 「わ、分かったよ。でも、これで終わりだよ。いいね? これが終わったら、もうこんなレズ遊びは終わりだよ? ボクたちは普通の彼氏・彼女の関係に戻るんだからね?」 「ええ、もちろん。あなたがもう一度やりたいって言わなければの話しだけどね……」
 56_Intruder 「侵入者」 自分のパンティで目隠しされて仰向けになっている。体を縛られ動けない。身をよじっても動けない。でも、これはすべて遊びの一部。ドアが開く音が聞こえた。ちょうつがいがきしむ音が耳に響く。重たそうな金属音が広大な部屋にこだました。あたしは笑みを浮かべた。もうすぐ始まる、と。 でも、いつもと何かが違う。それを最初に感じたのは、入ってきた人の足音を聞いたとき。フェリシアのいつものコツコツというハイヒールの音と全然違う。威圧的なドスンドスンという足音。 「フェ、フェリシア?」 期待で声がかすれていた。 でも返事は、遠くから聞こえる男の笑い声だけだった。 自分の現実の状態を理解し始めるのに合わせて、頭の中、パニックが暴れ始めた。自分は素っ裸で縛り上げられ、まるでこの侵入者を迎えように脚を大きく広げてる。もしこの男があたしを奪いたいと思ったら……それは確実だ……そうなったら、彼を止めることはほとんどできない。そして、それを望む自分もいる。 「だ、誰?」 わずかな勇気を振り絞って訊いた。声が小さい気がした。あたしは形ばかりの目隠しを振りほどこうと、頭を激しく振った。そしてすぐに、その努力は報われ、見えるようになった。頭をもちあげ、侵入者を見た。そしてハッと息を飲んだ。 「おや? 俺が分かるんだな」悪意に満ちた平然とした声だった。「ずいぶん前だったから、分からないかもしれないと心配したよ」 「何を……ここで何をしてるんだ?」 勇気を出そう必死で訊いた。でも、それが茶番にすぎないことは彼にもあたしにもはっきりしていた。「フェリシアはどこ?」 「今日はお前の彼女は来ねえよ。で、俺はってか? 俺がなんでここにいるか分かってるんじゃねえのか? ずいぶん前のことだが、お前は忘れちゃいけねえだろ? 4年にわたって俺をイジメを続けていたことをよ。全部、俺の性的嗜好をネタにイジメてた。マジで皮肉な状況だよな? お前がそんな格好でいるとはな。どうなんだ? それ、ずっと隠し続けていたのか? それとも、最近、目覚めたってことか?」 「あたしは……」 「いや、言わんでいい。答えは知っている。フェリシアは、お前が俺を扱うやり方をずっと前から憎んでたんだよ。お前、知ってたか? ずっと前からだ。そして彼女はお前を罠に嵌めていたんだよ。どうやってお前に償わせるかをずっと考えていたわけさ。最初は他愛のないことだったな。バカバカしい計画で、結局、俺たちは実行しなかった。だが、最近、フェリシアはお前を変え始めたんだよ。少しずつな。しかも、その間ずっとお前は自分で考えて変身してるんだって思い込んでいた。パンティとかホルモンとか縛りとか……ストラップオンも。フェリシアが言ってたぜ。お前、最近はストラップオンで犯されるのが大のお気に入りって言うじゃねえか。そこでだ、取引しようぜ。俺は今から、淫乱のお前にふさわしく、お前を思う存分犯す。お前には犯されてヨガリ狂ってほしいもんだな。もし、俺がお前は本当にオーガズムを感じていると思えなかったら、そん時は、お前は今まで通り縛られたままだ。だが、もし俺がお前が喜んでると納得したら、縛りを解いてやってもいいだろう。どうだ、この取引?」
 56_Interview 「面接」 「さあ、がんばって、ボビー」と、レニーはボクの後頭部に手を添え、優しくボクを前に押した。ボクは従順に口を開いた。ペースさんのペニスがボクの口の前、何センチも離れていないところでぶらぶら揺れていた。そして突然、頭のことろがボクの舌の上に当てられた。何をすべきか、何を期待されているか分かっていたけど、どうしても躊躇ってしまう。ためらう理由は山ほどあった。 レニーはなだめるようにボクの髪の毛を撫でた。何が問題か、レニーは知っている。ボクも彼女も知っている。でも、どうしても壁を打ち破れない。どうしても、この一線は越えられない。 頭の中、この行為は問題ないんだとする理由を探しまわった。どれだけ犠牲があろうとも、この仕事を得る機会をもらえたことだけでも幸運だったのは分かっている。レニーは、ボクがこのポジションにつけられるようにと、たくさんコネを使ってくれた。その恩に報いるためにも、彼女の期待にそぐわなければならない。 最悪な点はボクの性別ではなかった。外見とは違って、ボクは女じゃない。多分、女性的なところはあるにしても、女では決してない。それに女になりたいとも思っていない。ボクは単に会社の服装規定に従っているだけだ。レニーによれば、秘書はスカートかドレスを着なければならず、例外はなし、とのことだ。ちゃんとした印象を与えるためには、標準的な適切な服装をするほかほとんど道はなかった。そして、それが意味することは、そういう服装をするだけにはとどまらないということでもあった。そういう服装にちゃんと慣れている必要もあった。というわけで、レニーにも手伝ってもらって、ボクは女性的になるよう変身したのだった。かなり可愛くなったと自分でも分かる。その面で努力をしなかったら、ここまでこれなかったと思う。 もちろん、会社の人たちはボクが男だと知っている。最初、嘘をつくことを考えたけれど、レニーがそれはいけないと忠告してくれた。ボクは彼女の判断にしたがった。 でも、前に言ったけれど、女の子に仮装することは、最悪の点ではない。最悪なのは、そこではなくて、ペースさんのような人たちが、ボクのことを欲求を満足させる手段としてしか考えていないと悟ったことだった。ボクは人間ではなくて、あるひとつの目的のためのモノにすぎないということ。それを前もって知っていなかったならば、あのあからさまな現実をやり過ごすことができなかったと思う。口唇奉仕をすることが面接審査の一部になってるという事実。 面接の場でそれを知ったとき、ボクはなぜ自分はこの場にいるのかを思い出した。ボクはギリギリの状態で、ホームレスになりかかっていたのだ。何よりも、自活できる手段である仕事が欲しかった。こんなことでためらうことよりも、誇りを守ることよりも仕事が欲しかった。まして、男らしさにしがみつきたいという気持ちなど、仕事を得るためなら、どうでもよかった。そして、ボクと仕事の間に立ちふさがっているのは、ペースさんのペニスだけ。これは障害物にすぎないと認めた後は、ためらいの気持ちは一気に薄れていった。そして、ボクは「面接」において、とても情熱的な仕事ぶりをしてみせたのだった。
 56_Hope 1 「希望1」 椅子のひじ掛けに覆いかぶさるあたしに対し、ひとりは口を犯し、もうひとりはあたしを屈服させんとばかりにアナルを突きまくる。そんな中、あたしは、どうしてここまで来てしまったのだろうと思わずにいられない。この3年間、あたしは体を好きなように使われて過ごしてきたが、いまだに、心の中「なぜ」の疑問を包み隠せてきれてはいない。 昔の人生をぼんやりと覚えている。あたしは重要な人物だったようだ。株のブローカーとか。弁護士とか。あるいは会計士とか。いずれにせよ、あたしはかなりの権力者だった。裕福でもあった。その点は一番覚えている。欲しいものは何でも、手に入れられた。 それが、どうしてこんなふうに間違ってしまったのだろう? 恐れていたのを知っている。心の底からの恐怖だった。あたしを怖がらせていたのが、身体的な打撃だったのか、もっと一時的なことだったのか分からない。それは関係ない。そういう詳細については覚えていない。でも、この状態になることに同意したことは覚えている。あたしは必死だった。恐れていた。それに他の選択肢もなかった。だから、これに同意したのだ。 そういうふうにして、あたしは娼婦になった。ある種の取引だった。この選択肢を出されて、あたしは選んだ。そうしなかったらどうなっていたかを思うと、体が震えてくる。 これからどうなるのか、分からない。どんな未来が待ち構えているか分からない。あたしは、それが一番怖い。 たったひとつ、一筋の希望が得られるとすれば、ある単純なことを思うことからだけ。つまり、ずっと娼婦のままでいるなんてありえないということ。そうでしょ? そうよね?
 56_Hope 「希望」 客観的に言って、あたしは可愛いと思う。多分、綺麗だとも言える。人はあたしを見れば、ゴージャスな女がいると思う。誰も、あたしを男だとは思わない。でも、あたしは、自分がかつて男だったと知っている。自分がどんな人間だったかを覚えている。 この種の自己に関する不安感は普通の人も抱いているものだ。あたしは、そう考えて自分を落ち着かせる。この不安感、普通だとは言えないとしても、少なくとも理にかなっているのは確か。あたしは苦悩、拷問、揶揄、嘲りの年月を忘れることができない。イジメを受けた経験、たいていは言葉によるイジメだったが、それが今もあたしにこびりついている。肉体的な暴力は、傷については数日で直るけれど、それを受けた経験自体は今も心の中に残っていて、普段は離れたところに潜んでいるけれど、時にあたしの思考に顔を出してくる。 あたしは、自分が壊れていて、今の生活を送られていることがいかに幸運であるかが認識できなくなっているのではないかと恐れる。自分は幸せであるはずだと思いつつも、満足と言える状態を達成することから遠く離れていると認識している。これはフラストレーションを高める状態だ。 あたしは、自分が演じているような人間になりたい。愉快で、社交的で、こだわりがなく、自信にあふれた人間。人生の半分を別の人間の肌をまとって生きてきた人間にとって、モノマネをすることは簡単だ。あたしは仮面をかぶっている。そして、その仮面にふさわしい生活を送っている。だが、それは外面にすぎない。自分はノーマルなのだと自分が納得できるよう計算した行動にすぎない。でも、本当のあたしはノーマルではないのだ。それは否定できない。 むしろ、単純に、自分がノーマルではないことを認めて、ノーマルでない生き方をし、どういう方法でかは分からないけど、ノーマルではないという真実がしつこく顔を出してくることに対処する方が健康的なのではないか。そう思うことがよくある。多分そうなのだろう。 でも、あたしにはそれができない。あたしは生活していかなければならないし、この容貌を維持し続けなければならない。非常に多くの人々にとって、あたしという存在は非常に大きな意味を持っている。ひょっとすると、どこかにあたしのような別の10代の若者がいるかもしれない。彼はあたしと同じ生活をしている。彼はあたしと同じ痛みを感じ、同じ苦難を味わっているかもしれない。彼の不安感はあたしの不安感の丸写し。ひょっとすると、彼は、あたしを見ることで、あたしの仮面を見ることで、あたしよりも良く適応した人間になれるかもしれない。もしそうなら、あたしの生き方も価値があることになるだろう。 それが、大事なこと。そうじゃない? 希望。今より良くなろうと人を駆り立てるもの。それが希望。あたしたちは皆、次の世代の良き見本にならなければならない。あたしたちは、次の世代の人々に、あたしたちが世界に溢れるヘイトや、性差別主義や、イジメに屈することがないことを示さなければならない。だからこそ、あたしは誰もに注目を浴びる人になりたいと思っている。だからこそ、あたしは努力を続けている。
 56_Halloween 1 「ハロウィン 1」 「こんなの、本当に、良い終わり方はしないと思うってボクは言ったからね。ちゃんと、それ、記録にとどめてほしいな」 「ねえ意地を張らないで。そんなに大げさに考えないで。ただのパーティじゃないの」 「ということは、何を言っても、これをするのをやめさせることはできないってことだよね。ふん。ていうか、ボクは文字通り、これをやめるためなら、ほとんどどんなことでもするのに……」 「ええ。もう何百回も言ったはずよ、サム。これは約束なの。賭けだったんだから。あなたが勝ったら、あたしに露出したエッチな格好をさせるつもりだったし、絶対に、それを取り下げたりしなかったはず。だから、あなたが負けた以上、これは仕方ないことなのよ」 「で、でも、これは違い過ぎるよ!」 「どうして? そんなことないわよ。男の人がハロウィンでエッチなコスチュームを着るのって変だから? 女の人だけがエッチな服装をするべきなの? あなたって、すごい男女差別主義者なのね。どうりで、あなたは負けたとき、あんなに驚いていたわけだわ」 「それはボクが言ったことじゃないのは知ってるじゃないか。ボクが言ってるのは、ただ……このコスチュームが……これが女の子のコスチュームだってことだけだよ。女子学生の格好だということ。お願いだよ、アンジー。こんなの変だって思うだろ? みんながどう思うか知ってるはずじゃないか?」 「みんな、あなたのことをセクシーだって思うでしょうね。あのね、ある意味、そこが重要な点なの。それに、どうなるか誰にも分からないわ。……ひょっとすると、あなた良いことがあるかもしれないわよ。あたし、あなたのそのパンティの中に入りたくてうずうずしそうな男なら、山ほど知ってるもの!」 「ぼ、ボクは……ボクはそんなんじゃ……こんなの……別にボクは……」 「冗談よ、サム。ほんと、冗談だって分かってよ。あなたはパーティに行く、そしてみんな、あなたを見て大笑いする。それでおしまい。だから、心配するのはやめること。いいわね?」 「あ、ああ、いいよ……」 「そして、もし、誰か男の人があなたに言い寄ってきたら、ちょっと軽くフェラをしてあげること。ともかく、男たちみんなが求めてることと言ったら、それだけなんだから、気にしないの」
 56_Gone too far 「やりすぎ」 「何てこと!」 とマーシャは叫んだ。玄関を入ったときから、何が起きてるか彼女には分かっていた。夫が絶頂を迎えて叫ぶお馴染みの声が、家じゅうに響き渡っていた。だが、それを知っていることと、それを目にすることは、非常に異なることである。実際に目にすれば、怒り、悲しみ、諦め、そして興奮の感情が同時に湧き上がってくるものなのである。 「ああ、いいっ……もっと突いて!」 突き入れられるたびにハンターは声を上げた。彼はベッドの上、両脚を大きく広げ横たわっていた。その後ろには隣に住むカートがいて、後ろから彼を突いている。ハンターが自分で胸を愛撫する中、彼の萎えたペニスは、突き立てられるたびに上下左右に振れていた。 このような光景をマーシャは数えきれないほど見てきた。しかも、相手の男性は多数にのぼる。彼女は夫の悪癖をよく知っていたし、実際、彼に女体化を勧めたのは彼女自身だった。彼にホルモン剤を買ってあげたし、手術の代金も出してあげた。多量の新しい女性服も買ってあげた。忌々しいことに、彼女は、町はずれのダイブ・バー( 参考)で知り合った男に、彼がアナルのバージンを奪われる現場にもいたし、それ以来、ふたりで数多くの男たちを共有してきたのだった。でも、彼女にとって、自分も一緒にプレイしている時と今とは大きく違っている。自分がかかわっていない時に夫が他の男とヤッテいるのを見る……これは、彼女が不貞かどうかを分ける一線を越えた行為だった。 正直になれと言われれば、彼女も、これはハンターにとっては当然の進化だと認めたことだろう。彼が男であることをやめてから、ずいぶん経つし、今や、女性を惹きつけるような部分は完全に消滅している。いつの日か、彼が自分で男と会う機会を作っても、驚くべきべきことではなかったはずだった。とはいえ、愛というものは非合理的なものであり、マーシャも同じく非合理的であった。 「何よ、このエロおかま!」 言葉を可能な限り毒を含んだ言い方で包んで言った。グサリと突き刺さる言葉にしたかった。「もう、本当に……こんな…。ハンター、あんた…最低!」 だが彼女はしどろもどろになっていた。悪態をつくかわり、彼女はクローゼットに行き、スーツケースを出し、中に衣類を投げ込み始めた。その間ずっと、ハンターは妻をなだめる理屈を考えようとしていた(その間もカートは激しく彼のアヌスに抜きさしを繰り返していた)。考えようとしていたとは言え、身が入った思考とはとても言えないものだったが。 「残りの荷物、誰かに取りに来させるわ」 マーシャはそう言って、大きな音を立ててドアを閉めた。
 56_Gender equality 「ジェンダー平等」 「ああ、なんてこと。あの人にだけは……」 ディは訪問してきた女性を見てつぶやいた。 顔を隠そうとした。だが、外見が大きく変化しているにも関わらず、彼女はどういうわけか彼であることに気づいたのだった。彼女は、カウンターに座る彼のところにゆっくりとした足取りで近づきながら、顔に邪悪な笑みを浮かべた。 「デアンダーよね?」と彼女はもっとよく見えるようにと、小首をかしげて彼を覗き込んだ。「あなたでしょ?」 ディは彼女に返事する以外、他に道はないと悟り、作り笑いを浮かべた。「やあ、シモーヌ。調子はどう?」 彼女はそれには返事せず、ただ高笑いをした。「あらまあ、これって完璧じゃないの。完全な完璧。デアンダー・ゲインズが、なんとストリッパーに! あたし嬉しくって、いま死んでもいいくらいよ」 気力などほとんどなかったけれど、それでも気力を振り絞ってディは答えた。「ボクの人生を見て楽しんでもらえて、嬉しいよ」 「あら、もうイヤだわ。ちゃんと皮肉を読み取らなきゃダメじゃない。あんたはちんけなストリッパーなの。いろんなことあったし、かつては、あなたはあんな人だったのに、それが今は、こんな……」 「分かってるよね? 最近は、ボクのような男にはあまり選択の余地がないんだ。ボクは、生きていくために、しなければならないことをしてるんだ」 もちろん、彼が言ったことは正しかった。4年前、ジェンダー平等法案が可決した。それ以前は、ディはフットボールのスター選手で大学リーグに進むのが確実だったし、望むらくは、NLFにも行ける存在だった。だが、その最初の法案は、「男性優位」とされていたほとんどのスポーツ界に男性の参加を禁止する法案であり、それが可決したのに伴い、彼が描いていた将来の進路は、文字通り、彼の人生からはく奪されたのだった。進路を失い、高校卒業後の展望もなかった彼は、苦境に陥った。 その一方で、さらにいくつもの平等法案が可決されていった。法案が可決されるたびに、家父長制の要素が削り落とされ、10件以上もの規制が制定された後、家父長制は完全に解体され、男性を2級市民とすることが強固に確立されたのだった。これらの法案が意図していた通り、男性が新しい地位を占めることにより文化の変革が求められた。そして、大半の男性が、(対応する女性たちによる執拗な要求に応じて)、以前よりはるかに従属的で、伝統的には女性の役割とされていた役割を担うようになったのである。そのような文化的変革は、男性たちが望むと望まざるとにかかわらず進行した。結局、女性からの理にかなった要求を男性が拒むことは法律に反するということになったのである。この場合の「理にかなった」という言葉の意味は、完全に当事者の主観にゆだねられていた。 スポーツ以外、特に有益なスキルを持たなかったデアンダーにとって、これが意味することは、彼は生きていくためには、最終的に、女性の友人たちの慈善に頼らなければならないということだった。次から次へと女友達の間を渡り歩いたが、相手を変えるたびに、より支配的な女性を相手にしなければならないようになっていった。彼女たちのしつこい求めに応じて、かつては逞しかった彼の肉体も、より曲線豊かな体へと変えられ、服装も、よりジェンダーにふさわしい新しい衣装を着るよう仕向けられた。ちょうど、その時期と同じ頃、彼は否応なく現実を突きつけられた。その現実とは、たいていの女性が彼をひとりの人間としては見ておらず、おもちゃ、性的な慰みモノ、あるいは、他人に見せびらかすためのトロフィとしてしか見ていないという現実だった。現実が過酷であることを悟ったのであった。だが、彼は、その現実をいったん受け入れた後は、むしろ、その現実を、独り立ちするためのチャンスと考えるようにもなった。 そういうわけで、かれは男性ストリップクラブで働くようになったのだった。そのようなクラブは、数多くあり、いずれもジェンダー平等法の施行後、雨後の筍のように出現した風俗店である。そのような店で働くことは屈辱的であるはずだったが(実際、そう感じるときもあったが)彼は、そこで働くことによる果実と、その果実がもたらす自由をありがたがるようになっていた。たいていは、彼は自分の今の姿に納得し、心穏やかに過ごしている……ただし、まれにしかないが、彼の過去を知っている人が現れる時を除いては。シモーヌは、そんな彼の過去を知る人のひとりである。彼女は高校時代の彼のガールフレンドだった。 「ごめんなさい」とシモーヌは言った。自分の反応がひどく不適切だったことに、突然、気づいたのだろう。「世の中を渡っていくのが大変なのは分かっているわ。でも、ちょっといい? あなたのシフトが終わったら、一緒に会えないかしら? あたし、この店を買い取ろうと考えているの。だから、お店のことについて教えてほしいのよ。それに、互いに高校の後、どんなだったか話し合えるでしょ?」 「そ、それは嬉しいです」とデアンダーは言った。
 56_Fitting 「お似合いの衣装」 「本当にするの? 本気で?」 ボクはティナが折れて、この状況からボクを解放してくれると願いつつ訊いた。 「もちろん、やるわよ。これはあなたが考えたこと。どうしてあなたがそんなに聞き分けない子みたいに言うのか分からないわ」 長年、ティナとボクは、性生活にロールプレイを取り入れて夫婦生活にスパイスを加えてきた。最初はとても単純だった。女子高生プレイとか警察プレイとか海賊プレイとか。まあ、よくある普通のタイプ。でも、1年ほど前、妻がランジェリー姿になったボクを見てみたいと言い出したのだった。そして、その時から、ボクたちはどんどん深みにハマっていき、ボクが寝室で女性の役以外の役を演じることが珍しいほどにまでなっていた。 そして、それがその程度でとどまっていたならば、それはそれで良かったと言えた。ボクとしてもその役割を演じることで完璧に満足していた。もっと言えば、いろいろな意味で興奮することだった。そういう興奮があるなんて、それまでのボクがまったく思ってもいなかったことだった。でも、ティナの場合、5センチメートルの物を与えると、5キロメートルの物を手に入れようとする人間なのである。ボクは彼女がそういう人間であることは十分知っていた。だから、ボクは、その後どういうことになるかちゃんと分かっているべきだったのだと思う。 それから間もなくして、ボクは男の服装をしている時よりも女性の服装をしている時の方が長くなっていた。ティナはボクにダイエットするように仕向けた。お化粧もするように仕向けた。ボクのウィッグや女性物の衣装のコレクションが急速に増えていった。そしてすぐに、ボクが男性の服装をする時間は、仕事に行く時だけになっていったのだった(下着については常時、女性物になっていた)。スーツはどんどん着心地が悪くなっていき、それとは正反対にレースのランジェリーがお好みになっていった。 自分で認めてしまうが、このような側面でちょっとした秘密を持っていることに、ボクはワクワクしていた。確かに、いろいろなことについて、かつての状態に戻したいと思う時はあった。でも、そのように思うのは滅多になくて、しかも、そういう思いはすぐに消え去るのがふつうだった。ティナは自分が望むようにボクを仕向けていたし、ボクもそうされるのが好きだった。ハロウィンが来るまでは…… 「それに、その格好、お似合いの衣装でもあるわ。あなたがあのおぞましい雑誌を見てたのを見つけた後だから、なおさら」と彼女は2週間ほど前の出来事のことをほのめかした。あの時、ボクは古い『プレイボーイ』誌を見ながら自慰をしていたところを彼女に見つかってしまったのである。「それに、ハロウィンなのよ。バニーガール姿の男を見ても、誰も気にも留めないわよ。よくあるジョークだと思うはずだもの」 鏡で自分の姿を見た後では、彼女の言葉は正しくはないと思った。この姿のボクを見て、ボクがこの姿になったのは初めてだなんて、誰も思わないだろう。これが転換点になると思った。このハロウィン・パーティの後は、職場の誰もにボクの小さな秘密が知れ渡ってしまうだろう、と。でも、ティナに反論することは不可能だった。彼女と言い争っても、ボクは決して勝てず、最終的には、彼女が望んでいることを達成してしまうのだ。多分に、それはボク自身も望んでいることなのかもしれないけれど。
 56_Fitting in 「フィット・イン」 「ああ、すげえバカになった気分だ。までバカすぎ」 とアダムが言った。 ケビンは彼のスナップ写真を撮った。「なんで? なんかマズいか?」 「なんかマズいか、だって? マジで言ってるのかよ」 とアダムは信じられなそうな面持ちで訊いた。「俺、フリークのハーレイ・クイン( 参考)のコスチュームなんだぜ? 見ただけで分かるだろ?」 「お前、ハーレイ・クインが好きだっただろ? あの映画で一番いいのが彼女だって言ってたじゃないか? それに、今年のハロウィーンのコスチュームでは、これが一番人気なんだぜ。分かんねえなあ……」 「全部言わなきゃ分からねえのか? 俺が女のコスチュームを着てるってことだよ。さらに悪いことに、これがまた俺に似合っているということだ。マジで嫌に……」 「その通りだよ。お前、本当にキマってるよ。でも、それを求めていたんだろ? ちゃんと馴染みたいって? おまえ、俺に何て言ったっけ? 大学は高校のようになりたくないって言ってたよな? 大学ではクールと呼ばれる人気者になりたいって。そうだろ? いいか? このコスチュームよりもお前を人気者するものはないって。いいから、俺の言うことを信じろよ。俺はちゃんと分かってやってるんだ」 「わ、分かるけどさ。でも……つか、何て言うか、男の着るコスチュームはダメなのか? この衣装、何か他の意味もあるに違いないって感じがするんだよ。分かるだろ?」 「もちろん、他の意味もあるよ。でも、肝心なことがあるんだ。これを聞いても、悪くとるなよ。いいか、アダム。お前が自分が着たいコスチュームを着ても、絶対、お前は人気者のカッコイイ男子なんかになれねえんだ。お前はそういう体格をしてないって、それだけの理由だ。男のコスチュームは全部、体格が大きくて、筋肉隆々なヤツにしか似合わないようになってるんだ。端的に言って、お前はそういう体をしていない。でも、それでいいんだよ。本当に。ともかく、俺たちは、お前の体格に合わせなくちゃいけないということだ。少なくとも、お前がジムでしっかり筋肉をつけるまではな」 「でも……」 「でもはもういいよ、アダム。俺に手伝ってもらいたいんなら、このコスチュームが答えだ。受け入れもいいし、このまま帰ってもいい。でも、俺はこれ以上、お前とここに突っ立って話し合っているのは御免だぜ」 「わ、分かったよ……」
 56_Failure 「失敗」 「あの役をもらえないって、あんた、どういうこと? あたしがこのためにどんな経験してきたか、分かっていないでしょう?」 「あの役をやるって誰も言ってなかったはずだぜ」とヒューは、ズボンのチャックを上げながら答えた。「それは君が思ったことだろう? サイコロを投げて勝つときもあれば負けるときもある。よくあることさ」 「あの役はもう手に入れたも同然だって言ったじゃないの!」 ザックは叫んだ。「特に、あたしが…あたしが……した後に……」 「いいか? ふたりとも楽しんだじゃないか」とヒューはシャツのボタンを締めながら言った。「あの話はそれくらいにしようぜ。何か他のことが出てきたら、君に連絡するから」 ザックは何を言ってよいか分からなかった。若い女性を食い物にするプロデューサーの話しは確かに聞いていたが、自分はそういうことには関係ないと思っていた。彼はヒューが身支度をし部屋から出て行くまで、ずっと彼をにらみ続けた。そしてヒューが出て行ったあと、彼は独り言を言った。「いったい、これからどうしたらいいって言うのよ?」 それは当然の疑問だった。彼は、ヒューにしつこく求められて、あの役を得るために自分の体を完全に変えたのだった。いまさら元には戻れないことも承知していた。少なくとも、元のザックには戻れない。どうしても思ってしまう。なぜ、自分は素直に負けを認め、故郷に帰り、自分の生活をすることができなかったんだろうと。何とかして役者になるために、苦し紛れの努力としてすべてをなげうってしまったのだろうと。 しかし、その疑問を考えても意味がなかった。すでに答えを知っていたから。あの役は一発逆転の大役だったから、この姿になったのだし、有名な俳優になることをずっと夢見てきていたからでもあったのだ。望むことは有名俳優になることだけ。それが叶わないなら、自分は惨めな落伍者にすぎないと。そうであるから、これまでの数多くの女優達と同じく、彼はやらなければならないことをやったわけである。そして、これまでの数多くの女優たちとちょうど同じく、彼は無残に敗れたということだ。 だが、以前の生活に戻ることは不可能だった。彼はこの先、何が求められようと、それを行うと固く決意し、前に進むほか道はなかった。
 56_Drastic steps 「過激な処置」 「あんたたち3人、もっとシェープアップした方が良いわね」とゾーイが言った。「あたしはね、あんたたちの叔母さんに、うまくいっていないって報告する羽目になるのは御免なんだから。あんたたちをトラブルから救うために叔母さんがどんなに苦労したか分かってるでしょ?」 何も着ていないも同然の3人のストリッパーたちは、ゾーイの話しを聞きながら、不安そうに体をもぞもぞ動かした。ゾーイは右側のストリッパーを指さした。「ダミアン! あんたは一番年上なのよ。あんたが、他のふたりをきちんと躾けなきゃいけないの。なのに、あんたったら、昔の〇姦仲間とおしゃべりばっかりしてるじゃないの。そんなことしても上手くいかないからね。分かってるくせに」 次に真ん中を指さし、彼女は続けた。「それにあんた、マーク! 今度、あんたがお客さんにシャンパン・ルーム( 参考)でフェラをしてるところを見つけたら……」 「ごめんなさい、ゾーイさん。もうしませんから」 「自分の時間にアレをやるなら、とやかく言わないわよ。でもね、店でやってるのが見つかったら、あたしがライセンスを取り上げられちゃうのよ。そうなったら、あんたたち、どこに行くつもり? 叔母さん、あんたたちを殺すかもしれないわよ」 「同じことがシーンにも言えるわ」とゾーイは左端のストリッパーを顎で指した。「それに加えて、あんた、もう一度でも遅刻したら……」 「ちゃんと聞きなさい! あんたたちがなぜここにいるか分かっているでしょ? あたしが、あんたたちの叔母さんのやり方に同意していると言ってるわけじゃないの。ただ、彼女の努力はリスペクトしてるわ。もし、彼女の処置がなかったら、あんたたち、あんたたちの父親と同じ道をたどって、街から消されていたのは十分に理解してるのよ。つまり、今のあんたたちのようになるか、刑務所に送られるか、あるいは銃で撃たれるかのいずれかだったということ。あんたたち、それちゃんと分かっているでしょ? だから、あんたたちをクビにすることだけはさせないでほしいの。あんたたちの叔母さんに、もっと過激な処置をとらせるようなことはやめてほしいのよ」
 56_Desperation 「必死の努力」 教えられたとおりに脚を開く。指をあそこへと持っていき、いじり始める。肌の柔らかい部分を左右に広げる。 「これ、お好き?」 とふにゃふにゃの分身を軽く弾く。「おじさん、これ、しゃぶってみたい?」 男は舌なめずりした。この男はゲットできたなと分かる。彼は、あたしが払ってと言えばいくらでも払うだろう。やってと言えばどんなことでもするだろう。こういうパワーをあたしは使い慣れてきた。男たちを操る能力。これはあたしがしっかり習得してきたスキルだ。彼と瞳を見つめあう。ふたりとも今夜どういうことになるか分かっている。 彼にとっては、最もワイルドな妄想を現実にする激しい夜になる見込み。あたしにとっては、利益を得る見込み。代金はふたりとも充分了解済みだ。別れるとき、彼は、2千ドルほど財布が軽くなっているだろうし、あたしは少しだけ自尊心が損なわれているだろう。それがふたりの取引。それがあたしの日常。 でも、あたしは、いつまでもこんなふうなことが続くわけではないと思い、自分を慰める。いつの日か、新しい生活を追求するのに十分なだけのおカネを貯めて、自分に対して新しい物語を作り始めるのだ。事情により今は売春をせざるを得なくなっているけど、辛抱し続けていれば、やがて道が開けていく。あたしはそう確信している。 実際、あたしのような話は、そんなに珍しくはない。あたしは若く、身寄りがいなかった。そして、本当の自分だといつも思い続けてきた女性になりたいと必死に願っていた。だけど、その種類の変身は、安く手に入るわけではない。ホルモンやら手術やら、おカネがかかる変身なのだ。あたしにはそのような経済的負担に耐えるだけの資力はなかった。だから、唯一残されていた道に目を向けざるを得なかった。つまりは売春。 でも、とうとう、変身が完了した。借金を払うには、後もう2ヶ月ほどあればいい。その暁には、自由になれる。そして、とうとう、あたしにふさわしい人生を手にすることができるのだ。
 56_Deal breaker 「約束違反」 あたしの友達みんなが、彼はシシーだって言う。みんなあたしに警告しようとしてくれてたんだろう。でも、あたしは耳を貸さなかった。分かってくれると思うけど、彼は非常に繊細な人なだけだろうと思っていた。女性的な面に理解がある? それって良いことと思われているんじゃない? でも、あたしはちゃんとみんなの話しを聞くんだった。 振り返ると、たぶん、その兆候はかなりはっきりしていたのだと思う。髪を長くしていることを見て、警戒すべきだったかもしれないけれど、あたしは、最近は、長い髪の毛の男の人も多いわと思っていた。ていうか、確かに彼の髪形はたいていの長髪男性と違うけど、それはスタイル的なものにすぎないと思っていた。 マニキュアとペディキュア(とか、スパ通い)も、彼の本性を教えてくれるものだったかもしれない。赤いポリッシュを使っていたのも特に。てか、そんなことする男ってどんなの? って。当時、あたしが何を考えていたのか今は分からない。多分、否認ってのだと思う。 お化粧についても同じ。毛を剃った脚についても同じ。それに、「アンドロギュノス」的な服装についても(ええ、分かってるわ、その通りよ)。ちょっと聞いてほしいんだけど、別に、あたしにはそれが見えていなかったと言ってるわけじゃないの。言ってるのは、それらのことをつなげて見ることがなかったということだけ。彼はとても優しかったし、あたしが付き合ったどの男性よりもあたしのことをよく理解してくれたの。だから、真実が見えなかったのよ。分かってもらえるでしょ? 最終的に分かったのはいつだったか? そうねえ、あたしたち春休みでビーチに来てたんだけど、彼、ビキニを履いて出てきたの。SPEEDO( 参考)じゃなくって、女性のビキニ。後ろから見たら、彼が女じゃないって言えない感じだった。あの体形、どうやってあの体形になったんだろうって分からなかったけど、男の体つきではないのは確かだった。でも、その時ですら、あたしはそれをありのままで受け入れていたの。彼の真実を見始めたのは、彼が何杯かお酒を飲んだ後だったわ。 自分の彼氏がパーティで酔っぱらった淫乱になるのを見たら、ちょっと引いてしまって、彼氏との関係を見直そうという気になるものじゃない? あの週、彼が男と3人ヤルのを見たわ。それに実際には見てないけど、もっとたくさん関係があったみたい。それについて、ある時はお酒のせいだと思ったこともあるし、あたしの考え方が未熟だからと考えたこともあった。でも、それ以上だったら? ええ、あたしは理解がある女よ。でも、あれは限度を超えている。 ええ、そうよ。あたしの彼はシシー。今はそれを受け入れている。でもそれが約束違反になるのかどうかが分からないだけ……。
 56_Committed 「コミットの有無」 「彼はどこにもいないわね」とテレサは言った。彼女はモニターから目を背け、目をこすった。「もう彼は戻らないわ。これの後では、もう二度と」 フランクは頷いた。「それでは、これは成功だと言ってよいのですね?」 彼はメモ帳に何か書き留めた。 「成功?」 テレサは、そうつぶやき、顔を上げ、同僚を睨み付けた。「あたしたち、何の罪もない人の人生を破滅させたのよ。よくも、それを成功だなんて言えるわね?」 彼女はモニターを指さした。モニターにはカップルの性行為が映し出されていた。上に乗っている人物は青いストッキングを履き、女性の身体をしていた。「彼は、自分が誰かすらほとんど分かっていないのよ!」 テレサは叫んだ。「それに彼を見てみて! しっかり見て! 脚の間にあるしぼんだモノの他に、彼が男性だって証拠がどこにあるの? あのね? 彼は、ただ他の科目の単位も取りたいと思った心理学専攻の学生にすぎないの。前途有望な完全にストレートの学生だったのよ? あんた、どうして、そういう事実をそんなに簡単に無視できるのよ!」 「あんた、バカか? 俺たちに他に選択肢がなかったからだろ、テレサ」フランクは吐き捨てるように言った。彼の態度は急変していた。「これをやらなかったら、どうなっていたと思うんだ。俺たちの研究費。あんた、忘れてるかもしれないから言うけど、人の命を救うための俺たちの本当の研究だ。あのための研究費はあいつらを喜ばし続けることにかかっているんだよ。連中が、資金を出すから、これをやれって言うなら、俺なら喜んでやるね。それにあんた、分かってるのか? あんたもこの最悪な研究をすることに同意したんだぜ? あんた、上から目線できれいごと言ってるんじゃねえよ!」 「でもそんなに冷淡にならなくても……少しは憐みの気持ちを持つべきだわ」 「これはコストなんだよ。たくさんの人々の命を助けるために、たったひとりだけ、人生を犠牲にしてもらっただけなんだ。それに、付け加えると、彼はそんなに不幸には見えないんだよ。彼を見てみろよ。完璧に……」 「ああ、もういいわ。黙って、フランク」 テレサはさえぎった。「ええ、その通りよ。また訊かれる前に言うけど、この試行実験は大成功だわ」
 56_Caught in the act 「現場を押さえられて」 「一体何だ!? うわっ、ひどいな……キャム? まさか……お前なのか?」 「ああ、ボ、ボクは……これはそんなんじゃないよ、トミー。違うんだ……」 「本当か? 俺のいるところから見ると、お前が誰か男のちんぽの上に乗っているように見えるが。それに化粧もしているし。ネイルも塗ってるじゃないか?」 「ボクはただ……本当だよ、トミー。これは、違うんだ……き、キミは旅行してるはずじゃなかった? 出張でロスに行くって言ってたと……」 「ああ、そうだけど、結局、行かなくて良くなったんだ。でも、話題を変えるなよ。俺は、なんでストレートなはずのルームメイトがこんなことをしてるのかが知りたいんだよ」 「ああ、お願いだから、レベッカには言わないで。どんなことになるか……」 「どうして俺の妹に言ってはいけないんだよ? つか、妹は婚約者がオカマ野郎だったと知る権利があるんじゃねえのか? オカマ野郎じゃなくて、本物のトランスジェンダーなのか? それともゲイなのか? 何て言うか、この状況、どれとも取れる状況だからな、キャム」 「これは違うんだ。ただ……さっきも言ったけど、これって、見て想像するようなことじゃないんだよ。ブロック、彼に言ってくれ。ボクはこんなことしたくなかったんだと、あなたに脅迫されてこんなことをしてるんだと、彼に言ってくれ。ボ、ボクは、そ、そんな人間じゃないって」 「本当なのか? そうなのか、ブロック? あんたがキャムにこんなことさせてるのか? だって、それってとんでもないでっち上げみたいに思うからな」 「ちょ、ちょっと待って。どういうこと?」 「あのな、前は全然気づかなかったけど、お前、ずいぶん女っぽい体つきしているだろ? その体にウィッグをかぶったら、絶対、女として通るぜ……」 「そんな……」 「ブロック。ヤリ終わったら、俺に教えてくれ。キャムとちょっと話をしたいから」
 56_Captain bigdick 「キャプテン・ビッグディック」 チェルシーはレンガ壁を背に寄りかかり、自分の状況の現実を嘆いた。彼女は勤め先で横領をしていたところを見つかり、その後、強制的に司法取引を受諾させられたのだった。その結果は、刑期2年の判決だった。チェルシーは目を閉じ、自分の不運について悪態をついた。横領の証拠をもう少しうまく隠しさえしていたら、今頃、どこかトロピカルなビーチにいたはずなのに。 独房のドアが開く音がし、チェルシーはパッと目を開いた。だが、そこに見たものは、彼女が想像していたものではなかった。ドア先にいたのは、大きな乳房をしたブロンド髪の美女だった。しかも、脚の付け根には見たことがないほど小さなペニスがついている。 「あんた、いったい誰よ?」 チェルシーは裸のシーメールに吐き捨てるように言葉を投げかけた。 「キャンディーよ」 美女は黒い警棒を意味深けにさすり、そして微笑んだ。「あ、あたしは…んー……あたしはここの看守だったの。キャプテン・ビッグ・ディックって名乗っていたわ。あたし……えーと……見つかってしまって……なんて言うか……囚人を使ってるところを。セ、セックスのために。見つかったあと、しょ、所長があたしをこんなふうにしたの。たくさんホルモンを使われて。そして……」 「ジェシー?」 チェルシーが訊いた。なぜ、この美女を見覚えがあると感じていたのか、突然、分かったからだった。「あなた……ジェシーなの?」 「あ、あたしはキャ、キャンディーよ。ジェ、ジェシーなんか知らないわ」 「ジェシーだわ!」 チェルシーは跳ねるようにして立ち上がった。「あんたがここで働いてるなんて知らなかった! 働いていたというべきかしら? それとも、まだ正式にここで働いているの? って言うか、あんた、矯正施設に送られたと思っていたけど。よく分からないけど」 キャンディはチェルシーに近づき、小声でささやいた。「黙って! あの人たちにあたしたちのことがバレたらまずいの。あなたがあたしの姉だって知られたらまずいのよ。本当はあたしは、あの人たちが言ってるようなことはしていないの。ただ……何と言うか……囚人のひとりとセックスをしたのは本当。だけど、すべてその女がけしかけてきたことだったの。あれは仕組まれていたの。そして……」 チェルシーは女体化した弟を突き放した。「じゃあ、あんた、何しにここに来たのよ? 警告のため? 囚人を行儀良くさせるためとか? あいつらが私たちを自由に……」 「あ、違うわ……違うの。あたしは……うーん……囚人たちがここにいるのを少しだけ楽しく感じられるようにするために、ここにいるの。………好きなようにあたしの体を使って楽しめるように……」 チェルシーはキャンディに近寄り、何センチも離れていないほど近づいた。そして「あんた、本気で私にこれをしてほしいの?」と囁いた。 キャンディは頷いた。「他に道がないのよ。あたしがあなたの弟だって知られたら、大変なことになってしまう。監視されてるの。あの人たちが信じられるように演技しなきゃダメなの」 チェルシーは固唾をのんだ。キャンディが自分の弟ではないと思い込もうとした。だが、それは思ったより簡単だった。彼女の手が彼の小さな持ち物に触れた。「キャプテン・ビッグ・ディックねえ? すっごく皮肉な名前じゃない? このちっちゃなモノ。おちんちんというよりクリトリスじゃないの?」 キャンディはぶるっと体を震わせ、囁いた。「あ、ありがとう」 チェルシーは頷き、弟の縮んだ分身をまさぐり続けた。
 56_Caught 「囚われの身」 ホテルの一室、男が入ってきたのを見て、グラントは目を見開いた。椅子に縛り付けられているので、動かせるところと言ったら、目だけと言ってよい。だが、その強圧的な男に氷のように冷たい目で見つめられ、グラントはどうしても身を強張らさせずにはいられなかった。 「それで?」 ジュリオ・クルーズという名のその男がドスの効いた声で言った。「これが興味深い状況というわけか、えぇ? エージェント・スティール」 男が近づいてきたのを受け、グラントは思わず身を反らし逃れようとした。クルーズの指に膨らんだ乳首を擦られ、くぐもった悲鳴を漏らした。 「で? どんな計画だったんだ? 俺がお前に気づかないとでも思っていたのか? まあ、確かに以前とは変わったな。ずっと良くなったと思うぜ。だが、お前のその目の表情は前のまんまだ。俺には、その目を見れば、いつでもお前だと分かる」 クルーズはいったん下がり、椅子をつかんで、グラントが縛られているところの真ん前に引き寄せた。それに座り、両膝にもたれかかるようにして前のめりになってグラントを見つめ、言った。「お前が俺を憎んでいるのは知っている。お前をとがめたりはしねえよ。パートナーをなくしたんだ、大変な打撃だっただろう。想像できるぜ。だが、ああしなきゃならなかったんだよ。お前も分かってるだろ? 俺たちは戦争状態にあったんだ。お前がどう思おうともな」 「それで、何をしようとしてたんだ? 俺に接近して情報を集め、それから俺を殺すつもりだったのか? それとも、俺を逮捕するつもりだったのか?」 彼は手を振った。「どっちだろうが関係ねえ。俺はお前を殺したりはしねえよ、エージェント・スティール。いや、それはまだ早すぎる。お前のせいで死んだ奴らは、俺がかかわって死んだ奴らと同じくらいは、いっぱいいるんだ。それに、今のお前の姿を見てみれば、殺すなんて、もったいねえだろ。いや、いや、いや。お前にはもっとひとさまに役に立つ運命がお似合いだ。俺の兄貴の売春宿でな」
 56_Breaking point 「限界点」 誰にでも限界点がある。そこを超えたら後戻りができなくなる点を表す一線。その点に達したら、その一線を越えたら、あなたの反応が、いとも容易く過剰なレベルへと突入してしまうこと。あたしの場合が、それに当てはまる。 ともかく、あたしは怒っていた。いじめに怒っていた。子供時代のすべてを、いじめられてすごした。最初は、太っていることでいじめられ、その後は、レズビアンであることでいじめられた。「デブのレズ( 参考)」と呼ばれてさげすまれた回数は数えきれない。だから、あの男がその言葉を吐いたとき、あたしは自分を抑えられなかった。もう、うんざりだったあたしは、それ相応の行動をとった。 彼に襲い掛かって、殴って言うことを聞かせてもよかったけれど、それではあまりに安易すぎる。そんなにデカい男でも何でもなかったので、やろうと思えば簡単だった。でも、暴力事件を起こして、その後、避けられない法的トラブルに巻き込まれるほどあたしはバカではない。その代わり、彼に償いをさせる計画を練った。 あいつを誘拐した時、2時間くらいしたら解放するつもりだった。本気でそう思っていた。あの男を怖がらせる。それだけを望んでいた。その気持ち、わかってもらえると思う。だけど、パワーがあるというのは、とても、中毒性があることだ。あいつは懇願した。お願いですと泣いて懇願していた。あいつは、痛めつけることさえやめてくれたら、あたしが言う何でもやりますと誓った。そういうわけで、あたしはその取引に応じたのだった。 最初、何をしたらよいか分からなかった。捕らえたはいいけれど、どう使ってよいか分からないという状況、分かってもらえると思う。あいつは、本当は欲しくなかったペットのようなものだった。そんな時、ふと思いついたのだった。あたしは、あいつを好きなようにできるのだ。あいつをどんな人間であれ、あたしが好きな人間に変えることもできるのだと。2日ほど調査をして、あたしは彼を女性化する計画を立てたのだった。 後で分かったことだが、彼は、まるでそのために生まれてきたかのように、女性化にすっかりハマった。良心の呵責なしにこんなことを成し遂げられて、本当に驚きだった。食事を制限し、飢えた状態にとどめることにより、彼から男性的な筋肉を奪い取った。ホルモン治療により、女性的な体の曲線を与えた。そして1年後、未許可の整形病院に連れて行き、手術を受けさせ、仕上げを行った。 だが、こうやって女性化した性奴隷を手にしてしまうと、あたしは飽き始めたのだった。こいつは、あまりにも従順でつまらないのである。何かにつけてあたしを喜ばそうと必死に縋り付いてくる。あたしは、挑戦しがいのある新しい対象を切望するようになった。あたしは自分専用のハーレムを作り、それを広げていくのだ。そこに新たに加える対象が必要なのである。
 56_Biding time 「待ち焦れる時」 「グラハムさん、こんにちは。どんなおもてなしがお望みかしら?」とヒロキは言った。彼が少しも恥ずかしがることなくその言葉を言ったことは、彼のトレーニングの成果の証しだ。 ヒロキのビジネス上のライバルであったグラハムは、彼の女性化した体を舐めまわすように見た。「ヒロキ? 君なのか? ほとんど分からなかったよ」 「今はスイレンと呼ばれています。どんなおもてなしをして差し上げましょうか?」 グラハムは手を出し、ヒロキのぷっくり膨らんだ乳首を愛撫した。何とかして、この吐き気をもよおす男から逃れまいと堪える。それがヒロキにできるすべてであった。何とかして、その衝動を抑え込むことができた彼は、かわりに、男に触られるたびに、甘い喘ぎ声をあげて反応した。グラハムの指が、ヒロキの極度に女性化した体の曲線をなぞっていく。 「あたしのこの体、喜んでいただいてますか?」 グラハムのズボンの前、みるみるテントができてくるのを見ながらヒロキは訊いた。 「確かに、素晴らしい体だよ、スイレン。驚きだよ。本当に驚きだ」 ヒロキはグラハムの愛撫を耐え続けた。いくら耐え続けても、いずれは避けられない行為を先延ばししているに過ぎないとは知りつつも。自分はこの男を喜ばすことを求められている。なんだかんだ言っても、それが彼の生きる唯一の目的なのだから。 とりあえず、今はそうなのだとヒロキは思った。 ヒロキはヤクザの強力なメンバーともめ事を起こしてしまい、その代償を払ったのである。ヤクザたちは彼を殺さなかった。その代わりに、彼を女性化した性奴隷、つまり、現代のゲイシャに変えることに決めたのだった。ヤクザたちが実に巧みに女性化を行ったことに、元ビジネスマンであったヒロキは驚いた。だが、それ以来、彼はずっと、この新しい肉体と付き合わなければならないことになったのだった。 「ご奉仕させていただけますか?」とヒロキは訊いた。 グラハムはニヤニヤしながら答えた。「ああ、いいぞ。やってくれ」 そして彼はズボンのチャックを降ろし、ヒロキは彼の前にひざまずいた。 いつの日か、近いうちに、ヒロキはこの状態から逃れる機会を作るつもりだ。彼は今も外の世界と接触を持っている。そして、何とか監禁状態から逃れられたら、彼らに目の届かないところへと姿を消すつもりだ。だが、その日が来るまでは、今の役割を演じるほか道はない。 かすかに笑みを浮かべながら、ヒロキはグラハムを見上げた。いまは、この男をご主人様とあがめなければならない。「ご主人様にご奉仕することは、わたしの喜びですわ」 ヒロキは、そう言い、男のペニスを口に含むのだった。
 56_Battle buddy 2 「戦友 2」 「な、何だ……」 俺は息を飲んだ。驚かせる光景を目の当たりにし、俺の声は不意にかすれ声になっていた。荷物がどすんと床に落ち、その大きな音が誰もいない廊下に響き渡った。だが、その大きな音すら俺にはほとんど聞こえなかった。ベッドにゆったりと横たわる女性の姿に目を奪われていたからだ。一瞬にして、その女性が誰か、俺には分かった。どこをとってもクラークの面影が見て取れた。だが、それでも、こんなに変わってしまった彼を見た衝撃は大きく、疑いの種が心の前面へと浮かんでくるのだった。その種は刻一刻と時間が経つにつれてみるみる大きく育ってくる。この人は彼なんかではありえない。そう自分に言っていた。こんなの不可能だと。証拠は、これが可能であるばかりでなく、絶対的な現実なのだと訴えていたが、そんなことなど気にするなと。 「ねえ?」 少ししわがれた、自信のなさそうな声が聞こえた。その声の持ち主、つまりは、ベッドに横たわる美女が、体の向きを変えた。そして、俺は、彼女の脚の間に彼女の以前のジェンダーの証しを見たのだった。 「クラーク?」 俺は呆けたような声を出していた。すでに俺には答えが分かっていたが訊いてた。「お前なのか?」 「質問があるんでしょうね。それとも、逃げ出したいと思ってるのかも。逃げてもあなたを責めないわ。でも、少しだけ時間をくれる? 全部、説明できるけど。いい?」 俺は頷いた。ショックを受けていただけとも言える。もし俺の足が勝手に動ける足だったら、恐らくその場で逃げ出していたことだろう。だが、実際は、俺は「いいよ」と呟くことしかできなかった。 彼女は……もはや俺はクラークを男と思うことはできなかった……彼女は体を起こした。「分かってくれると思うけど、こんな形をとって済まないと思っているの。ただ、あなたの関心を惹きたかっただけなの」 彼女がその目的を達成したのは確かだ。彼女は続けた。「いきなりのことだったと思うわ。今はあたしは女になっている。ほんと、びっくりしたと思うけど……」 返事をできないでいるのを見て彼女は続けた。「ま、いいわ……えーと……あのね? あなたに謝らなければいけないわね。ビビアンのこと。あの時、あたしは本当にすごく酔っぱらっていたの。自分でも何をしてるか分からなかった。でも、あたしは抵抗すべきだったわ。あそこまで進むのをやめさせるべきだった。ビビアンがあなたを傷つけたがっていたのは知っていたのよ。そして、あたしは、なされるがままに……」 「あれはいいんだ」と俺は答えた。本当の気持ちが声にも表れていてほしいと思った。 「本当に?」 そう問われ、俺は頷いた。「そう……良かった。もっとひどいことになると思っていたから。さて、次はもっと難しいところね」と彼女は一度深呼吸をした。それに合わせて、彼女の胸が大きく波打った。そのほかの部分にほとんど集中できなかった。「あたし……あなたを愛しているの。ああ。とうとう言っちゃった。あなたと会った日からずっとあなたのことを愛していたの。そして、あたしは……あなたと一緒になりたかった。これまでの人生で他のどんなことより、そうなることを願ってきた。それで、何と言うか、今はあたしは女になったわけで、も、もしかすると、あなたが……あなたも……あたしのことを欲しいと思ってくれるかもって……」 突然、すべてが理解できた。彼女はこの2年間ずっと変身することに費やしてきたのだ。彼女は俺の理想の女性がどんなタイプか知っていた。彼女はそれになろうとしてきたのだ。実際、彼女は隅から隅まで俺のタイプにぴったりだった。俺は、混乱し、頭を左右に振った。 「もし……もし、あたしのことが嫌いでも、理解できるから安心して。でも、その理由がこの脚の間についているモノなら、それを取ってしまってもいいの。あたしは、ただ……ただ、あなたのお、おんなになりたいだけなの」 「いや」 突然、確信した感覚があふれていた。彼女と一緒になることが、実に正しいことのように感じられた。理屈の点でも感覚の点でも当然としか思えなかった。「俺は、そのままの君が好きだよ」
 56_Battle buddy 1 「戦友 その1」 実に長い間、俺は玄関ドアを見つめたまま立っていた。明るい黄色の光に引き寄せられているのだろう、小虫が照明器具の周りを羽音を鳴らし飛んでいた。だが、それはほとんど気にも留めなかった。玄関チャイムのボタンのすぐ前に指を止めたまま、ためらっていたからだ。ボタンを押したかった。押さなければならなかった。だが、ドアの向こう側で目にするもの、つまりは、俺の人生の反対側で目にするもの、それが恐ろしく、俺は動けずにいた。 装具バッグのストラップを直した後、両肩を動かし、バッグをきちんと整えた。両目を閉じ、勇気が湧いてくるのを待った。俺は2度の中東地域への出征を生き延びてきた。だから、これも生き延びることができる。そう自分に言い聞かせた。そんな言い聞かせなど馬鹿げているとは知りつつも、心を落ち着かせることには役立った。だが、ドアの向こう、俺の前に横たわるものは、中東の戦場を渡るときに要する勇気とは異なった種類の勇気を要することは避けられない事実だ。無事に向こう側に行ける不屈の精神が自分にあればと願った。 目を開け、大きく息を吸い、そしてチャイムを鳴らした。返事はなかった。もう一度、同じ行動を行った。急に心の中に安堵感が侵食してきた。家には誰もいなければいいと。そうなら再会を先延ばしできると。 突然、ポケットの中、振動が始まり、驚きからビクッと体が震えた。電話をつかみ、メッセージを読んだ。「中へ」とあった。バッグを整えなおし、俺は指示に従った。威厳を保ったままでこの場から逃げることができたならば、確かに、そうしたことだろう。だが、俺の状況はそれを許さない。俺は、手を伸ばしドアノブを回すほか選択肢はほとんどなかった。家の中に入ったが、まるで、自分の破滅へと歩いている気がした。 再び電話が振動した。「寝室へ」とあった。 バッグを床に降ろし、玄関ドアを閉めた。「クラーク?」 俺は戦友の名前を呼んだ。「どういうことだ?」 返事はなかった。頭の中、昔の日々についての記憶がよみがえっていた。小さな家の中を進みながら、どうしてもジェームズ・クラークと共に生きた歴史のことを思わざるを得なかった。前回の徴兵で戦場に戻されるまで、俺と彼はずっと一緒に行動していた。それは、彼が軍を除隊する前の話しだ。彼が俺の妻と寝る前の話しだ。 俺は、彼を許すために彼の家に来たのである。ビビアンは悪女だった。彼女はクラークを操っていたのだ。ビビアンとクラークの関係を知った当時ですら、俺は彼を咎める気はほとんどなかった。だが、それでも裏切りには変わりなかったし、俺は怒って当然だと思っていた。それから2年が過ぎ、その間に、俺も少しばかり寛容な見方をするようになった。そして、もっと大きな男になろうと決めたのである。 それらすべての記憶を捨て去り、俺は寝室のドアを開けた。
 56_A son's vengeance 「息子の復讐」 ディーンの頭の中、1000もの疑念が駆け巡った。いま彼は、街で最も危険な男の前、素っ裸で、外見的には自信にあふれた様子で立っている。彼は笑顔を作って見せた。 「おじさま? あたし、おじさんがちょっとお楽しみをしたがっているって聞いたんだけど?」 ディーンは緊張で声がかすれ気味になっているのを隠そうとしながら訊いた。 男はビクター・ウィームズという。彼は嬉しそうな顔で、この官能的なシーメールをじっと見つめ、その後、ねっとりとした笑みを浮かべた。「確かに、いやらしそうな娘だな。ジュリアが言っていた通りだ」と彼は危険な香りがするかすれ声で言った。 ディーンは心の中、安堵のため息をついた。受け入れられた。難しいところをクリアできた。後は、これまでのトレーニングの成果を発揮すればよい。そしてビクターの警戒心が解けたら、一気に襲い掛かれる。バッグの中に持ってきた小瓶入りの毒が素早く仕事をするだろう。そして、ディーンの父の敵討ちが達成する。 今は、ディーンにとって3年にわたる努力の終結点にあたる。その始まりは、ビクター・ウィームズがウルトラ・フェミニンなシーメールに弱いということをディーンが発見したことから始まった。ディーンは全身を女性化し、その後、最高級のエスコートサービス店で働き始めた。そして、その数か月後、ようやく、お呼びがかかったのである。店の女主人のジュリアは、ディーンを推薦してくれた。賞賛に満ちた推薦だった。ディーンは何ヶ月にもわたって、ジュリアから様々な誉め言葉を勝ち取っていた。彼は卓越した娼婦になるというモチベーションがあったのであるから、それも当然と言えた。 そして今、ようやく、すべての完結に差し掛かっている。彼は、内心、興奮していたが、それを隠し続けるのは簡単ではなかった。後は、この男に触られるのを我慢するだけでいい。この男を喜ばせれば、それでいい。そして、そうするだけの体も能力も自分には備わっている。もうすぐ、復讐が達成されるのだ。
 56_A series of choices 「一連の選択」 「アハハ、面白いジョークだね」 「ジョークじゃないわ、ジェイコブ。あたしはマジで言ってるの。それをやるか、さもなければ、あんたが知ってる人みんながあの写真を見ることになるか。そのどっちかね」 「でも……」 「学校もね。あんたが教授のひとりと何をしたかを大学側が知ったら、大学は何て言うと思う? あの教授は確実に解雇されるでしょうね。でも、あんたはどうなるかな?」 「あれはボクが望んだことじゃないよ、テス! 君がボクにさせたことじゃないか!」 「あら? ちょっと、いい? あたしがあんたに何かさせたことなんかないわよ。あんた、知ってるわよね?」 「本当に? マジで? 自分で言ってておかしいと思わないの? ボクはこんなことを続けてしまって……。君はボクの人生をめちゃくちゃにしたんだよ」 「ふーん、そういうふうに思ってるんだ?」 「そういうふうに思っているよ」 「じゃあ、いいわ。でも、こうなる決まっていたと思うのよ。あんたは、いつでもやめたいときにやめることができたはず。でも、あんたはいつも楽な逃げ道の方を選び続けた。全部、あんたが自分で選択したことじゃない? ホルモンも、ちょっとしたネット・チャットの見世物も、あの男たちも、ラモス教授も。全部、あんたが選んだこと」 「君が仕向けたことじゃないか! いったん、ボクに君のパンティを履かせて、それをビデオに撮った後は、もう……何から何までエスカレートしてって、手に負えなくなってしまった。君がいつも、次から次へと過激なことをボクにさせ続けてきたんだよ。こんなこと、親に知られるわけにいかないよ。それは君も知っているよね? 親が知ったら、どんな反応するか、君も知ってるはず。それに……」 「そんなの、あんたの問題でしょ。でも、選択権はあんたにあったの。そしてあんたが選択した。毎回、いつも。そして、今も、また新しい選択肢が出てきたってだけじゃない? 今回はどうするつもり? その大きなディルドをお尻に入れて、あんたのファンにサービスする? それとも、あんたが知ってる人みんなに知られてるって状況に慣れるほうがまし? あんたが……」 「いいよ、分かったよ! やるよ。それでいいんだろ? でも、これが最後だって約束してよ」 「約束はできないわね。知っての通り」 「でも……」 「カメラが回ってるわよ。3…2… ちゃんと笑って……1…スタート!」
 56_A secret 「秘密」 あたしが、彼女のために、あたしたちのために、これをしたことを彼女が理解してくれるのを願ってる。あたしがこれを軽々しく決断したわけではなく、単なる気まぐれでしたわけでもないことを彼女が受け入れることができることを願ってる。あたしたちふたりが求めていたものを考えると、これが唯一の選択肢だった。あたしは、あの状況でできる、唯一の決断をしたのだ。このことが表す偽りの印象を無視することができるなら、これはすべてを変えることになる、しかも、より良い方向へと変えることになると思わざるを得ない。 ちょっと、いい? あたしはこれが間違ったことだと理解しているのよ。あたしがどこへ向かおうとしていたか、何をしていたか、彼女にちゃんと伝えるべきだった。でも、伝えても彼女は賛同しなかったと思う。同意しようとしなかったと思う。だから、あたしは、どうしてもしたいと思ったことを自分でやったわけ。あたしは嘘をついた。しばらく出張に出ると、1年近く不在にすると彼女に言った。でも、本当は、あたしはメキシコにある隔離された研究室に行ったの。そこは男性の妊娠にまつわる驚くべきことを研究している施設だった。 彼らは、彼女の卵子とあたしの精子を用いて、複雑な処置を行い、あたしに子を産む能力を与えてくれた。正確にどのようなことが行われたのか、あたしにはいまだにちゃんと理解できていないけれど、最終結果として、あたしは彼女があれほど切に求めていた子供を彼女に授けることができるようになったのだった。 でも、それはまだ完璧ではなかった。とはいえ、そもそも完璧なものなど、どこにもないものでしょう? その処置を受けた結果、あたしの体に劇的な変化が生じて、あたしは完全に女体化してしまったのだった。多分、それは、ホルモンと遺伝子レベルの配置換と関係してると思うけれど、正確には分からない。ともかく、あたしはかつてのような男性には二度と戻れなくなってしまった。でも、子供を授かるという褒美に比べれば、そんなことは小さな代償にすぎないと思っている。 気になっていることは、彼女がこれにどう反応するかだけ。前と変わらずあたしを愛してくれるだろうか? 彼女が、あたしの新しい体にまだ何らかの愛情を感じることができることを願うだけ。そうじゃない場合のことは、落胆がきつすぎて想像することすらできない。
 56_a long day 「大変な一日」 溜息をつきながら、フェアウェイの真ん中を歩く。今日は、朝からいやらしいクラブのメンバーたちに体をまさぐられたり、じろじろ見られたり、いじめられたりで大変な一日だった。夜はもっと侮辱されたり下品な真似をさせられたりするのは確実。これがあたしの毎日だ。 あたしは作り笑いをした。明るくハッピーなホステスじゃない顔をして見せても、何の役にも立たない。この役を演じるほか、あたしには道がない。 ニコニコと作り笑いを顔に浮かべながら、とうとう、目的地である第6ホールに着いた。ここであたしは服を脱ぎ捨てる。そういう段取りだから。その振る舞いがいかに品位を落とすことであっても、あたしは、あるメンバーの要求を拒むことはできない。最初に宣告された時から、それは知っていた。 こんな懲罰を受けると知っていたら、決して、昔の友人や仲間や相棒たちに詐欺を働いたりしなかっただろう。悲しいことに、あたしは、どんな結果になるか考えもせず行動してしまった。そして、予想されるように、あたしは秘密の計画で不正手段で手に入れた売上金を持ち逃げする前に捕まってしまったのだった。 もちろん、彼らは激怒した。あたしは、連中の信頼を勝ち取ったうえで、後にそれを利用したのだ。そのような行動は罰を受けずに済むわけがない。とはいえ、あたしは、最悪のケースでも、横領くらいの罪で短期間投獄されるくらいだろうと思っていた。それはとんでもない勘違いだった。 連中に殺されなかっただけでも自分は運が良かったと思うべきなのかもしれない。連中なら、あたしを殺すこともできたはずだし、それを誰にも知られずにしたことだろう。あの人たちなら、いとも簡単にそういう隠ぺいができただろうと確信している。だが、事情が何であれ、彼らにはそんな隠ぺいは不必要だった。 クラブのメンバーに遺伝子工学会社の設立者がいた。その人があたしを女体化する手段を提供したのだった。どうして、あたしを完全に女性にせずに、中途半端なモノを残してしまったのか、それはあたしには分からない。おそらく、そうすることであたしの恥辱のレベルを増すのが目的だろう。あるいは、科学的に不可能だったのかも。いまとなっては、それはどうでもよい。ダメージは与えられたわけで、あたしは自分の役割を担わされているわけだから。 この懲罰がいつまで続くのか分からない。願うのは、彼らがいつの日かこのゲームに飽きて、あたしを解放する日が来ることだけ。昔の生活を取り戻すことはできない。新しく何かを建設的に始めることができるよう、あたしを完全に自由にしてくれる日が来ること。それだけが今の願い。 多分、本当に多分だけど、その時が来たら、こっちが復讐に取り掛かることができる。
 64_Window dressing 「外見上の装飾」 人があたしの体のことをバカにするのを耳にする。あたしに面と向って何か言う人はいないけれど、侮辱はいつも向けられているのは知っている。肥満の女性でいることには、そういうことが当然のように付きまとってくる。 それよりも頻繁に、あたしは人があたしを扱う態度の違いに気づかされてきた。あからさまにイヤらしい態度をされたりはしないけれど、あたしが痩せていた時は、部屋に入ると、単なる無関心とは明確に異なる反応をされたものだった。当時、あたしは注目の的だった。みんなの世界の中心になっていた。そして、そんな自分があたしは好きだった。 それにあたしは、そういうふうに注目の的になることが当然とみなしていた。あの感じ……あの感じを味わえるなら、何でも差し出してしまうのに。 鏡の前に立ち、裸の姿を見る。だぶついた肉が見える。たるみのしわも見える。そして、この脂肪の塊。あたしは、この鏡に映っている怪物じゃないのよ、本当は。でも、みんなに、あたしは理想的な体をしていると納得させることはできないわね(デブ専の人になら別だろうけど)。 でも、あたしは幸せ。満足している。どうしてか、分かる? あたしが見ずに済んでることがあるから幸せなの。人があたしを見て、太った女性を見るから幸せなの。人が、あたしを見て、女の子のふりをしている太った男を見るわけじゃないから幸せなの。男性性の最後の部分のところにほとんど気が付かないから幸せなの。 結局は、あたしは自分が女性であるから幸せだと言える。それ以外の点は、ただの外見上の装飾にすぎない、と。
 64_Utopia 「ユートピア」 「自分が本当に家に帰りたいと思っているのか分からない」とキンバリーが言った。今は、ボクたちが現実の世界に帰る予定の前夜。ボクは彼女が後ろにいて、ボクの裸のお尻を見ているのかを、振り返って確かめる必要はなかった。彼女の瞳に浮かぶ欲望の表情を想像するまでもなかった。彼女のあの飢えた表情を想像する必要もない。このバケーションの間、ボクは彼女のあの表情を数えきれないほど見てきたから。 「男女逆転のユートピア」という宣伝文句に乗せられて、ボクたちはこの旅行を予約した。一種のジョークだと思っていた。妻を逞しい男性と思い、ボクを女性と思うなんて、バカバカしいことのように思えた。正直、ボクはウィッグをかぶり、ドレスに身を包み、ちゃらちゃらと歩き回り、一方、妻は偽の口ひげをつけて堂々と振る舞うと、そんなことだろうと予想していた。ふたりで大笑いして終わるだろうと予想していた。 だけど、驚いたことに、この地に到着してすぐに、ボクたちは別々のプログラムに送り込まれたのだった。そのプログラムは、表面的には「トレーニング」と称されていて、このリゾート地への滞在期間の半分も続くプログラムだった。その時点でも、ボクは、ちょっと化粧のレッスンを受けることとか、そんなところだろうと思っていた。こんな大きな勘違いはそうあるものではない。 トレーニングそれ自体、厳しく、震えだすほど効果的なものだった。1週間のうちに、ボクは、歩き方も話し方も、生まれてからずっとスカートを履いてきた人のようになっていた。彼らがどのようにして、このような変化を、これほど急速にもたらすことができたのか、ボクには分からない。だけど、トレーニング期間が終わるころには、ボクは、自分を無理に強いてすら、以前のボクのように振る舞うことがほとんどできなくなっていた。 大きな変化と思う部分は、鏡を見ると、それまでいつも見てきた自分という男の姿がすっかり消えていることにあった。本当に、男の姿が消えていたのである。ウィッグによる繊細なヘアスタイルとエキスパートの手によるお化粧のおかげで、ほとんど、自分とは思えない姿が鏡の中に映っていた。だけど、本当の魔法と言える部分は、彼らがどういう方法でか、ボクの体の線をすっかり変えていたことだった。どうやってそれを実現したのかボクには分からない。だけど、最初の1週間を過ぎたころには、ボクはまさに砂時計のプロポーションに近い体つきになっていた。 そして、その自分の姿が、とても素敵だったのである。本当に魅力的な体になっていた。そして、その体を見ながら、ボクは、1度ならず、この世界での自分の位置付けについて疑問に思ったのだった。これまでの人生、ボクは長年、嘘の人生を生きてきたのではないか? 本当は、ボクは、これまで生きてきた人生とは異なる人生のために生きる運命にあるのではないか? ボクがこんなに簡単に変身を遂げたということは、何か特別な意味を持っているのではないか? ようやくキンバリーと再会し、ボクは彼女の変身はボクのに比べて微妙と言えるものだったけれど、それでも、同じ程度の効果を持っていることに気づいた。彼女は、ボクが恋に落ちた、あのキュートで内気な本の虫の女の子ではなくなっていた。もっと力強くなったように見えた。自信に溢れている。どことなしか肩幅が広がり、顔つきも角ばっているように見えた。妻の新しい外見が信じられないほど魅力的に映ったことを、ボクは否定できなかった。 新しい自分たちのことについて、互いに知り合うようになるにつれて、ボクはこの変化が純粋に外見的なものにはとどまらないことを知った。妻はためらわずに場を仕切るようになったし、ボクは彼女のリードに従うことしか考えないようになっていた。そして、ボクたちはふたりが借りたスイート・ルームに戻ったのだが、そこでさらに多くの変化が待ち構えていることを知ったのだった。 バスルームから出てきた妻の姿を初めて見たとき、ボクはこれから何が起きるかはっきりと自覚したのだった。彼女の股間にはストラップオンが隆々とそびえ立っていた。そして、ボク自身、それを見て、それが欲しくなったのだった。もちろん、痛みはあった。それまで、そういうことをするなど、ボクたちは考えたことすらなかったわけで、経験がなかったのだから当然だった。しかし、この時、ボクの方が彼女にハンマーのように打ち込むなどということは、明らかに間違ったことのように思えていた。それとは対照的に、自分が彼女にストラップオンを叩きつけられることの方が、この上なく、正しいことと思えていた。 そして、そんな調子で、その週はすぎていった。ふたりともそれぞれの役割に馴染んでいた。そして、ふたりともそれまでの人生で最高の時間を過ごしたとボクは間違いなく言える。 「分かってるわ」とボクは振り向かずに言った。 「帰らなかったらどうなる?」と彼女は訊いた。「つまり、女として生きることをやめたら。それは不可能。だけど、もし、昔の自分たちに戻らないとしたら? このままの関係でいたとしたら? あなたは私の妻になり、私はあなたの夫になる」 「そうしたいの?」 とボクは訊いた。彼女に何て答えてほしいか、自分では知っていた。 「ああ」 ボクは笑顔で振り返った。「あたしもよ。これまでの人生で、こんなに、そうしたいと思ったことはないわ、あなた」
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